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第四章 いよいよ、あの問題と向き合うときが来た

71. 一難去って、また一難

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「これが、落ち着いていられるか! どいつもこいつも、のくせに余計なことばかりしやがって……」

 ん?
 今、『モブ』って聞こえたような……

 体内魔力が底を尽きかけていて、俺はまだ立ち上がることができない。
 光の中で必死に探知魔法と転移魔法を駆使し、どうにか宮殿まで戻ってくることができたようだ。
 「勇者様!」という声で目を開けたら倉庫のような部屋にいて、ザムルバさんたちの姿が見えた。
 どうやらアンディが俺の気配を察知して、助けを呼んでくれたらしい。
 副師団長も無事捕縛されて、やれやれと思っていたら……

「親善試合でわざと勇者の正体をバラして、召喚者として握手するつもりだったのによ、周囲に邪魔されて、あれ以来近づくことも許されねえ。そして今度は、勝手に勇者送還までしやがった。『モブキャラ』のくせに……」

 今度は『モブキャラ』と、彼ははっきり言った。

『勇者さまよ、あんた日本人だよな?』

 日本語!?
 なんで、この人が話せるんだ?
 まさか……

『もしかして……日本人なのか?』

『あはは! これは話が早くて助かるぜ。あんたは『異世界転移者』。俺は『異世界転生者』だ』

 何が可笑しいのか、彼は気が狂ったかのようにずっと笑っている。
 でも、俺の頭の中は絶賛混乱中。
 
「おい、ジノム。勇者様と何を話しているのだ? とにかく今は、部屋へお連れするのが先だ」

 さっきみたいに手を貸せと要求したザムルバさんに、彼は首を大きく横に振った。

「やだね。俺はこれから好き勝手に生きるんだ。こいつから、ようやく能力を『複写コピー』できたからな!」

 そう言うと、異世界転生者…ジノムはニヤリと笑った。


 ◆◆◆


 ジノムは、貧乏男爵家の五男として生まれた。
 昔から努力することが大嫌いで、勉強も家の手伝いも怠けてばかり。
 しかし、初等科のときに魔法の才を見出され、下位貴族としては大出世とも言える宮廷魔導師にまでなる。
 ここで一念発起し真面目に魔法の勉強に励んでいれば、彼はより良い人生を送ることができた……かもしれない。
 しかし、残念ながら怠け癖は直らなかった。
 
 そんなジノムに人生の転機が訪れたのは、数か月前。
 偶然、ザムルバの勇者召喚儀式に居合わせたことだ。
 ザムルバの成功を妬み、魔石を一つ取り除いた嫌がらせ。
 こんな子供じみた行動が、その後の人生を大きく変えることとなる。

 気を失ったジノムが目を覚ますと、彼は前世の記憶を取り戻していた。


 ◇


 前世の記憶は、毎日洪水のように彼の脳へと流れ込んでくる。
 すべてを理解するのに、数日かかったほどだ。
 そして、確信する。
 この世界は、前世の自分…『さかい一輝かずき』が創作した小説の世界なのだと。


  『(仮)召喚勇者の、異世界チーレム生活』

 主人公は、もちろん自分自身(一輝)。
 ある日突然異世界へ召喚されたが、何らかの原因(まだ、設定は決まっていない)で召喚した国とは別の国へ飛ばされた勇者が、通りがかったり、知り合うなどした美しい女性たちの危機を、なぜかすでに持っているチート能力で救い、彼女たちから一方的にベタ惚れされ、際限なく嫁が増えていく展開。
 ちなみに、主人公に(ハーレム創設以外の)確固たる目標や信念などは特にない。
 ただ、チート能力を武器にハーレムを築いていくという、男なら誰もが一度は夢見る物語だ。
 それを、日々好き勝手に書きなぐっていた一輝は、ながらスマホをして事故に遭い、この世界に転生したのだった。

 
 ◇◇◇


 現状を理解した一輝ことジノムは、強い怒りを覚える。
 それは、作者であるはずの自分がなぜ主人公の召喚勇者でなく、自分で名付けた記憶もないモブキャラに転生しているのかということ。
 では、主役の座は誰に盗られたのか?
 召喚時に見た限りでは、前世の自分と同じ日本人のようだった。
 二十五歳のジノムより年若い少年。
 顔は物語の主人公にしては派手さはないが、ひたすら地味顔の自分よりも数段良い。
 性格も明朗そうで、女友達もたくさんいたのだろうと勝手に邪推し、勝手に嫉妬した。

 ムカつくだけだから、勇者など見つからなくていい!と内心不貞腐れつつも、ちゃっかりザムルバの手柄を横取りしていたジノムは、自分に新たな能力が備わっていることに気付く。
 それが、記憶を取り戻してから発現した固有スキル『複写』だ。
 これは、自身が作中でラスボスに与えようと考えた固有スキルで、狙った相手のすべての能力をコピーできるもの。
 ただし、一度しか使用できない制限がある。
 対象相手に直接触れないと複写はできない…等々、細かい設定だけは決めていた。

 この世界は自身が創作した小説とはかなり内容が異なっているようだが、この設定が活きている可能性は否定できない。
 安易に『複写』を行使して、本当に消滅してしまっては困る。
 無駄に細かい設定にしてしまった前世の自分に腹が立ったが、せっかく複写するなら師団長あたりか…と考えを巡らせたところで、ピンとひらめく。
 召喚された勇者の能力を貰えばいいのだと。
 本来であれば、作者の自分が手にしていたはずのチート能力。
 それを俺がもらって何が悪い?
 ジノムの思考は、どこまでも自分勝手だった。

 一日でも早く野望を実現させるべく、他の者が意味に気付いていないザムルバの寝言を利用し捜索に協力。
 しかし、勇者はなかなか発見されない。
 ジノムに焦りと苛立ちが募るなか、知らぬうちに勇者が身分を隠したまま帝都に滞在していたのだった。


 ◆◆◆


『せっかく自分でチーレム世界を作ったのに、モブキャラなんてクソつまらねえ。だから、俺が理想とする勇者さまになってやるんだよ。この、『本物の堺一輝』さまがな!』

 自分と同姓同名の俺が勇者の地位を奪ったと文句を言われたけど、それは俺のせいではないと思うぞ。
 これはジノムの前世が創作した物語で、チーレムな世界なんだとさ。
 そして、どうやら俺は主人公らしい。
 でもな、『チート』はともかく『ハーレム要素』がどこにあるんだ?と真顔でヤツに問いたい。
 それに、自分の作った小説に転生するってことが本当にあるのか?
 ただ単に、こいつの頭がイカれているだけなんじゃ……

『どうして、ここがおまえの小説の世界だと言い切れるんだ? 何か証拠でもあるのか?』

『せっかく俺が創作した世界だから、少しくらいは教えてやるか。まず、おまえの従魔だが、『メガタイガー』か『ギガタイガー』か魔獣の名称を最後まで悩んだな。ただのフェンリルだと、ありきたり過ぎだからな』

『な、なるほど……』

 たしかに、あまり小説では見かけない名の魔獣だなとは思った……い、いや、納得したわけじゃないぞ。

『そういえば、おまえの身近に『ルビー』という名の緑髪・赤目の美人はいるのか?』

 えっ!? 嘘だろ……

『銀髪・紫目のアニー、他は……エルフのサリエ、獣人のヨリ、ナンシー。それから……』

 ジノムは、次々と女性の名を上げていく。
 俺が知らない名もあったけど、ほとんどが会ったことのある人物だ。

 ルビーは彼の一番のお気に入りのヒロインで、町中で貴族に誘拐されそうになったところを助けて恋仲になる、らしい。
 でも、実際に誘拐は助けたけど、恋人にはなっていないぞ……

 アニーさんは、二番目に気に入っているのだそう。
 武闘大会で対戦し、強さに惚れられ…以下同文。
 でも、俺が実際に対戦したのは同じ顔をしたSランクお兄さんのほうで、アニーさんにはドレファスさんがいる。

 フリム商会を助けるくだりは同じだけど、冒険者パーティー『竜の牙』は女性だけのパーティーじゃなくライネルさんたち男性陣もいる。
 ちなみに、『竜の牙』や『漆黒の夜』の名前を考えるのは大変だったらしい。
 ソウル・リラ兄妹は、もう少し年齢が上の姉弟設定になっていて、リラもヒロインの一人だった。
 
『そういえば、武闘大会にもう一人いたな。金髪碧眼の美人が……』

 ハハハ……もしかしなくても、あの人だよな?

『決勝戦で戦って、勇者の圧倒的な強さにベタ惚れ。家も婚約者も捨てて押しかけてくるのさ』

 うん、たしかに押しかけてきたね。
 いろんなものを捨てて……
 そうか、魔剣士さんは『残念美女』設定だったのかと妙に納得。
 
 苦笑している俺を、ジノムは一瞥する。

『……おまえ、気付いているのか? 固有スキルがなくなっているぞ』

『どういうことだ?』

『おまえが保有していた能力はすべて複写したけど、固有スキルだけは奪えたらしい。まあ、これからはおまえの代わりに俺が有効活用してやるから、安心しな!』

 それにしても、勇者の能力ってスゲーな!と、ジノムが俺を見ながら言う。
 もしかして、俺を鑑定しているのか?
 
 半信半疑のままジノムを鑑定すると、信じがたいことになっていた。



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