ねえ、センセ。―粘着系年下男子の憂鬱

ゴトウユカコ

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正解をなくした答え_3

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 グランドの音が遠くで響く中、うとうととしかけた時だった。
 ノックと「失礼します」という声とともに保健室に人が入ってきた。
 どこかで聞いた声だと思いつつまた眠りに引きずり込まれかけた。

「片桐さん、寝てる?」

 遠慮がちでもはきはきとした声に、ハッと目を開けた。
 間中くんだ。

「あ、いえ、起きてます」

「寝てたとこ悪い。体調どう?」

 やはり遠慮しているのか、カーテンを開けて入ってくる様子はなく、ただぼんやりとそのシルエットだけそこに佇んでいる。

「だいぶよくなったかな。間中先生にまで伝わってるなんて、情けないね」

 自嘲気味に笑うと、気まずそうな沈黙が返ってきた。
 何か言いたいことがあるような気配に、体を起こした。

「間中先生?」

「……成瀬、来てたんだね」

 間中くんの口から、さっきまでそこにいた彼の名前が出て息を飲んだ。
 保健室での様子を見られてはいないだろうけど、嫌な予感がよぎった。
 はっきりした物言いの間中くんにしては言い淀んでる雰囲気がよけいに不安をあおる。

「倒れた片桐さんのこと、運んだって?」

「え? 運んだ?」

「知らなかったのか。さっきからいろんなとこで女子たちの噂になってるよ。真っ先に駆け寄って、片桐さんを抱きかかえて保健室に運んだって」

 言葉を失った。
 そんなこと誰も、といっても養護教諭の永野先生と成瀬くんしか会ってないけど、一言も言ってくれてなかった。

 なにより、成瀬くん本人がいたのに、私は気づかないまま寝ていただけで。

 じわじわと恥ずかしさと、そして嬉しさがこみ上げてきて、間中くんに顔を見られない状態でよかったと心底思った。

「片桐さん」

 その時になって、間中くんが私を「先生」呼びしていないことに気づいた。
 少し厳しい響きだった。

 にやけてるのが伝わってしまったかと表情を引き締めた時、間中くんは一段声のトーンを落として続けた。

「まずいんじゃないかと思う」

「……まずい?」

 どういうことか分からず、首を傾げた。

「帰り道」

 投げ込まれた単語に、冷や水を真正面から浴びせかけられたようにざわっと鳥肌が全身に立った。
 じわじわと血の気が引いていく。

「オレも、片桐さん達と方向がけっこう重なってて」

 片桐さん達と、間中くんは複数形を使った。
 それだけで、わかってしまった。
 絶望的な気分が、一瞬前の喜びもなにもかもを吹き飛ばした。

「まさか片桐さんに限ってと思ってたんだけど、今日のこと聞いて、……」

 黙り込んだ間中くんの前から、今すぐこのベッドから保健室から飛び出したいと思った。

「片桐さん、先生になりたいってこの前飲んでた時言ってただろ? だから今ってすごく大事だし、ちゃんと考えた方がいいと思う。いくら学校の外では高校生と大学生っていったって、いちおう高校生相手は、青少年保護条例とかに引っかかる可能性もあるし……。それにあんくらいの男子とか……」

 間中くんが言い淀んだ。
 その先さえも何を言いたいのか、分かってしまった。

「ぶっちゃけ、……そういうことしか考えてないから」

 間中くんがそっとカーテンから離れるのが分かった。

 あまりにも恥ずかしくて、悲鳴をあげたかった。

 実習をきちんと修了できなければ、先生の免許をもらうための単位はもらえない。
 他の教科でいくら単位をとっても、教育実習こそが教員免許取得への大事な関門だった。
 それを、間中くんは私に強制的に思い出させた。

 誰かが見てる可能性なんて分かり切っていた。いやそういうことじゃない。
 私は、生徒と恋愛するために実習に来たわけじゃない。
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