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第一章 どうやら、異世界に転移したらしい
21. <幕間>父のささやかな贈り物
しおりを挟むゴウドは夕食の席で、娘のルビーと和樹のやり取りを眺めていた。
「カズキ、ちゃんと茸も食べないとダメよ」
「俺、茸はあんまり好きじゃないんだよな……」
「知っているわ。だから、料理にたくさん使っているの」
今日の昼間、苦情の対応をするため役場を出ていったルビーは、和樹と一緒に戻ってきた。
大浴場の苦情は金を騙し取ろうとする客の自作自演の犯行で、その帰りにスコット伯爵家の四男と遭遇したが、和樹がいたおかげで両方とも事なきを得る。
詐欺犯人たちは大勢の観光客の目の前で大仰に騎士団に連行されていき、これで悪さをしようと考える不届き者が減るといいのだが……報告を受けたゴウドは、大きなため息を吐いたのだった。
「ちょっとルビーさん、トーラに接するように俺にも優しくしていただけませんか?」
「私は優しくしているわよ。カズキの体のためを思って、いろいろと考えているんだから。ねえ、トーラ?」
和樹の従魔であるトーラは、食事を終えると主人ではなくルビーの膝の上に乗ってくる。
まるで自分の子供のように話しかけるルビーの姿が、猫が好きだった亡き妻の面影と重なり、ゴウドは思わず微笑んだ。
「父さんは、何を笑っているの?」
「ルビーが、最近イレーナに似てきたと思ってね……」
「わ、私は母さんほど、口うるさくないわ!」
「ははは! ルビーは『おかん』だな」
娘は勘違いをしたようだが、父はあえて訂正はしない。
『オカン』てどういう意味?と尋ねるルビーに、和樹はなぜか慌てた様子で口を押さえた。
いつもは家族二人だけで囲んでいる食卓が、一人と一匹が増えただけでこんなにも賑やかになる。
それは、家の中だけでなく、村にも広がっていた。
和樹が温泉を観光資源にしようと言い出したとき、ゴウドもドレファスもまったく乗り気ではなかった。
昔から、村に当たり前のように存在しているもので人を呼ぶことなどできないと。
しかし、実際に体験し、自分たちがその価値に気付いていなかったことを知る。
そしてオンセンは開業し、客の反応も上々。
これを機に、村に戻ってきた若者もいる。
村民相手に細々と営業をしていた商店の店主は、「こんなにお客さんがいらっしゃるのは、本当に久しぶりです」と笑顔を見せていた。
村に変化をもたらした本人は、満面の笑みで美味しそうに食事をしている。
黒髪に黒目の、少々幼い顔をした魔法使いの弟子。
この国ではほとんど見かけない容貌をした和樹を、ゴウドとルビーは最初十四,五歳くらいの少年だと思っていた。
実際の年齢を聞いたときもにわかには信じられなかったが、魔法使いとしての実力は本物だった。
村近くに縄張りを持っていたスモールウルフを殲滅し、ゴブリン集落を壊滅。
トーアル村出身で、ケガのため冒険者稼業を引退し医師と村の学校の指導者となったジェイコブは、和樹を鑑定できず「私よりレベルが上だ」と報告を上げる。
さらに、Sランク越えの魔獣を召喚させるなど、理解の範疇を超えることを次々とやってのけた。
◇◇◇
「彼は、村長から見てどのような人物ですか?」
王都へ帰還する前に騎士団長のサパスはゴウドへ面会を申し入れ、和樹に関して様々なことを尋ねた。
彼がどこから来て、どうしてトーアル村に滞在することになったのか。
ゴウドは事実だけをありのまま答えたが、出身国については「知らない」と答えることしかできない。
「村長が、行き倒れていた彼を村の中に入れたということは、ハクばあさんの見立ても……」
「はい。まったく色が見えなかったと言っておりました」
「何も見えない……うむ、そんなことが果たしてあるのだろうか」
サパスも、ハクの力が本物であることは認めている。
だからこそ、かえって疑いを持ったようだ。
「カズキくんは悪い子ではありません。この村のために、いろいろと骨を折ってくれているだけです」
「私も彼と話をしたが、悪い印象はなく普通の少年という感じだった。しかし、ただの『修行中の魔法使いの弟子』とは到底思えない。旅をしているのに、ギルドに登録をしない理由も気になる」
◇
サパスは、「まずは、彼の入国記録を調べてみる」と言い残し帰っていった。
騎士団長として、直轄領に滞在する身元不明の人物の照会をするのは当然の務め。
ゴウドとしては、和樹が騎士団からあらぬ疑いを持たれぬよう祈るのみだ。
トーラについては、サパスから使い魔については何も尋ねられなかったことを幸いとして、こちらからは余計なことは告げなかった。
「ルビー、食事が終わったあと、少し休憩をしてから個室風呂へ行ってきたらどうだい?」
「えっ、こんな時間から?」
「実は、営業が終了したあと、個室風呂だけを村の皆へ開放してほしいと強い要望があってね……」
他の広い風呂は営業中でも問題ないが、個室風呂は部屋の数が少ないため、当面の間は観光客のみに限定されている。
入浴料は村民は半額に設定されているが、個室風呂は元が高いため結構な値段となる。
それでも、入浴希望者は多い。
そのため、時間外だけでも開放することにしたのだ。
「もうこの時間は誰もいないから、ランプを持って行っておいで」
「一人が心配だったら、トーラの散歩を兼ねて俺が付いてってやるよ。今日は月が綺麗だし、月見風呂もいいものだぞ」
「よかったら、カズキくんも隣のお風呂に入ってきたら? 入浴料は、君も半額でいいから。それに、彼が近くにいるならルビーも安心だろう?」
「カズキは……いいの?」
「ああ、構わないぞ。おれも丁度風呂に入りたかったし。トーラ、おまえも体を洗ってから風呂桶の温泉風呂に浸かろうな!」
トーラを浴槽に入れることはできないが、風呂桶に温泉を汲んで入れることは可能だ。
「それなら、今日は私がトーラを洗ってあげるわ」
「それは助かる! こいつ、じっとしていなくて、洗うだけでひと苦労なんだ」
普段は、和樹は家の中で温水を作り出しトーラを洗っている。
しかし、毎回トーラは逃げ回り苦労しているのだ。
「ちゃんと優しく洗ってあげている? 耳に水が入らないようにしてあげないと、ダメよ」
「たぶん、大丈夫だったと……思う」
「怪しいわね」
楽しそうに話をしながら、二人と一匹は出かけていった。
父が「夜の逢い引きを楽しんでおいで」と娘へ冗談交じりに耳打ちをすると、ルビーは顔を赤くしながら「父さんは、何を言っているの!」と怒り、何も知らない和樹はポカンとしていた。
「イレーナ、カズキくんが普通の旅人だったら良かったのにね……」
夜空に浮かぶ二つの月を見上げ、ゴウドは呟く。
十九歳のルビーは、いつ結婚してもおかしくない年頃の娘だ。
親の贔屓目でなくとも、とても美しい女性に成長したとゴウドは思う。
ルビーは一人娘であるため近い将来婿を取り、その夫が村長となる……かつて、ゴウド自身がそうだったように。
これまで、見合い話が持ち込まれたり、言い寄られることもあったが、ルビーはすべて断っていた。
そんな彼女が心惹かれた相手は、いずれは村から居なくなってしまう和樹。
魔法使いとして優秀な彼は、学校を卒業後はこんな田舎の村長ではなく国の要職に就くべき逸材だ。
ルビーもそれをわかっているから、自分の気持ちを告げることは決してしないだろう。
だから、せめて彼との思い出だけでも残してやりたい。
娘の幸せを願う、父のささやかな贈り物だった。
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