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不真面目男子と思ってたのに_5
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成瀬くんを好きになっていると自覚してからは、誰かにバレてしまいそうな、そんな怯えがいつも背中に張りついていた。
だって私は教育実習生で、仮にも先生で、理性で気持ちを抑え込めるほどには大人だった。
でも成瀬くんはまっすぐだった。
私が困りそうなのを察すると、すぐそばへ来てくれた。
私が落ち込んでいると、さりげなくアメをくれた。
私が喜んでいると、一緒に笑ってくれた。
そんな様子を見れば、誰だって誤解する。
「杏ちゃんせんせー、最近、成瀬と仲いーねー」
「そうー? 優しい子だとは思うけど」
教室に残っている数人の女子の視線が私を探っているのが分かる。
しかもそれは成瀬くんをよく取り巻いている女子たち。
表情も言葉のトーンも気配も、私のどんなささいな変化も見逃さないように見つめている。
同性の勘ほど鋭いものはない。
動揺を隠しながら、教室の戸締まりを確認していった。
「でも先生、気をつけた方がいいよー」
「気をつけた方がいいって?」
苦笑しながら、笑いさざめく女子たちに視線を移した。
「成瀬って、女子にめっちゃ優しいんだよね、他校に彼女いるくせして」
「長いつきあいとかー」
さざめくような笑い声には、さりげない毒が仕込まれている。今は平気でも、たぶん1人になればゆっくり効いてくる遅効性の。
彼女たちは、私が成瀬くんを気にしているということに気づいているんだろう。
彼女たちこそ、成瀬くんを異性として好きだから。
でも誰か一人を出し抜くのも出し抜いた結果も見たくないから、まるで女子たちみんなの成瀬くんみたいな扱いをしている。
そういうことが分かるほどには、恋愛してきて、それを聞き流せるほどには、年齢を重ねているつもりだった。
私は教壇に戻ると、女子を見つめた。
「成瀬くん、モテそうだもんね。ね、みんなには成瀬くんが好きっていう子いないの?」
あえて、女子たちが踏みこみたくないところに踏みこむ。
余裕のある笑みを見せて、少し好奇心を織り交ぜて聞いてみる。
「えー、うちら? だって、ねえ」
女子同士で目配せし合う。
「なに、教えてよ?」
少し無言だった女子たちのうち、一人の子が私をまっすぐ見つめる。
「だってさ、成瀬ってすっごいチャラいもん」
「チャラい?」
「彼女いるくせにさー、言い寄る女片っ端から、的な?」
「そうそう。寄る者なんたらっていう……。好きだけど、つきあうと苦労すんの目に見えてるしー」
「寄る者拒まず去る者追わず、ね」
「そうそう、さすが国語の先生ー。それ。だからうちらは、あくまでトモダチ範囲」
「その方が楽だしー」
「女と遊んでる分、女子のめんどいとことか分かってくれるし、何よりノリいいしねー」
「杏ちゃん先生、成瀬に優しくされても勘違いしない方がいいよ」
そう自分たちに言い聞かせてるみたいな会話。
聞き流せばいいのに、私もまた成瀬くんと目の前の女子たちと、どっちを信じようかと気持ちがざわついた。
彼女いるの? 遊んでたりするんだ?
そんなこと、先生が聞けるわけない。
「杏ちゃん先生?」
「どうしたの?」
訝しげにみんなが私を見ていて、私は笑みを浮かべるのが精いっぱいだった。
「え、ううん。っていうか、勘違いも何もはじめからそんなじゃないから。私は実習生とはいえ先生だよ? 成瀬くんは生徒だし、それ以上でも以下でもないよー。それに私、彼氏いるから」
少し早口になったのを気づかれるよりも、女子たちは私に彼氏がいることの方に目を輝かせた。
「えー彼氏いんだー?」
「どんな人?」
「ねえねえ大学生ってどういうとこでデートすんの?」
一気にきゃあきゃあとはしゃぐように質問攻めモードになって、私は慌てて用事を思い出したフリで立ち上がった。
「その話はまた今度。とりあえずもう遅くなるから、早く帰りなさいね!」
「ケチー」
自分たちの成瀬を奪う相手じゃない。
そんな安心感が一気に伝わってきて、それはそれで複雑な気持ちにもなる。
「絶対次教えてよー、杏ちゃんせんせー」
「はいはい。じゃ明日ね」
教室を出た。
不満そうな女子たちから離れてホッとしかけた時だった。
ふいに腕をつかまれて、びくっと顔をあげた。
「……カレシ、いんの?」
成瀬くんだった。
ドアのすぐ脇に立って、どこか怒ったような表情をしている。
「オレ、他の奴らにはどう思われてもいい。でもセンセには誤解されたくない」
「それって……」
「今はフリーだし、別にあいつらが言うほど遊んでねーし」
うろたえる私の返事も待たず、成瀬くんは私の腕を放すと、そのまま教室に入っていった。
「あっれ、成瀬」
「忘れもんー。つーか、オレの悪口言ってたでしょ」
「悪口なんて言ってないよー。噂はしてたけど」
「なんだよもー。オレそんなにチャラくないしー」
「嘘つけー。この前ラブホ街女とうろうろしてたって目撃あがってんだよー」
「えーマジ。見られちゃったー」
いつもの成瀬くんが女子たちの輪にとけ込みながら、笑っている。
会話の内容は先生からしたらとんでもないことなのに、気になったのはむしろその笑顔がどこか能面のようだったことで。
私はしばらく成瀬くんの調子のいい様子から目を離すことができなかった。
だって私は教育実習生で、仮にも先生で、理性で気持ちを抑え込めるほどには大人だった。
でも成瀬くんはまっすぐだった。
私が困りそうなのを察すると、すぐそばへ来てくれた。
私が落ち込んでいると、さりげなくアメをくれた。
私が喜んでいると、一緒に笑ってくれた。
そんな様子を見れば、誰だって誤解する。
「杏ちゃんせんせー、最近、成瀬と仲いーねー」
「そうー? 優しい子だとは思うけど」
教室に残っている数人の女子の視線が私を探っているのが分かる。
しかもそれは成瀬くんをよく取り巻いている女子たち。
表情も言葉のトーンも気配も、私のどんなささいな変化も見逃さないように見つめている。
同性の勘ほど鋭いものはない。
動揺を隠しながら、教室の戸締まりを確認していった。
「でも先生、気をつけた方がいいよー」
「気をつけた方がいいって?」
苦笑しながら、笑いさざめく女子たちに視線を移した。
「成瀬って、女子にめっちゃ優しいんだよね、他校に彼女いるくせして」
「長いつきあいとかー」
さざめくような笑い声には、さりげない毒が仕込まれている。今は平気でも、たぶん1人になればゆっくり効いてくる遅効性の。
彼女たちは、私が成瀬くんを気にしているということに気づいているんだろう。
彼女たちこそ、成瀬くんを異性として好きだから。
でも誰か一人を出し抜くのも出し抜いた結果も見たくないから、まるで女子たちみんなの成瀬くんみたいな扱いをしている。
そういうことが分かるほどには、恋愛してきて、それを聞き流せるほどには、年齢を重ねているつもりだった。
私は教壇に戻ると、女子を見つめた。
「成瀬くん、モテそうだもんね。ね、みんなには成瀬くんが好きっていう子いないの?」
あえて、女子たちが踏みこみたくないところに踏みこむ。
余裕のある笑みを見せて、少し好奇心を織り交ぜて聞いてみる。
「えー、うちら? だって、ねえ」
女子同士で目配せし合う。
「なに、教えてよ?」
少し無言だった女子たちのうち、一人の子が私をまっすぐ見つめる。
「だってさ、成瀬ってすっごいチャラいもん」
「チャラい?」
「彼女いるくせにさー、言い寄る女片っ端から、的な?」
「そうそう。寄る者なんたらっていう……。好きだけど、つきあうと苦労すんの目に見えてるしー」
「寄る者拒まず去る者追わず、ね」
「そうそう、さすが国語の先生ー。それ。だからうちらは、あくまでトモダチ範囲」
「その方が楽だしー」
「女と遊んでる分、女子のめんどいとことか分かってくれるし、何よりノリいいしねー」
「杏ちゃん先生、成瀬に優しくされても勘違いしない方がいいよ」
そう自分たちに言い聞かせてるみたいな会話。
聞き流せばいいのに、私もまた成瀬くんと目の前の女子たちと、どっちを信じようかと気持ちがざわついた。
彼女いるの? 遊んでたりするんだ?
そんなこと、先生が聞けるわけない。
「杏ちゃん先生?」
「どうしたの?」
訝しげにみんなが私を見ていて、私は笑みを浮かべるのが精いっぱいだった。
「え、ううん。っていうか、勘違いも何もはじめからそんなじゃないから。私は実習生とはいえ先生だよ? 成瀬くんは生徒だし、それ以上でも以下でもないよー。それに私、彼氏いるから」
少し早口になったのを気づかれるよりも、女子たちは私に彼氏がいることの方に目を輝かせた。
「えー彼氏いんだー?」
「どんな人?」
「ねえねえ大学生ってどういうとこでデートすんの?」
一気にきゃあきゃあとはしゃぐように質問攻めモードになって、私は慌てて用事を思い出したフリで立ち上がった。
「その話はまた今度。とりあえずもう遅くなるから、早く帰りなさいね!」
「ケチー」
自分たちの成瀬を奪う相手じゃない。
そんな安心感が一気に伝わってきて、それはそれで複雑な気持ちにもなる。
「絶対次教えてよー、杏ちゃんせんせー」
「はいはい。じゃ明日ね」
教室を出た。
不満そうな女子たちから離れてホッとしかけた時だった。
ふいに腕をつかまれて、びくっと顔をあげた。
「……カレシ、いんの?」
成瀬くんだった。
ドアのすぐ脇に立って、どこか怒ったような表情をしている。
「オレ、他の奴らにはどう思われてもいい。でもセンセには誤解されたくない」
「それって……」
「今はフリーだし、別にあいつらが言うほど遊んでねーし」
うろたえる私の返事も待たず、成瀬くんは私の腕を放すと、そのまま教室に入っていった。
「あっれ、成瀬」
「忘れもんー。つーか、オレの悪口言ってたでしょ」
「悪口なんて言ってないよー。噂はしてたけど」
「なんだよもー。オレそんなにチャラくないしー」
「嘘つけー。この前ラブホ街女とうろうろしてたって目撃あがってんだよー」
「えーマジ。見られちゃったー」
いつもの成瀬くんが女子たちの輪にとけ込みながら、笑っている。
会話の内容は先生からしたらとんでもないことなのに、気になったのはむしろその笑顔がどこか能面のようだったことで。
私はしばらく成瀬くんの調子のいい様子から目を離すことができなかった。
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