ねえ、センセ。―粘着系年下男子の憂鬱

ゴトウユカコ

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正解をなくした答え_6

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「クラスによってはこのまま実習を続けてもなんとかなりそうなところもあるが、……正直、片桐の意志次第だと思う。とはいえ残り2日。どうだ? 大丈夫か?」

 心配そうな顔で、小林先生が隣に座る私を見た。
 それにつられたように校長と副校長、教務主任と生徒指導部主任、学年主任の先生が私の顔を見た。

 急遽開かれた渋面ばかり並ぶ会議室は、重い空気しか流れていない。
 そのせいか口の中がからからに干上がっていて、言葉を押し出すには勇気がいった。

「これ以上続けるのは、……厳しいと、思っています」

「厳しいって、原因を作ったのは君なんだろう?」

 成瀬くんのクラスは、彼が強引に授業を続けさせてくれはしたけれど、他のクラスも、というわけにはいかない。

 教育実習として、本来は正規の教師が教えるべき単元を、素人同然の実習生が教える。それがどんな質のものでも、生徒はその授業を受けなくてはならない。生徒は学校の決まりゆえにつきあってくれているにすぎない。
 そんな相手に弁解なんて機会が与えられるわけもないし、与えられたところで生徒たちの気持ちが私にもう一度向くなんて考えられなかった。
 
 私は、単純に失敗しただけ。
 生徒たちと信頼を築くことに。
 そして、それはこの高校では二度と、手に入らない。

「いや、そうとも言えないんですよ。片桐先生は、貧血で倒れてですね、それを成瀬という男子生徒が抱きかかえて運んだだけなんです」

「んん? それでこんな騒がしくなっているのか」

「ああ、成瀬かあ……。他校にも人気の男子生徒ですよ。うちじゃ今んとこ一番人気じゃないですかね、たぶん」

 学年主任の先生が校長や副校長のためにさりげなく補足する。

「そうなんです。だからまあ簡単に言えば、女子生徒からのやっかみが強いというか。なんかこう、みんなの成瀬みたいな感じなんですよ。それで、こういう状況になってしまったようです」

 みんなの成瀬。
 なのに、私だけ、特別扱いした。
 部外者の、しかも同世代でもない、たぶん彼女たち女子生徒にとっては本当に想定外だった存在の教育実習生。

 小林先生がいろいろとフォローしてくれるけれど、校長先生をはじめ他の先生たちにとってはそんなことはたいした問題じゃない。
 今、学校にとってマイナスである私を排除することで、早めに正常な状態に戻したいだけ。
 でなければ、PTA、へたすれば教育委員会にまで話が発展しまう。

 何か問題が起こる前に解決しています、だから問題ありません、と言いたいのくらい分かる。

「本当にそれだけなのかねえ。なんか他に問題があったから、こんな大きな話になったんでしょう」

「火のないところに煙は立ちませんからなぁ」

 嫌味な言い方だけれど、それを否定できない。

「申し訳ありません」

「しっかし、これが外に漏れたら我が校の評判にも関わりますからなぁ。ま、片桐先生も自分の責任だと言ってることだし、体調不良で自主的に途中辞退ということでいいんじゃないかと」

 副校長が少し安心したような、清々したような顔つきで笑った。
 それを潮に、学校の運営を任されている先生たちは肩の荷をおろしたような雰囲気に変わった。

 自主的に、という言葉に引っかかりを覚えながらも、反論する余地なんてなかった。

 途中辞退、ということは、実習で得られるべき単位の取得ができないということ。
 教員免許をとるための必要な単位に届かず、結果として私は教員免許を取得することができない、それはひいては、先生になるための採用試験の受験資格がないということでもあった。

「それにしても片桐先生も美人ですからねえ。まあ、昔から先生と生徒なんてのは時々いましたけどね、それでももっとうまくやるもんですよ。卒業後とか」

 副校長の含み笑いに、他の先生が追従するように笑った。

「バレないようにね」

「それを言ったらマズイでしょう。まあ未成年相手に問題起こさなくてとりあえずよかったですよ」

 苦笑か忍び笑いか分からない笑い声がさざめくように会議室に満ちた。
 ただ小林先生だけは笑わず、かすかなため息をこぼしたようだった。痛ましい目で私を見ると、「事務的なことは確認してまた連絡する。とりあえずもういいぞ」と退席を促した。

 もう一度深く頭を下げて会議室を出た。

 指導教諭としていろいろアドバイスもくれたのに、小林先生の、やるせない表情にただ胸が痛かった。
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