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第四章 いよいよ、あの問題と向き合うときが来た

64. <閑話>魔法バカは、憧れの勇者様と(公式に)知己を得る

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「う~む、どうしたものか……」

 ザムルバは悩んでいた。
 
 これまでの彼の悩み事といえば、

 『上手く、いにしえの魔法が再現できない』
 『次は、どの魔法を再現させよう』

 ……など、魔法に関してのことしかなかった。

 しかし、今日は違う。
 悩んだ末に、ザムルバはある人物に相談することを決める。
 防音・盗聴対策が施された部屋で向き合ったのは、上官の師団長だった。

「私に大事な話とは、なんだ?」

「実は、倉庫からアレがなくなっておりまして……」

「……まさか、例のアレか?」

「はい」


 ◇◇◇


 今から遡ること二か月前、和樹と対面しライデン王国から戻ったザムルバは、突然呼び出しを受ける。
 指定された部屋で待っていたのは、師団長と宰相だった。

「なぜ、我々に呼ばれたのか、理由はわかっているな?」

「……魔道具に何か不備があり、業務に支障が出て、国へ損害を与えたからでしょうか?」

「「…………」」

 ザムルバは、別にとぼけてなどいない。
 本人としては、真面目に答えたつもりだった。

「……違う。勇者召喚儀式についてだ」

 『勇者召喚儀式』と聞き、ザムルバの顔色が変わる。
 わかりやすい反応に、宰相はため息を吐いた。

「やはり、師団長の申す通り、召喚者はジノム殿ではなくザムルバ殿ということか……」

 なぜ、今ごろになって気付かれたのだろうか?
 ザムルバは、わけがわからなかった。
 羽根ように軽い口を持つジノムが、うっかり話した?
 それとも……
 様々な想像が、ザムルバの頭をよぎる。

「どうしてわかったのか不思議に思っているようだが、至極簡単なこと。儀式用に準備された資料を読めば、一目瞭然だ」

 資料とは、ザムルバが自身の控えとして用意した『勇者召喚魔法』の内容を簡単にまとめたもの。
 てっきりジノムに持っていかれたと思っていたが、そうではなく、すべて国に押収され精査されていたのだった。
 師団長から「古語を解せるのは、魔導師団の中でもごく限られた者だけだ。少なくとも、ジノムではない」と言われてしまえば、全くもってその通り。
 反論の余地はなく、ザムルバはこれ以上ごまかすことが無意味に思えた。

「当時は、召喚時の記憶がないとも証言していたが、その様子だと、今は記憶も戻っているようだな?」

「これまで秘匿しておりましたこと、大変申し訳ございません」

「たしかに今まで黙っていたことは事実だが、おまえはひと月ほど意識を失っていた。目覚めたときにはジノムが召喚者になっており、言い出せなかったのであろう」

 ジノムは貴族の子息だが、ザムルバは庶民の出。
 立場の違いを考慮した師団長の発言だったが、そもそもザムルバは最初から記憶は失っていない。
 それに、『言い出せなかった』のではなく、面倒事を回避するために『わざと言わなかった』が正しい。
 しかし、ザムルバは否定も肯定もせず無言を貫く。
 結局、召喚者についてはザムルバの希望もあり、事実は公表しないこととなった。
 
 他にも隠していることがあれば、ここで正直に話せと言われたザムルバは、ライデン王国へ持参した自作の『勇者送還用の魔法陣が描かれた紙』と、『勇者召喚魔法が記された書物』を提出する。
 ところが、宰相や師団長が書物の入った箱に手を触れても、蓋は開かない。
 どうやら箱は魔道具のようで、ある一定の魔力量を有する者でなければ開かない仕組みとなっていた模様。
 つまり、箱を見つけたのがザムルバでなければ、この書物が日の目を見ることはなかったのである。

 自分が召喚者だと知られてしまい、書物も没収されてしまったが、ザムルバは勇者と面識があることは最後まで黙っていた。


 ◇◇◇


 『アレ』とは、ザムルバが提出した自作の魔法陣のこと。
 まったく同じものが召喚儀式のときの押収品の中にもあるが、すべて皇帝陛下へ献上され、厳重に保管されている。
 残ったもう一つが、魔法陣の研究資料として宮廷魔導師団へ下賜されていた。
 もちろん、魔法陣の用途は明らかにされず、製作者も不明のままとして。
 向上心のある後輩たちが魔法陣を前にあれこれ考察している姿を、ザムルバは微笑ましく眺めていたのだ。
 
 他の魔道具と同じように管理を任されていたザムルバは、業務が終わり備品の確認をしていたときに無くなっていることに気付いた。

「しかし、アレだけあっても何もできまい。肝心の呪文、それに膨大な魔力がなければ」

「書物や資料には、呪文の記載もありますが……」

「書物は禁書庫で厳重に保管されている。資料のほうも、簡単には閲覧ができぬようになっているぞ。それに、アレを『勇者送還儀式』に使用する魔法陣と気付く者などおらぬ」

 さらに師団長からは、「古語の呪文を暗記し、膨大な魔力を集める。そこまでして勇者様を送還したいと考える者がいるのか?」と問われ、一度は納得したザムルバだったが、やはり不安は残る。

 『元いた世界へ戻るつもりはない』
 『こちらの世界で、大切な家族と静かに暮らしたい』
 
 自分の希望を述べていた少年の顔が思い浮かび、ザムルバは改めて自分が犯した罪の重さを知る。
 『お披露目パーティー』という名の『お見合いパーティー』を終えた勇者は、先日帝都へ戻ってきた。
 滞在先の宮殿で自分の部屋を抜け出し、気に入った令嬢と夜を共に過ごしていたという話がまことしやかに広まっているが、ザムルバはいい加減な噂話だと思っている。
 しかし、婚約者一筋だと思われていた勇者に取り入る絶好の機会だと、売り込み合戦が過熱していることは事実。
 勇者がシトローム帝国に来てそろそろひと月になるが、いまだ彼の希望は聞き入れられる様子はなく、帰国の目処も立っていない。
 一度でいいから勇者と直接会話を交わし『顔見知り』程度の関係くらいにはなっておきたいが、その機会もまったくといっていいほどない。
 自分が召喚者であることを隠しているため、せめて、彼の希望が叶うよう後方支援をしたいとザムルバは思っているのだが……

 どんどん表情が暗くなるザムルバを無言で見ていた師団長は、おもむろに口を開いた。

「私からも大事な話がある。ザムルバ、おまえは勇者様と知己を得よ。これは、命令だ」

「……はい?」


 ◇◇◇


 数日後、ザムルバがやって来たのは勇者が滞在している離宮だった。
 門番へ許可証を提示し、侍女の案内で部屋へと向かう。
 
「お初にお目にかかります。宮廷魔導師のザムルバと申します」

「初めまして。俺は、サカイと言います」

 和樹は貴族の子息のような恰好をさせられているようで、ザムルバの視線に気付くと苦笑いを浮かべた。
 侍女がお茶を用意すると、和樹は人払いをする。
 いま部屋の中には、和樹と膝の上にいる従魔だけで、あの美少年の姿は見えない。

「ようやく、ザムルバさんと話ができましたね」

「なかなか機会がありませんでしたので、これで、外でお会いしたときも話ができます」

 初対面を装う必要がなくなったことで、まずは一歩前進したとザムルバは安堵する。
 和樹へ、その後の進捗を尋ねてみたが、やはり芳しくない答えが返ってきた。

「実は、私がここに参りました理由も、『勇者様と知己を得よ!』という上官の命を受けてのことです」

「なるほど……」

「軍団内で勇者様の今後の所属先をめぐる争いが水面下で勃発しておりまして、危機感を持った師団長がぜひ宮廷魔導師団に入団してもらえるよう、話をせよとのことでした」

「ハハハ……だから、副軍団長さんたちが日替わりで面会に来ていたのですね」

 団長たちが表立って行動することはできない。
 だから、どの軍団もナンバー2を離宮へ送り込んできた。
 しかし、宮廷魔導師団の副師団長はレイチェール。
 彼女自らが「サカイ殿の第一夫人になる!」と公言しており、こちらに派遣するといろいろと問題が発生するおそれがある。
 公式には召喚者であるジノムもいるが、彼は先日の親善試合で勇者の正体を暴露する行動に出たため、和樹の心証を害している(と師団長は考えている)。
 
 よこしまな野望を抱いておらず、なおかつ、優秀な魔法使いである勇者の前に出しても申し分ない実力者といえばザムルバしかいない。
 
「皇帝陛下は、俺のことをどう思っていらっしゃるのですか? すぐに謁見させられるのかと思ったら、そういうわけでもありませんし」

「勇者様と皇女殿下のお一人をめあわせるつもりだと私も思っておりましたが、どうやら周囲が言っているだけのようで……」

 先日のお披露目パーティーに皇女が参加しなかったことで、また様々な憶測が飛び交っている。
 貴族たちに配慮したからだと言う者もいれば、最後に横からかすめとるのでは?という不敬発言もちらほら聞こえているが、現在のところ一切不明。
 皇帝には皇女だけでなく皇子たちもいて、皇太子は数年前から他国に留学中と和樹は聞いている。

「宰相さんの話では、お披露目パーティーが終わったら帰国許可の進言をしてくださるとのことでしたが、この感じだと、あまり期待はできませんね」

「お披露目パーティーの良からぬ噂も耳にしました。私では勇者様のお力になれず、誠に申し訳ございません」

「ザムルバさんの耳にも入りましたか。いや~、噂ってすぐに広まるんですね……」

 和樹は噂に関してあまり気にしていないようで、ザムルバは安心した。

「ところで、今日はアンディ殿は?」

「彼は調べものがあるみたいで、最近は出かけていることが多いです」

「そうでしたか」

 いつも護衛のように傍に控えているアンディが留守にするということは、少なくともこの離宮の中は勇者にとって安全と思われている証拠。
 一つの懸念がなくなったところで、ザムルバはもう一つの懸念を伝えた。

「……送還用の魔法陣がなくなった?」

「はい。ただ、呪文は厳重に管理をしておりますので大丈夫だとは思いますが、念のためお知らせを。この件は、どうかご内密に願います」

「もちろんです。情報をありがとうございました」

 面会時間が終わり、ザムルバは離宮をあとにする。
 彼の手には、勇者から貰ったお菓子の箱があった。



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