12 / 90
君のズルくて甘い罠
しおりを挟む
もう実習も残り5日を切ったというのに、窓際の席から届く視線に上の空になりかける。
どこか責めるような探るような、不安げに揺れる視線は、切なさの温度をさらにあげていて苦しい。
お願いだから、とあえて見ない方角に願う。
お願いだから、そんなふうに私を見ないで。
教科書と指導ノートに目を走らせながら先生の顔をしてる私のその仮面を引き剥がさないで。
でなければ、自分をこれ以上偽れなくなってしまう。
教科書を片手に机と机の間をゆっくり歩く。
模範として朗読をする声が震えてしまう。
成瀬くんが座る方に近づく。
生徒たちに朗読を促す。
高い声も低い声も優しい声も強い声もだるそうな声もはきはきした声も、重なって私の中に響く。
なのにどんな声の中でも、成瀬くんの声に気づけてしまう。
生徒の様子を確認する流れにのせて成瀬くんの席をうかがうと、上半身をべたりと机の上にくっつけて手を机の下に垂らすようにして寝ている。
本当は注意しなくてはいけないのに、何も言えないまま彼の横を通り過ぎようとした。
脱力して放り投げられたような腕の先が揺れた。同時にかさり、と音がして足の爪先にあたるように白いものが落ちた。
小さく小さく折り畳まれた紙。
思わず立ち止まると、成瀬くんの目がうっすら開いて、ちらりと私を見た。
小さな秘密を隠しきれないような悪戯めいた目。
「成瀬くん。寝ないで、ちゃんと、朗読して」
注意することでカモフラージュしながら、周りの生徒に気づかれないうちに落とし物を見つけたような気軽さで拾い上げた。
屈めた体を起こす瞬間、机につけたままの成瀬くんが小さく笑ったように見えた。
かさついた紙が存在を主張するように手のひらの内側で尖っている。
「センセ、オレ、保健室行ってきていいすか」
ふいに体を起こし、そのまま成瀬くんは立ち上がった。
朗読の声が小さくなった。
成瀬くんの行動がきっかけに、生徒たちの集中が途切れた。慌てて朗読を続けるよう促す。
「誰か保健委員に……」
「ヘーキなんで、スミマセン」
「成瀬ー、ついてこっかー?」
何人かの女子生徒から声が上がった。
それに平気だと手をひらひらさせて、後ろのドアから出ていく。
教室の後方で私の授業を見守っていた小林先生が、成瀬くんに声をかけた。
へらっと笑った成瀬くんに、小林先生が呆れた顔をしている。
体調でも悪くなったかと思ったけど、大丈夫そうに見えた。いや、はじめからそのつもりだったのかもしれない。
なぜか手のひらの紙がひどく気になった。
教卓へ向かうついでに手のひらの中の紙に目をやった。
「センセへ」と少し右肩上がりの字で書いてある。
開きかけてやめ、ポケットに落としこんだ。
教室を見渡した。
成瀬くんの机とその空間だけが周りから浮いて、教室全体がくすんで見えた。
どこか責めるような探るような、不安げに揺れる視線は、切なさの温度をさらにあげていて苦しい。
お願いだから、とあえて見ない方角に願う。
お願いだから、そんなふうに私を見ないで。
教科書と指導ノートに目を走らせながら先生の顔をしてる私のその仮面を引き剥がさないで。
でなければ、自分をこれ以上偽れなくなってしまう。
教科書を片手に机と机の間をゆっくり歩く。
模範として朗読をする声が震えてしまう。
成瀬くんが座る方に近づく。
生徒たちに朗読を促す。
高い声も低い声も優しい声も強い声もだるそうな声もはきはきした声も、重なって私の中に響く。
なのにどんな声の中でも、成瀬くんの声に気づけてしまう。
生徒の様子を確認する流れにのせて成瀬くんの席をうかがうと、上半身をべたりと机の上にくっつけて手を机の下に垂らすようにして寝ている。
本当は注意しなくてはいけないのに、何も言えないまま彼の横を通り過ぎようとした。
脱力して放り投げられたような腕の先が揺れた。同時にかさり、と音がして足の爪先にあたるように白いものが落ちた。
小さく小さく折り畳まれた紙。
思わず立ち止まると、成瀬くんの目がうっすら開いて、ちらりと私を見た。
小さな秘密を隠しきれないような悪戯めいた目。
「成瀬くん。寝ないで、ちゃんと、朗読して」
注意することでカモフラージュしながら、周りの生徒に気づかれないうちに落とし物を見つけたような気軽さで拾い上げた。
屈めた体を起こす瞬間、机につけたままの成瀬くんが小さく笑ったように見えた。
かさついた紙が存在を主張するように手のひらの内側で尖っている。
「センセ、オレ、保健室行ってきていいすか」
ふいに体を起こし、そのまま成瀬くんは立ち上がった。
朗読の声が小さくなった。
成瀬くんの行動がきっかけに、生徒たちの集中が途切れた。慌てて朗読を続けるよう促す。
「誰か保健委員に……」
「ヘーキなんで、スミマセン」
「成瀬ー、ついてこっかー?」
何人かの女子生徒から声が上がった。
それに平気だと手をひらひらさせて、後ろのドアから出ていく。
教室の後方で私の授業を見守っていた小林先生が、成瀬くんに声をかけた。
へらっと笑った成瀬くんに、小林先生が呆れた顔をしている。
体調でも悪くなったかと思ったけど、大丈夫そうに見えた。いや、はじめからそのつもりだったのかもしれない。
なぜか手のひらの紙がひどく気になった。
教卓へ向かうついでに手のひらの中の紙に目をやった。
「センセへ」と少し右肩上がりの字で書いてある。
開きかけてやめ、ポケットに落としこんだ。
教室を見渡した。
成瀬くんの机とその空間だけが周りから浮いて、教室全体がくすんで見えた。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
続・上司に恋していいですか?
茜色
恋愛
営業課長、成瀬省吾(なるせ しょうご)が部下の椎名澪(しいな みお)と恋人同士になって早や半年。
会社ではコンビを組んで仕事に励み、休日はふたりきりで甘いひとときを過ごす。そんな充実した日々を送っているのだが、近ごろ澪の様子が少しおかしい。何も話そうとしない恋人の様子が気にかかる省吾だったが、そんな彼にも仕事上で大きな転機が訪れようとしていて・・・。
☆『上司に恋していいですか?』の続編です。全6話です。前作ラストから半年後を描いた後日談となります。今回は男性側、省吾の視点となっています。
「ムーンライトノベルズ」様にも投稿しています。

Honey Ginger
なかな悠桃
恋愛
斉藤花菜は平凡な営業事務。唯一の楽しみは乙ゲーアプリをすること。ある日、仕事を押し付けられ残業中ある行動を隣の席の後輩、上坂耀太に見られてしまい・・・・・・。
※誤字・脱字など見つけ次第修正します。読み難い点などあると思いますが、ご了承ください。

4人の王子に囲まれて
*YUA*
恋愛
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生の結衣は、母の再婚がきっかけとなり4人の義兄ができる。
4人の兄たちは結衣が気に食わず意地悪ばかりし、追い出そうとするが、段々と結衣の魅力に惹かれていって……
4人のイケメン義兄と1人の妹の共同生活を描いたストーリー!
鈴木結衣(Yui Suzuki)
高1 156cm 39kg
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生。
母の再婚によって4人の義兄ができる。
矢神 琉生(Ryusei yagami)
26歳 178cm
結衣の義兄の長男。
面倒見がよく優しい。
近くのクリニックの先生をしている。
矢神 秀(Shu yagami)
24歳 172cm
結衣の義兄の次男。
優しくて結衣の1番の頼れるお義兄さん。
結衣と大雅が通うS高の数学教師。
矢神 瑛斗(Eito yagami)
22歳 177cm
結衣の義兄の三男。
優しいけどちょっぴりSな一面も!?
今大人気若手俳優のエイトの顔を持つ。
矢神 大雅(Taiga yagami)
高3 182cm
結衣の義兄の四男。
学校からも目をつけられているヤンキー。
結衣と同じ高校に通うモテモテの先輩でもある。
*注 医療の知識等はございません。
ご了承くださいませ。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる