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第四章 いよいよ、あの問題と向き合うときが来た

58. さっそく、問題発生?

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「私はこの国で宰相を務めております、イライジャ・キートンと申します。勇者様におかれましては、大変ご機嫌麗しく恐悦至極に……」

 ……で始まった、俺の向かい側に座る宰相さんの挨拶が、そろそろ五分くらいになるだろうか。
 そういえば、校長先生だけでなく教頭先生もお話が長かったっけ……
 十年ほど前の記憶を呼び覚まし俺がしみじみとしている間も、まだまだ話は続いている。


 ◇◇◇


 入国受付で黒髪を見せたら、すぐに別室へ連れていかれた。
 そこで鑑定 → 召喚勇者と発覚 → 用意された馬車で帝都へ移動し、宮殿内の離宮へ → 宰相さんと対面となった。
 思えば、ここに至るまでに、すでに一週間近くが経過している。
 長い……本当に長かった。
 早く希望を伝えて、村に帰りたい。
 温泉に浸かってのんびりしたいし、ルビーの手料理が食べたい。
 俺はすでに、軽いホームシックに罹っていた。


 ◇


 まず、最初の入国時の鑑定。
 玉の大きさに違いはあれど、どこの国でも水晶でステータスを確認することは同じようだ。
 担当者さんも、日々延々と続く作業にいい加減うんざりしていたんだろうね。
 「はい、水晶に触れて」、「こちらが確認するまで、絶対に離さないで」と事務的に淡々と指示された。
 
「どれどれ……(どうせまた、一般人だろう)」

 顔と態度に心の声がはっきりと現れていたけど、俺は気付かないふりをする。
 この終わりが見えない単調な仕事も、今日で終わりですよ…と思いながら。

「名は、カズキ・サカイ。ふーん、歳は二十歳なんだ。もっと幼く見えるけどな……」

「あの、俺は何歳くらいに見えますか?」

 以前、ルビーにも『とても成人しているようには見えない』と言われたから、それが見た目だけのことか、中身(精神年齢)を含めてのことなのか、非常に気になっていた。
 初対面の人なら、俺の中身を知らないから見た目だけで答えてくれるよな。

「そうだねえ……十六,七歳くらいかな?」

「ハハハ……そうですか」

 なんとも微妙な答えだけど、一応成人男性には見えるらしい。
 良かった!

⦅これは、こやつなりの世辞じゃぞい。実際は、十四,五歳くらいなのじゃろう⦆

 マホーは、どうして余計なことを言うかな。
 十四歳だったら、ソウルたちと同じ未成年ってことだろう?

「えっと、職業は召喚勇者で、レベルは923…って、えええええー!?」

 予想以上の反応に、こっちもびっくりして水晶玉を落としそうになったぞ。
 「大変失礼いたしました! 少々お待ちくださーい!!」と、担当者は慌てて部屋を出て行く。
 その後は、ここの責任者らしき人が出てきて、この地の領主様もやって来て、帝都から迎えの馬車が来るまで当家にご滞在くださいませ!と屋敷へ連れていかれるまでが一連の流れ。
 
 迎えが来るまでに二日、帝都への移動に三日もかかった。
 その間に、壺に入っていることに飽きたアンディが勝手に抜け出したり、トーラが元のサイズに戻ったりなどハプニングの連続。
 まあ、これも旅の良い思い出……になるわけがないよ!
 神出鬼没の(貴族のような恰好をした)黒髪の男の子が町で人助けをしていると噂になり、領主様や護衛の衛兵さんたちから「もしや、勇者様のお知り合いですか?」と尋ねられたり、道中のお世話係をしてくれた中年の侍女さんが大型魔獣トーラに腰を抜かしたりと大変だった。
 まあ、アンディは目的もあってフラフラしていたみたいだから、たまたま通りかかって盗賊に襲われていた旅人を助けたり、飲食店で暴れていた酔っぱらいを捕縛したり等々したみたい。
 もちろん、見て見ぬふりをせず人助けをしたことは褒めておいたよ。
 
 俺も、せっかく他国に来たんだから少しは観光をしたいな…と希望を言ってみたところ、「もし外出先で勇者様に何かございましたときに、わたくしども全員の首が飛びますので……(できれば、控えてほしい)」と、リーダー格の人から笑顔でやんわりお願いをされる。
 『首が飛ぶ』って、仕事がクビになるってこと?
 まさか……物理的にじゃないよな?
 怖すぎて、確認も実行もできない俺だった。


 ◇◇◇


「それでは、勇者様はこちらの離宮でごゆっくりお寛ぎください。この離宮には許可を得た者以外は立ち入ることはできませんので、ご安心ください」

 用件は済んだとばかりに宰相さんが出て行こうとするから、慌てて引き留める。
 俺は『この国に、長期滞在するつもりはありません』し、『一般庶民として、別の国で生きていく』と希望を伝えたら、「なぜですか?」と心底不思議がられた。

「勇者として生きるつもりは全くないのです。俺には、大切な家族や仕事がありますから」

「まさか、すでに所帯を持たれていらっしゃるのですか?」

 この反応……やっぱりザムルバさんの言う通り、勇者をこの国の皇女と結婚させるつもりなんだな。
 でも、きっぱりとお断りします。
 俺は、ただの一般庶民なのだから。


 ◇


「退屈だな……」

 帝都に来てから四日、俺は暇を持て余していた。
 シトローム帝国の宮殿は、あっちの世界の超有名宮殿と同じように左右対称シンメトリーの造りとなっている。
 庭園も、大きな噴水を挟んで植え込みや設置されている石像などがまったく一緒。
 一昨日は、それを馬車の車窓から見学した。
 俺としてはついでに庭園内を散歩したかったけど、勇者が宮殿に滞在していることはまだ一部の人にしか知らされていないようで、しばらく待ってほしいと言われる。
 ちなみに昨日は、滞在している部屋の一部を土足禁止エリアにすべく、せっせと掃除に励んでいた。

「サカイ様がそんなことをされずとも、わたくしがいたしますのに……」

 引き続き俺のお世話係をしてくれている中年の侍女…ケイトさんはそう言ってくれたけど、これは俺のわがままだからと押し切った。
 離宮内にある俺の部屋は、村の家の数倍はあるだろうか。とにかく広い。
 その半分のエリアの床と絨毯を高圧洗浄で掃除して、トーラが気兼ねなく寝転がれるスペースを確保した。
 俺も、ずっと靴を履いている生活は嫌だからね。
 部屋に置かれたソファーセットもダイニングテーブルも(許可を取って)場所を移動させ、俺が座る周囲だけ土足厳禁にした。
 さすがに全部してしまうと他の人(ケイトさんや護衛さん)に迷惑をかけてしまうから、そこは自重する。

「サカイ殿は、物語に登場する勇者様とは全く雰囲気が異なりますが、やはり勇者様なのですね……。メガタイガーを召喚獣にされたり、アンディ殿のような上位アンデッドを使役されておられるのですから」

≪其方は、我が眷属たちを前にしても怯まず立ち向かおうとした。その心意気は、見事だったぞ≫

 アンディから褒め言葉をもらっているのは、ケイトさんと同様に引き続き俺の護衛を務めるニック・ヤンソンさん。
 彼は伯爵家の四男で、年も同じ二十歳。
 同い年の伯爵家の四男と聞くとあのバカ息子を思い出すけど、ヤンソンさんは真面目な人。
 普段は第一軍団に所属している兵士さんらしいけど、勇者の護衛に抜擢されたくらいだから優秀なんだろうね。
 護衛は他にも何人かいるけど、年が同じだからか一番話しやすい。

 そうそう、なぜアンディが堂々と姿を現しているのかというと、夜にこっそり家具を移動させているところを見つかってしまったため。
 ケイトさんら侍女さんや従僕さんたちの手を煩わせないように、アンディに頼んで眷属たちに家具の移動をお願いしていたら、この日の不寝番担当だったヤンソンさんが魔の気配に気付き踏み込んできた。
 部屋に溢れる大勢のアンデッドに果敢に立ち向かおうとした彼を慌てて止めて、事情を説明。
 かくして、存在を隠していたアンディも一緒に見つかり、翌日宰相さんから少々お小言をいただくはめに。
 併せて、道中で人助けをしていたのがアンディだったことも一緒にバレたのだった。


 ◇


「トーラちゃん、おやつをもらってきましたよ」

 ケイトさんの声に、一瞬にして猫型になったトーラが駆け寄っていく。
 道中ではトーラの実際の大きさに卒倒したケイトさんだったが、その愛くるしさに次第に慣れ、今では猫に接するように可愛がってくれる。
 トーラもケイトさんを怖がらせないよう、近づくときは小さくなってから。
 アンディに対しても孫に接するような感じで、二人と一匹のやり取りを眺めているだけで心が和む。
 どうやら、ケイトさんはアンディがアンデッドだという実感があまりないみたい。

⦅ほのぼのしておるのはよいが、おぬしは今後どうするつもりなんじゃ?⦆

 俺としては一日も早く村に帰りたいけど、宰相さんに「もう、家に帰ってもいいですか?」と何度聞いても、毎度はぐらかされるもんな。
 まあ、予想はしていたけどね。
 マホーも、刺激のない生活にそろそろ飽きてきたんだろう?
 正直に白状したまえ。

⦅腕に覚えのある者たちとの模擬戦くらいあるのかと思っておったが、まったくの期待外れじゃわい⦆

 戦闘狂の血が騒いできたってことね。
 でも、勇者の能力値は機密情報扱いになっているらしいから、そういうのはないんじゃないか?
 俺としては、非常に助かるけど。
 宰相さんからも、周囲へは絶対に漏らさないよう釘を刺されている。
 宮殿に来てから改めて鑑定をしたけど、その場にいたのは宰相さんと部下っぽい文官の壮年イケメンさんだけだったし。
 ただ、二人とも数値を見て、ゴウドさんとグスカーベルさんのように無言になっていたな……

 行儀悪いと思いつつ、特にすることのない俺がソファーでゴロゴロしていると、宰相さんの使いがやって来た。
 受け取った手紙を読んだヤンソンさんは、俺を見てにこりとする。

「サカイ殿、明日は丁度よい気分転換ができそうですよ」

「何かあるのですか?」

「軍団本部で、模擬戦を行うことが決まったそうです」

「……はい?」

 啞然としている俺とは対照的に、マホーの歓喜の声が脳内に響き渡ったのは言うまでもない。



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