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第三章 雨降って、地固まる?
55. 俺の正体は……
しおりを挟む家を訪ねてきたルビーと共に役場へ向かった俺は、大事な話があるからと、ゴウドさん、ドレファスさん、ジェイコブさんに集まってもらった。
「突然ですが、来月俺は村を離れることになりました」
「さっき、ドレファスくんから聞いたけど、学校関係者が迎えに来たそうだね?」
「あっ、えっと、その……」
ドレファスさんの勘違いを否定しなかったから、そういう話のままゴウドさんへも伝わったらしい。
「後のことなら、大丈夫。カズキくんは何も心配せずに、学校へ復学してくれればいいんだよ」
シトローム帝国へはアンディとトーラも連れていくけど、『オバーケ』の営業がもともと今月いっぱいまでと決まっているから、それは問題ない。
他の事業も、もうすでに俺の手は離れているから大丈夫。
村の安全も、正規職員となったエミネルさんと、移住してきた『漆黒の夜』のメンバーたちがいるから安心して任せられる。
「俺は一旦村を離れますが、また戻ってきますので、それまでよろしくお願いします」
「えっ!? カズキは、村に帰ってきてくれるの?」
「うん。ただ、それがいつになるかはっきりしないから、こうして皆さんにお願いをしているんだ」
そうか、ルビーは俺がもう戻ってこないと思っていたんだな。
ずっと深刻そうな顔をしているから、体の具合でも悪いのかと心配したんだぞ。
ドレファスさんやジェイコブさんは、「次期村長が、確定ですね」「これで、この村も安泰だな」と言いながら帰っていった。
◇
「カズキくんが村に戻ってこられるのは、一年後くらいかな? 何にせよ、良かった良かった」
「来年はカズキがいないから、『オバーケ』の代わりの企画を考えないといけないわね」
食事をしながら、ゴウドさんとルビーが話をしている。
あの後、夕食に招待された俺は、一度家に戻りアンディとトーラを連れてきた。
トーラは食事中だから、今、ルビーの膝の上はアンディが独占している。
「実は、大事な話はまだありまして、どちらかというとこっちが本題というか……俺の『本当の正体』についてです」
「本当の正体って、どういうこと? カズキは、カズキじゃないの?」
「それは、以前見せてもらった君の能力についてのことかな? それなら、別に……」
ルビーは俺のステータス画面を見ていないし、画面を見たゴウドさんもグスカーベルさんも、俺の【職業】については一切触れなかった。
つまり、『召喚勇者』自体を知らないのだろう。
「ゴウドさんは、不思議に思いませんでしたか? 俺の能力値が、異常に高いことに」
「ま、まあ、私が初めて見る数値ばかりだったことには、驚いたけどね……」
「俺は……この世界の人間ではないのです。『異世界人』と言ったほうが、理解しやすいでしょうか」
「「異世界人?」」
揃って首をかしげる二人に、俺は順を追って説明を始める。
ある日突然、元いた世界から飛ばされて、この世界へ来てしまったこと。
飛ばされた先が、トーアル村だったこと。
ハクさんが俺の色を見ることができないのも、異常な能力の高さも、すべての理由がこの世界の人間ではないから。
「ルビーは、俺の言動に疑問を持っただろう? 夜に村を出て野宿をすると言い出したり、魔石の使い方を知らなかったり……俺は、この世界の常識をまったく知らなかったんだ」
俺の世界では、魔物なんて存在しない。
魔石を使わなくても、水や火が出る。
その代わり、人は魔力を持っていないし、魔法を使うこともできない。
「でも、カズキは最初から言葉を話せたし、魔法だって……」
「それは、俺がある特殊な職業に就いているからなんだ。俺が魔法使いの弟子であることは本当だけど、魔法学校には通っていない。学生なのは、元の世界での話だから」
「カズキくんの職業って確か、初めて見る名だったような……」
「シトローム帝国が儀式を行い、異世界から召喚した者……『召喚勇者』。これが、俺の本当の正体です」
二人の目を見て、俺ははっきりと告げた。
◆◆◆
―――― 一か月後。
「今日は、晴れて良かったわ」
二,三日降り続いた雨が止んだ晴天の朝、ルビーは預かった鍵で中へ入ると、さっそく家中の窓を全開にした。
日に日に冷たくなってきた早朝の風を感じながら、部屋の拭き掃除を始める。
和樹の家に何度もお邪魔しているうちに、ルビーもいつの間にか家の中で靴を脱ぐ習慣に慣れてしまった。
特にこんな雨上がりの泥だらけの道を歩いた靴は、入り口付近で脱げば部屋の中までは汚れない。
今では、自宅にもこの生活スタイルを取り入れている。
村人の中にも真似をする者が徐々に増え、「清掃の仕事が追いつかない!」と和樹が悲鳴を上げていた姿が思い浮かぶ。
しかし、行商人のフリムは、突如舞い込んだ絨毯の需要に嬉しい悲鳴を上げていたとか。
クスッと思い出し笑いをしたルビーは、日差しが差し込む窓際へ目を向ける。
「今ごろは、どの辺りにいるのかしら……」
和樹たちが村を旅立ってから一週間。
寂しくないと言えば嘘になるが、和樹と再会できる日を、ルビーは指折り数えて待っている。
◇◇◇
和樹が自分の意思ではなく強制的にこの世界へ連れてこられたとの話に、ルビーもゴウドも言葉が出なかった。
もし自分が同じような立場になったら……考えただけで体の震えが止まらなくなったルビーに、和樹は「だから、俺はルビーたちに感謝しているんだ」と笑った。
こんな正体不明の俺を、温かく迎え入れてくれたから、と。
でも、それは『あなただったからよ』……ルビーは、心の中でつぶやく。
和樹は、自分をこの世界に召喚した国へ向かった。
『勇者』としてではなく、『一般庶民』として生きたいという希望を伝えるために。
そして、村に帰ってきたら……
「俺は異世界人で、アンディはアンデッド、トーラはSランク級の魔獣です。こんな俺たちですが、村の住人として受け入れてもらえますか?」
すべてを決着させて戻ったら、正式にトーアル村へ移住したいと和樹は言った。
話し合いがすんなり終わればいいが、おそらくは難しいだろう…とも。
「どうか、カズキたちを守って」
ルビーが服の上から握りしめたのは、あの黒いペンダント。
旅立つ和樹にも、道中のお守りとして渡した……服の下に忍ばせた自分とお揃いであるとは告げないままに。
◇
「ありがとう」
そう言って、和樹はその場ですぐに着けてくれた。
「カズキが戻ってくるまで、皆で頑張るわ。だから……早く帰ってきてね」
「ハハハ……そんな顔をしなくても、用事を済ませたら俺はすぐに帰るよ。でも、ルビーが心配だから、一応アレを作って渡しておくか」
そう言って、和樹は手のひらに土の塊を出した。
「ルビー、ちょっと両手を貸して」と、彼女の指の太さに合わせて何かを形作っていく。
一体何ができるのか、ルビーには想像もつかない。
しばらくして「できた!」と見せてくれたのは、四つの穴が開いた奇妙な道具だった。
「この穴に親指以外の指を嵌めて、拳を握って」と指示通りルビーが指を通し拳を握ると、和樹は満足そうに頷いた。
「これは『ナックルダスター』もしくは『メリケンサック』とも言うけど、とにかく武器の一種だ」
聞き慣れない単語に、和樹の元いた世界の言語だと瞬時に理解する。
「危ない目に遭いそうになったら、これを嵌めて拳で一発殴れ。相手が怯んだ隙に、遠くへ逃げるか誰かに助けを求めるんだぞ。ただし、これはあくまでも護身用だから、間違っても深追いはしないように!」
和樹から何度も念を押されて確認をされたが、もちろん、ルビーにそこまでの闘志はない。
両方の手に嵌めて動作を確かめてみたところ、右のほうがしっくりくるため、こちら側が採用となった。
アニーからは、「ルビーちゃん、今度は指輪を四本ももらったのね!」と茶化されたが、これはルビーの指に合わせて和樹が作ってくれたオーダーメイド。
だから、ルビーにとっては指輪以上に価値があるものなのだ。
◇
和樹とは、握手をして別れた。
ルビーは和樹を困らせないよう必死に涙をこらえ、頑張って最後まで笑顔を見せる。
そんな彼女に、和樹は安心したように微笑み去っていった。
(カズキが戻ってきたら、今度こそ自分の気持ちを伝えよう……)
ルビーは新たな決意を胸に、彼らを見送ったのだった。
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