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不真面目男子と思ってたのに_8
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成瀬くんは結局、私の研究授業の日も姿を見せなかった。
教壇で研究授業を進めながら、視線は時々成瀬くんの机に向かった。
これで良かったんだと、言い聞かせる。
なのに、消えてくれない。
私の頭の隅から女子の腰を抱いて仲睦まじくしていた成瀬くんの姿が、ずっと消えなかった。
「間中先生、ペース早くない?」
研究授業を終えた週末の夜、駅近くの居酒屋で間中くんと小さな反省会を開いていた。
間中くんはお酒がいける口なのか、焼酎をお代わりするペースが早い。
「あ、ここじゃ先生呼びなしね。って、これっくらい、平気でしょ。ほら、片桐さんも飲んで」
すすめられてつい焼酎のグラスに口をつける回数が増える。
気づくと、間中くんと教育実習や教育について語り合っていた。
「だからさ、オレは数学って先生の指導がすっげ肝心だと思うわけよ。高校から数学って一気に難しくなるじゃん? 中学のベースの上に全部成り立ってるし。だからこそ先生の教え方次第で、生徒の数学に対するのめり込み方って変わってくると思うんだよね」
「確かに。私、高校ん時、数学の教え方が下手って評判の先生に当たって、見事に数学苦手になったし」
「だろ? だから数学は単に問題出して、解いて答えだしてこいっていうんだけじゃ意味ないと思うのよ。
高校生って、目的もって勉強する奴と惰性で勉強する奴と、まったくその気ない奴とじゃ、ほんとかなりの差開くしさ。まあ目的持ってるのは放っといてもなんとかなるじゃん? 問題はそこからこぼれる子たちでさ。できないんじゃないんだよな。いろんな要因でできなくさせられてんだから、そこをこそ教師がすくいとらなきゃ意味ないと思うわけ……」
いい気分で酔いながら、間中くんが饒舌に言葉にする教育への情熱に耳を傾ける。
そう、こんな感じでなんでも話せるようになって、気づくとお互い意識したり意識しなかったりふらふらして、いつのまにか、なんとなく、そんな言葉で結びつく関係になってしまう。
同じ年齢で同じ目線で、仕事や未来のことを話せる相手。
その気安さは、自分がもう10代ではなくて、まだ10代で無限の時間が広がっているような高校生とは、……成瀬くんやあの女子たちとは違うんだって意識させられる。
「それにしてもさー、オレこんなふうに教育指導のこととかで話が合うの、片桐さんが初めてだよ」
無邪気に笑った間中くんの言葉に、私は小さく笑う。
「こんなに熱心に教育のこと語る人、私も初めてだけどね」
2人きりの飲みに誘われた時点で、間中くんの小さな計算には気づいていた。
「じゃあさ、また飲みに行こうよ、オレ片桐さん好きだし」
さらりと伝えられた告白にどきりとして、私は顔をあげた。
学校ではないくらいににこにこしながら間中くんが私をまっすぐ見ている。
参ったな、もっと曖昧な時間を過ごしてからかと思っていたのに。
間中くんは思ったよりストレートなタイプみたいだった。
「……調子いいって言われるでしょ、間中くんって」
「うん、まあね。なんか複雑なこと考えんのもすんのも嫌なんだよね。数学みたいに明快じゃないと。だからって、片桐さんにはそうしてほしい訳じゃないよ。ただ知っててほしかったんだよね。
教育実習なんてあっという間だし、正直こんな時間つくれるのも奇跡的じゃん? 実習だけじゃなくて終わった後もなんだかんだ自分のことで精いっぱいだろうし。でもそんな状況でも好きだと思うものができて、それを伝える機会があるなら、伝えておいた方がいいよなあって」
あっけらかんと言って、間中くんは笑った。
まっすぐな視線は、まるで太陽みたいにあたたかく、この人がとても素直にここまで生きてきたんだって分かる。
そのぬくもりに、私は初めて間中くんを教育実習仲間としてではなく、一人の男として意識する。
そしてちらりと、別れ話をしてきた彼氏の顔が浮かんだ。
進路や私の実習準備の中ですれ違って、いつのまにか気持ちすらも置き去りになっていった関係の彼の顔が。
それが消えると、浮かんだのはやっぱり成瀬くんだった。
この2日、姿を見せない、私の中で誰よりもまぶしい男子高校生。
「……すごいね、間中くんらしい」
「うん、オレ黙っているの性に合わないから」
「そっか……。返事は、した方がいいんだよね?」
「そうだね、教育実習が終わったらでいいよ。といってももう2、3日しか残ってないか。まあ大学違うし、卒論とかなんだかんだで忙しいけど、オレ片桐さんのこと大事にできると思う。教師を目指してる者同士、これからのこと考えるとオレってけっこういい相手なんじゃないかなあ」
「すごい自信」
思わず笑い出すと、間中くんが少し照れくさそうに笑った。
伝票をもって当然のように支払を済ませているその背中を見つめていると、間中くんと肩を並べて歩く自分の姿が想像できた。
恋人同士ならお決まりのステップを踏んで、そうして何もなければたぶん、一緒に暮らすだろうことも。
そんな未来が予想できて、それはたぶん幸せなんだろうと思えた。
教壇で研究授業を進めながら、視線は時々成瀬くんの机に向かった。
これで良かったんだと、言い聞かせる。
なのに、消えてくれない。
私の頭の隅から女子の腰を抱いて仲睦まじくしていた成瀬くんの姿が、ずっと消えなかった。
「間中先生、ペース早くない?」
研究授業を終えた週末の夜、駅近くの居酒屋で間中くんと小さな反省会を開いていた。
間中くんはお酒がいける口なのか、焼酎をお代わりするペースが早い。
「あ、ここじゃ先生呼びなしね。って、これっくらい、平気でしょ。ほら、片桐さんも飲んで」
すすめられてつい焼酎のグラスに口をつける回数が増える。
気づくと、間中くんと教育実習や教育について語り合っていた。
「だからさ、オレは数学って先生の指導がすっげ肝心だと思うわけよ。高校から数学って一気に難しくなるじゃん? 中学のベースの上に全部成り立ってるし。だからこそ先生の教え方次第で、生徒の数学に対するのめり込み方って変わってくると思うんだよね」
「確かに。私、高校ん時、数学の教え方が下手って評判の先生に当たって、見事に数学苦手になったし」
「だろ? だから数学は単に問題出して、解いて答えだしてこいっていうんだけじゃ意味ないと思うのよ。
高校生って、目的もって勉強する奴と惰性で勉強する奴と、まったくその気ない奴とじゃ、ほんとかなりの差開くしさ。まあ目的持ってるのは放っといてもなんとかなるじゃん? 問題はそこからこぼれる子たちでさ。できないんじゃないんだよな。いろんな要因でできなくさせられてんだから、そこをこそ教師がすくいとらなきゃ意味ないと思うわけ……」
いい気分で酔いながら、間中くんが饒舌に言葉にする教育への情熱に耳を傾ける。
そう、こんな感じでなんでも話せるようになって、気づくとお互い意識したり意識しなかったりふらふらして、いつのまにか、なんとなく、そんな言葉で結びつく関係になってしまう。
同じ年齢で同じ目線で、仕事や未来のことを話せる相手。
その気安さは、自分がもう10代ではなくて、まだ10代で無限の時間が広がっているような高校生とは、……成瀬くんやあの女子たちとは違うんだって意識させられる。
「それにしてもさー、オレこんなふうに教育指導のこととかで話が合うの、片桐さんが初めてだよ」
無邪気に笑った間中くんの言葉に、私は小さく笑う。
「こんなに熱心に教育のこと語る人、私も初めてだけどね」
2人きりの飲みに誘われた時点で、間中くんの小さな計算には気づいていた。
「じゃあさ、また飲みに行こうよ、オレ片桐さん好きだし」
さらりと伝えられた告白にどきりとして、私は顔をあげた。
学校ではないくらいににこにこしながら間中くんが私をまっすぐ見ている。
参ったな、もっと曖昧な時間を過ごしてからかと思っていたのに。
間中くんは思ったよりストレートなタイプみたいだった。
「……調子いいって言われるでしょ、間中くんって」
「うん、まあね。なんか複雑なこと考えんのもすんのも嫌なんだよね。数学みたいに明快じゃないと。だからって、片桐さんにはそうしてほしい訳じゃないよ。ただ知っててほしかったんだよね。
教育実習なんてあっという間だし、正直こんな時間つくれるのも奇跡的じゃん? 実習だけじゃなくて終わった後もなんだかんだ自分のことで精いっぱいだろうし。でもそんな状況でも好きだと思うものができて、それを伝える機会があるなら、伝えておいた方がいいよなあって」
あっけらかんと言って、間中くんは笑った。
まっすぐな視線は、まるで太陽みたいにあたたかく、この人がとても素直にここまで生きてきたんだって分かる。
そのぬくもりに、私は初めて間中くんを教育実習仲間としてではなく、一人の男として意識する。
そしてちらりと、別れ話をしてきた彼氏の顔が浮かんだ。
進路や私の実習準備の中ですれ違って、いつのまにか気持ちすらも置き去りになっていった関係の彼の顔が。
それが消えると、浮かんだのはやっぱり成瀬くんだった。
この2日、姿を見せない、私の中で誰よりもまぶしい男子高校生。
「……すごいね、間中くんらしい」
「うん、オレ黙っているの性に合わないから」
「そっか……。返事は、した方がいいんだよね?」
「そうだね、教育実習が終わったらでいいよ。といってももう2、3日しか残ってないか。まあ大学違うし、卒論とかなんだかんだで忙しいけど、オレ片桐さんのこと大事にできると思う。教師を目指してる者同士、これからのこと考えるとオレってけっこういい相手なんじゃないかなあ」
「すごい自信」
思わず笑い出すと、間中くんが少し照れくさそうに笑った。
伝票をもって当然のように支払を済ませているその背中を見つめていると、間中くんと肩を並べて歩く自分の姿が想像できた。
恋人同士ならお決まりのステップを踏んで、そうして何もなければたぶん、一緒に暮らすだろうことも。
そんな未来が予想できて、それはたぶん幸せなんだろうと思えた。
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