ねえ、センセ。―粘着系年下男子の憂鬱

ゴトウユカコ

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優しくない強引なキス_2

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 あくびを噛み殺して、全校集会で体育館に並ぶ生徒を一番後ろから見渡した。
 私が副担任をしているクラスもまた、みんな眠そうにしている。
 月曜日だという理由だけじゃない。
 今まさに3週間後の文化祭に向けて土曜日や放課後も生徒たちは準備に追われているからだ。

 でも私も週末に直己の実家に行ってそれなりに気を遣ったせいか、少し体がだるい。
 またあくびが出そうになって、慌てて堪える。

 壇上では、生徒会の会長が今年の文化祭について話し終えて、そして次の校長先生の話も終わったところだった。
 このままだと本当に寝てしまう、なんて思った時、私からは遠いステージに数人のスーツ姿の人たちがあがってきた。
 なんとなく生徒たちが落ち着かない。

 司会進行をする先生が「今年の教育実習生を紹介します」と言った。

 一瞬、その単語にどきりとして、それから落ち着かせるように息を吐いた。

 6月に入ったのだから、学校はそういう時期なのだ。
 あれから4年も経っているのに、その単語を聞くとまだ胸がざわついてしまう。
 ちらつきかけた顔や声を振り払って、眠気を飛ばすように前をしっかり見据えた。

 ここの教育実習生は、自分の授業の実習だけじゃなく文化祭の手伝いもしなければならないという。
 実習生だし研究授業も控えるから手伝わなくてもいいらしいけれど、たいてい生徒に強引に頭数にいれられて悲鳴をあげる、というのが例年だと、他の先生が言っていた。

 ステージ上では、順番にスーツ姿の男女が1人ずつ紹介を受けて頭を下げている。
 やけに女子たちがざわついているのを見ていると、教育実習生なんて、年齢が近いお兄さんやお姉さんみたいなものなんだと思う。

「そして、最後に数学担当の成瀬蒼先生の計5人です」

ーーナルセ?
ーーナルセ ソウ?

 大きく心臓が跳ねて、思わず目をこらしてステージを見た。

 その瞬間、ざわりと、全身に鳥肌が立った。
 うそだと思いたかった。
 まさか、と視線を逸らして、もう一度ステージを見て、それから、全身が震えた。

――成瀬くん。

 忘れたい、記憶。

 忘れたい、人。

 もう、ずっと思い出すことのなかった、あまりに短くあまりに濃かったあの時間。

「先生、集会終わりましたよ?」

 茫然としていたせいか、隣の先生から声をかけられてハッとした。
 慌ててごまかして、すでに残る生徒も少ない体育館を歩き出した。

「ねえねえ、成瀬先生、ヤバくない?」

「すっごいイケメン。つか、モデルみたい!」

「あーうちのクラスに来てくんないかなあ」

「大学生だよね。どうしよう、やだ、マジど真ん中なんだけど」

「えーどうする、ねえ、どうするー? いっちゃうー?」

 教室に帰ろうとする女子たちが黄色い声で騒いでいる。
 だるそうな顔をしていた男子たちも、女性の実習生がどうだのと話題にしている。
 なのに、その喧噪が、あの時のことを思い出させて今はたまらなく怖い。

 成瀬くんが私に気づいていないことを必死で願いながら、自分が副担任をする教室へと向かった。

「杏ちゃんせんせー!」

 教室に入ると、女子たちがいっせいに寄ってきた。

「先生、成瀬先生、どこのクラスになるの?」

「成瀬先生、うちのとこに来ない?」

 予想したとおりの反応に苦笑しながら、「実は、どこのクラスか知らないの。ほら、ホームルーム始めるから席戻って」と追い払うようにした。

「えーなんで知らないの」

「ほら、杏ちゃん先生だししょうがないよ」

「ほら、集会であくびしてるくらいだから」

「あー……」と数人の女子生徒が残念そうな声をあげたのに怒るふりをしながら、教壇に立った。

 教育実習生がこのクラスに来るとは、総合職員会議でも内藤先生からも聞いてはいない。

 それに、たった3週間だ。教科も違う。
 こちらから近づきもしなければほとんど接点はないはず。
 何より、成瀬くんだってあんなふうに別れを告げた私と会いたくもないはずだ。
 そう言い聞かせて、生徒の出席を確認し始めた。
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