7 / 90
不真面目男子と思ってたのに_6
しおりを挟む
そして、今日の放課後だった。
戸締まり確認に入った教室には、また成瀬くんが一人でいた。
「……センセ」
「あ、ごめんね。勉強の邪魔しちゃって」
机で問題集を広げていた成瀬くんは、私の姿を見て問題集を閉じた。
誤解されたくないって言ったその言葉の裏に隠された気持ちを意識しないわけではなかったけれど、それを打ち消すように戸締まりや異状の確認をしていった。
それでも続く沈黙に耐えられなかった時、成瀬くんは「センセ」と私を呼んだ。
あの、少し甘えた響きで。
「センセ」
もう一度成瀬くんが私を呼んだ。
心が震える。
ただ成瀬くんが私を呼ぶだけなのに、教室に2人きりというシチュエーションに私はひどく緊張していた。
「な、なに?」
笑顔をとりつくろって振り返ると、パシャ、とシャッター音がした。
「え、あっ?」
スマホを私に向けた成瀬くんが嬉しそうに笑った。
「センセの顔、ひきつってる」
そう言って成瀬くんは立て続けに私に向けてシャッターを数回押した。
「やだ、やめて。なに勝手に撮ってるの!」
私は慌てて成瀬くんの席に近づいて、そのスマホをとりあげようとする。
「撮っていいなんて、許可してない」
「でも撮っちゃったし」
「消して、」
「やでーす」
成瀬くんが立ち上がって、私の手の届かないところにスマホを掲げた。私は背伸びして必死で手を伸ばした。
「私なんて撮っても仕方ないでしょ、消しなさいってば。じゃなきゃスマホ没収するよ」
「えー、やだー。だってオレ、センセの写真スマホの壁紙にすんだもん」
ぎょっとした私の腕を急につかんで、成瀬くんは、そのまま腕を引き寄せた。
思わずよろけた私は勢い余って成瀬くんの胸にぶつかる。
「ちょっと、ふざけな……」
怒りつつ顔を上げると、至近距離に成瀬くんが私を見下ろす顔があった。
「ふざけてなんて、ないから」
ムッとしたのなんて吹っ飛んで、急に鼓動が早まった。
耳の奥で心臓が打つような音がして、顔の温度があがっていく。
「マジだよ」
密着している体の部分さえ熱をもって、私は慌てて成瀬くんから離れた。
「だから。先生をからかわないで」
このままでは、いけない。
教室から、出ていかなくちゃ。
何かが頭の隅で警鐘を鳴らしていた。
なのに、気持ちが引き寄せられる。
自分が先生なのを、忘れそうになる。
成瀬くんに背を向けて、気持ちを落ち着けようとした。
「……センセ」
響きが、優しくて、甘くて。
背後に近づいた成瀬くんが、私の髪をすくったのが分かった。
その場から動けなくなって、体がおおげさなくらい震えた。
それをなだめるように、成瀬くんが私を背後から抱きしめた。
一瞬で全身が沸騰するような熱に侵された。
それに痺れたみたいに前に回された成瀬くんの腕をふりほどけなくて、私は体を固くしたままでいた。
「センセ……」
声の甘さに、泣きそうになる。
どうしよう、離れなきゃ。
頭ではそう思うのに、気持ちが、体が言うことをきかない。
全身がひりつくように粟立って、このまま成瀬くんを抱きしめ返したい気分に駆られる。
その時、廊下の向こうで部活を終えたらしい生徒たちのざわざわした声が聴こえてきた。
ハッとして、私と成瀬くんは互いに離れた。
心臓が爆発しそう。
「……ちょうどいいや。あのさ、分かんないとこがあんだけど」
成瀬くんはそう言うと、席に戻った。
また問題集を開く姿を見て、少し気持ちが落ち着く。
あのままいたら、きっと成瀬くんを抱きしめ返していた。
そんな自分が怖い。
冷や汗をかきながら、成瀬くんの前の席に座って問題集をのぞきこんだ。成瀬くんは問題集を私が見やすい方向に動かしてくれた。
廊下の生徒たちの声が遠ざかっていく。
漢詩の読み下し。
それに目を滑らせる。そんなに難しい問題ではない。
でも成瀬くんの頭の良さなら、このくらいは全然簡単に解けるはずなんじゃ、と思った時。
「センセ」
少し掠れた成瀬くんの声が耳に届いた。
それが孕んだ熱に感染しそうで、必死に漢字を見てるふりをした。本当は頭にその漢詩なんて全然入ってこないのに。
「ねえ、センセ」
甘い。
まるで媚薬をふくんだように、痺れる。
これ以上、そんなふうにきらきらした目で見つめないで。
「ここ、教えてよ」
お願い、これ以上。
これ以上、視線を合わせたら、私はーー。
そして、教室で成瀬くんとキスをしていた。
その先にある気持ちを言葉で傷つけてしまうのも気づかずに。
戸締まり確認に入った教室には、また成瀬くんが一人でいた。
「……センセ」
「あ、ごめんね。勉強の邪魔しちゃって」
机で問題集を広げていた成瀬くんは、私の姿を見て問題集を閉じた。
誤解されたくないって言ったその言葉の裏に隠された気持ちを意識しないわけではなかったけれど、それを打ち消すように戸締まりや異状の確認をしていった。
それでも続く沈黙に耐えられなかった時、成瀬くんは「センセ」と私を呼んだ。
あの、少し甘えた響きで。
「センセ」
もう一度成瀬くんが私を呼んだ。
心が震える。
ただ成瀬くんが私を呼ぶだけなのに、教室に2人きりというシチュエーションに私はひどく緊張していた。
「な、なに?」
笑顔をとりつくろって振り返ると、パシャ、とシャッター音がした。
「え、あっ?」
スマホを私に向けた成瀬くんが嬉しそうに笑った。
「センセの顔、ひきつってる」
そう言って成瀬くんは立て続けに私に向けてシャッターを数回押した。
「やだ、やめて。なに勝手に撮ってるの!」
私は慌てて成瀬くんの席に近づいて、そのスマホをとりあげようとする。
「撮っていいなんて、許可してない」
「でも撮っちゃったし」
「消して、」
「やでーす」
成瀬くんが立ち上がって、私の手の届かないところにスマホを掲げた。私は背伸びして必死で手を伸ばした。
「私なんて撮っても仕方ないでしょ、消しなさいってば。じゃなきゃスマホ没収するよ」
「えー、やだー。だってオレ、センセの写真スマホの壁紙にすんだもん」
ぎょっとした私の腕を急につかんで、成瀬くんは、そのまま腕を引き寄せた。
思わずよろけた私は勢い余って成瀬くんの胸にぶつかる。
「ちょっと、ふざけな……」
怒りつつ顔を上げると、至近距離に成瀬くんが私を見下ろす顔があった。
「ふざけてなんて、ないから」
ムッとしたのなんて吹っ飛んで、急に鼓動が早まった。
耳の奥で心臓が打つような音がして、顔の温度があがっていく。
「マジだよ」
密着している体の部分さえ熱をもって、私は慌てて成瀬くんから離れた。
「だから。先生をからかわないで」
このままでは、いけない。
教室から、出ていかなくちゃ。
何かが頭の隅で警鐘を鳴らしていた。
なのに、気持ちが引き寄せられる。
自分が先生なのを、忘れそうになる。
成瀬くんに背を向けて、気持ちを落ち着けようとした。
「……センセ」
響きが、優しくて、甘くて。
背後に近づいた成瀬くんが、私の髪をすくったのが分かった。
その場から動けなくなって、体がおおげさなくらい震えた。
それをなだめるように、成瀬くんが私を背後から抱きしめた。
一瞬で全身が沸騰するような熱に侵された。
それに痺れたみたいに前に回された成瀬くんの腕をふりほどけなくて、私は体を固くしたままでいた。
「センセ……」
声の甘さに、泣きそうになる。
どうしよう、離れなきゃ。
頭ではそう思うのに、気持ちが、体が言うことをきかない。
全身がひりつくように粟立って、このまま成瀬くんを抱きしめ返したい気分に駆られる。
その時、廊下の向こうで部活を終えたらしい生徒たちのざわざわした声が聴こえてきた。
ハッとして、私と成瀬くんは互いに離れた。
心臓が爆発しそう。
「……ちょうどいいや。あのさ、分かんないとこがあんだけど」
成瀬くんはそう言うと、席に戻った。
また問題集を開く姿を見て、少し気持ちが落ち着く。
あのままいたら、きっと成瀬くんを抱きしめ返していた。
そんな自分が怖い。
冷や汗をかきながら、成瀬くんの前の席に座って問題集をのぞきこんだ。成瀬くんは問題集を私が見やすい方向に動かしてくれた。
廊下の生徒たちの声が遠ざかっていく。
漢詩の読み下し。
それに目を滑らせる。そんなに難しい問題ではない。
でも成瀬くんの頭の良さなら、このくらいは全然簡単に解けるはずなんじゃ、と思った時。
「センセ」
少し掠れた成瀬くんの声が耳に届いた。
それが孕んだ熱に感染しそうで、必死に漢字を見てるふりをした。本当は頭にその漢詩なんて全然入ってこないのに。
「ねえ、センセ」
甘い。
まるで媚薬をふくんだように、痺れる。
これ以上、そんなふうにきらきらした目で見つめないで。
「ここ、教えてよ」
お願い、これ以上。
これ以上、視線を合わせたら、私はーー。
そして、教室で成瀬くんとキスをしていた。
その先にある気持ちを言葉で傷つけてしまうのも気づかずに。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
続・上司に恋していいですか?
茜色
恋愛
営業課長、成瀬省吾(なるせ しょうご)が部下の椎名澪(しいな みお)と恋人同士になって早や半年。
会社ではコンビを組んで仕事に励み、休日はふたりきりで甘いひとときを過ごす。そんな充実した日々を送っているのだが、近ごろ澪の様子が少しおかしい。何も話そうとしない恋人の様子が気にかかる省吾だったが、そんな彼にも仕事上で大きな転機が訪れようとしていて・・・。
☆『上司に恋していいですか?』の続編です。全6話です。前作ラストから半年後を描いた後日談となります。今回は男性側、省吾の視点となっています。
「ムーンライトノベルズ」様にも投稿しています。

Honey Ginger
なかな悠桃
恋愛
斉藤花菜は平凡な営業事務。唯一の楽しみは乙ゲーアプリをすること。ある日、仕事を押し付けられ残業中ある行動を隣の席の後輩、上坂耀太に見られてしまい・・・・・・。
※誤字・脱字など見つけ次第修正します。読み難い点などあると思いますが、ご了承ください。

4人の王子に囲まれて
*YUA*
恋愛
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生の結衣は、母の再婚がきっかけとなり4人の義兄ができる。
4人の兄たちは結衣が気に食わず意地悪ばかりし、追い出そうとするが、段々と結衣の魅力に惹かれていって……
4人のイケメン義兄と1人の妹の共同生活を描いたストーリー!
鈴木結衣(Yui Suzuki)
高1 156cm 39kg
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生。
母の再婚によって4人の義兄ができる。
矢神 琉生(Ryusei yagami)
26歳 178cm
結衣の義兄の長男。
面倒見がよく優しい。
近くのクリニックの先生をしている。
矢神 秀(Shu yagami)
24歳 172cm
結衣の義兄の次男。
優しくて結衣の1番の頼れるお義兄さん。
結衣と大雅が通うS高の数学教師。
矢神 瑛斗(Eito yagami)
22歳 177cm
結衣の義兄の三男。
優しいけどちょっぴりSな一面も!?
今大人気若手俳優のエイトの顔を持つ。
矢神 大雅(Taiga yagami)
高3 182cm
結衣の義兄の四男。
学校からも目をつけられているヤンキー。
結衣と同じ高校に通うモテモテの先輩でもある。
*注 医療の知識等はございません。
ご了承くださいませ。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる