ねえ、センセ。―粘着系年下男子の憂鬱

ゴトウユカコ

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正解をなくした答え_8

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「センセ」

 正門を通り過ぎたところで聞き慣れた声がして、息が止まるような気がした。
 思わず振り向くと、ちょうど門脇に寄りかかっていた成瀬くんが体を起こしたところだった。

 一瞬、惨めな気分に泣きたくなるのを堪えて、外しかけていた先生の顔を取り戻す。

「どうしたの、まだ授業中でしょ?」

 にっこり笑って注意すると、成瀬くんの表情が曇った。

「誤解を、解きたくて……」



「誤解、ってああ……大丈夫だよ。全然気にしてないから」

 成瀬くんが言葉を失ったように口をつぐんで俯いた。

 つきあってと言われて頷いたことも、何度もキスしたことも触れずに、ただの先生として言葉をかけた。
 それ以上、成瀬くんが何かを言えないように、私は封じ込める。

「成瀬くんもさっさと私のことなんて忘れて、同世代の子を探して。せっかくモテるんだから、今しかできない、高校生らしいことできる相手、大事だと思うよ」

 成瀬くんの茶髪が風に揺れた。
 柔らかそうで、その髪に触れてみたかったな、なんて唐突に、痛みを覚えた。
 堪えなきゃいけない。

 じゃあ、元気でね。

 そう言って成瀬くんに背を向けた。
 直後、手首をつかまれた。その強い力にたじろぎかけて、また堪えた。

 何度自分を殺せばいいの、と泣きたくなる。

「これで、終わり?」

 余裕のない、どこか苦しげな声に、振り返れない。振り返ったら、たぶん、崩れてしまう。

 つかまれたその熱さに、簡単に想像できる。
 甘い熱を孕んで、私をひたと見つめる目線の中の願いに。
 そしてその目線の中に、ずっといたかった。そう望む自分に。

 でもそれは、きっと成瀬くんのためにはならない。

 まだ、高校生活が残っている彼の未来を思えば、私は、私の世界に戻り、彼は彼の世界に戻っていくのが、きっと正しい道。

「終わりって、はじまってもないでしょ?」

「……っ、センセ」

「君は、単なる生徒だよ」

「うそだ」

 つきあってと言われて、頷いた。いいよって、つきあおうって頷いた。

 センセ、と少し甘えた口調で呼ぶ彼の声。
 ミントアメのすうっとした爽やかさ。
 つないだ手の力強さ。
 何度もした、かわいいキスも、深い大人のキスも。

 全部、嘘じゃないのに。
 全部、どきどきして、全部、嬉しくて。
 全部、好きなのに。

「ごめんね。こんなことになってまで、生徒とは、考えられない、……かな」

 手首をつかむ成瀬くんの手から力が抜けるのが分かった。

「他の子、探して。……さよなら」

 まだかろうじてつかまれている手首を振り払った。そしてそのまま歩き出した。
 決して振り返っては、いけなかった。
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