ねえ、センセ。―粘着系年下男子の憂鬱

ゴトウユカコ

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君のズルくて甘い罠_4

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 チャイムの音が誰もいない廊下に響いて、リノリウムの長い床には、窓の形をした夕陽の模様。
 女子の笑い声や、帰りに注意を促す太い声や、部活あがりの男子のふざけ声が遠くに聞こえる。
 いつも見る光景なのに、今の私にはどれもキラキラして見えた。

 午前中、保健室で成瀬くんと2人だけの秘密を抱えてから、もうずっと浮ついている。
 それからの授業中もついほおが緩んで、「先生、なんかにやにやしてない?」とか突っ込まれたりした。

 夕陽色に染まった教室に入ると、生徒を忘れた机とイスばかりの中に、髪にその色を映したかのような成瀬くんが窓際の机に半分腰かけて寄りかかっていた。
 振り向いて、窓の向こうを見ていたあかね色の髪がふわりと風に遊ばれて動いた。

「センセ」

「まだ残ってたの?」

「だって待ってた」

 拗ねた口調で、教室の戸締りを順番に確認し始めた私のそばに跳ねるような足取りで近づいてくる。

「仕事、まだ終わんないの?」

「もうすぐだけど……生徒は下校の時間とっくに過ぎましたー」

「えー、一緒に帰ろーよ」

 私の言わんとすることを流して、成瀬くんは進行方向を邪魔するように正面に立った。

「だめ、暗くなるし。あと30分は待たせちゃうから」

 成瀬くんはおもしろくなさそうに、私の片方の手を優しくとりあげて、指の形を確かめたり撫でたり手のひらを重ね合わせたり、そのまま指と指を絡めたりした。

「いい、待つ。送ってく」

「でも誰かに見られたら」

 周りを気にしていると、一歩私に近づいた成瀬くんは少し体を折って、私の額に額を少しくっつけるようにした。
 ふいに近づいた距離に心臓が飛び出しそうになりながら、その熱っぽい目を見つめた。

「センセともっと一緒にいたい、って言っても?」

 目を合わせたまま優しくささやかれる。
 吐息まじりのその声があまりに甘くて、心臓が破裂しそうになる。このままじゃもたない。

 そう思って目を伏せるように逸らした。

「いいでしょ?」

 体の内に生じた熱を外に逃すように、静かに息を吐いた。

「……分かった。30分後に、裏門からいった先の角、分かる?」

「オッケ」

「もし仕事がのびたら、メッセージ入れるから」

「だめ。ずっと待ってる」

 一緒にいられる時間が少なくなるのやだからと、成瀬くんは笑って言った。

「……善処します」

「うん、そうして?」

 絡めあっていた指をどちらからともなくさらに深く繋ぐと、成瀬くんが顔をわずかに傾けた。

 夕陽に染まった茶色の髪が揺れた。
 それに誘われるように少し顔をあげ、そっと目を閉じる。

 ミントまじりの息が唇を掠めて、それからもう、今日何回目か分からないキスをした。
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