上 下
16 / 79
第一章 どうやら、異世界に転移したらしい

16. 女子トーク in 女風呂

しおりを挟む

 同じころ、ルビーは別の風呂に来ていた。
 和樹が男性客の意見を聞いているように、彼女もまた、女性目線からの意見を集めるためだ。
 村の女性たちからは、「村民は、入浴料を多少割引してほしい」とか「子供や年寄りは、安くしてほしい」などの要望が出た。
 やはり、家計を預かる主婦としては、料金が気になるところだろう。
 村人たちにも気兼ねなく入浴してもらえるよう、ゴウドやドレファスと相談の上、前向きに検討したいとルビーは思っている。

「ルビー、この風呂も美肌効果があるのかい?」

「ええ、カズキはそう言っていたわ。あと、血の巡りが良くなって、湯冷めしにくいのだそうよ。それと、オンセンの成分に塩が含まれているから、傷ややけどの痛みを抑えるとか何とか……」

 和樹は、『塩分の殺菌力があり、傷ややけどの鎮痛効果がある』と説明したかったのだが、『菌』を上手く説明できず、残念ながらルビーにはきちんと伝わってはいなかった。

「塩が含まれていたら、傷口が痛みそうだけどね……あはは!」

 『寝湯』で寝ころびながら高笑いをしているのは、竜の牙の女性メンバーであるサリエ。
 彼女はライネルと同じエルフ族だ。
 魔物から受けた傷だらけの体を隠すこともなく、堂々と晒《さら》している。
 
「私は体がよく冷えるから、有り難いわ……」

 ルビーの隣で一緒に湯に浸かっているのは、ナンシー。
 人族である彼女は後方支援の回復役であるため、体にあまり傷はない。
 竜の牙の女性メンバーはもう一人、獣人族のヨリがいるのだが、彼女は皆の前で裸になるのが恥ずかしく、個室風呂の行列に並んでいる。
 
「風呂は、ここの他にも四つあるんだっけ?」

「そうなの。赤みがかった赤褐色や、乳白色のオンセン。入浴すると体に細かい泡が付くものや、無色透明のオンセンもあるわ。どれも、それぞれに個性があっていいわよ」

「そいつは楽しみだ!」

 サリエは、ようやく起き上がった。

「そういえば、ルビーちゃんは最近ますます綺麗になったわね?」

 ナンシーが、ニコニコしながらルビーの顔を覗きこむ。

「よくオンセンに入っているから、きっと肌が綺麗になったのね」

「それもあるかもしれないけど……ふふふ」

「……カズキがいるから、だろう?」

 ナンシーの言葉の後を、寝湯から移動してきたサリエが続ける。

「あいつは将来性があるから、ルビーは今のうちに粉かけときな! あたしがもう少し若けりゃ、絶対に口説いているよ」

 Sランク級の魔獣を召喚できるほどの豊富な魔力量と腕前を持つ、若き魔法使いの弟子。
 少々常識が抜けていたり、たまに驚くようなことをしでかすこともあるが、人当たりの良い好青年である。

「カズキはまだ学生で、修行の一環として一人旅をしているの。今はオンセンの開業準備を手伝ってくれているけど、いずれは自分の国へ帰るのよ」

 休暇を利用して修行の旅をしているとのことだが、トーアル村に一か月以上も滞在して学校は大丈夫なのか?とルビーはひそかに心配をしていた。

「彼は、どこの国の出身なの?」

「物凄く遠い国で、もう二度と故郷には帰れないとは言っていたわ」

 何か訳アリのようだから、出身国についてはルビーは深く尋ねることはしていない。
 その代わりに学校がある国を尋ねたところ、和樹は慌てたように目が泳ぎ、結局教えてもらえなかった。

「もしかしたら……学校に恋人とか、婚約者がいるのかもしれないわね。お師匠さんの娘さんとか」

「たしかに、あれほどの実力者を周りが放っておくわけないか……」

「…………」

(恋人や、婚約者……)

 和樹にそんな相手がいるかもしれないことを、これまでルビーは一度も考えたことがなかった。
 ライネルからギルドに登録をしたほうがいいと忠告を受けたにもかかわらず、和樹はいまだに身分証の取得には後ろ向きだ。
 彼が冒険者ギルドに登録をすれば、すぐにAランク、もしくはSランクの冒険者に昇格する可能性が高い。
 そうなれば、高難度の依頼を受けなければならなくなる。
 もし、本当に国に待っている女性ひとがいるならば、金銭的にも余裕がある彼が危ない橋を渡る必要はないのだろう。
 
「魔法使いの学校がある国と言えば……『マンドルド共和国』とか?」

 サリエは長命のエルフ族のため、これまで様々な国を訪れたことがある。
 生まれてからずっとこの国を出たことのないルビーよりも、知識は豊富だ。

「その国は、ここからは遠いの?」

「そうだな。このライデン王国との間に、四か国はある」

「そう……かなり遠いのね」

 ルビーは、先日の和樹とのやり取りを思い出していた。


 ◇◇◇


 作り過ぎてしまい父娘二人だけでは食べ切れない料理を、ルビーはいつものように和樹へおすそ分けしていた。
 それが一週間に一,二回ほどあり、あまりの頻度の高さに彼が迷惑していないかとふと心配になる。

「ねえ、カズキ……もし差し入れが必要なかったら、はっきりと断ってくれて構わないからね」

 食べたくない物を、無理やり食べさせているのではないか?と尋ねたルビーに、和樹は笑いながら首を横に振った。

「ルビーの手料理は美味しいから、俺は毎日でも食べたいぞ。だから、これからもよろしくお願いします」


 ◇◇◇


 和樹と交わした、何気ない会話

 『あなたの手料理を、毎日食べたい』

 これは、この国では男性が女性へ求婚するときに使用される言葉の一つ。
 他国の人間である和樹が、意味を知らずに言ったことはルビーも理解している。
 言葉の意味を知っていれば、彼は絶対に口にはしなかっただろう。

(カズキが国へ帰ってしまったら、もう二度と会えない……)

 屈託のない笑顔で自分に告げた和樹の顔を思い出し、ルビーの胸はズキッと痛んだ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したら神だった。どうすんの?

埼玉ポテチ
ファンタジー
転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの? 人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。

婚約破棄されて異世界トリップしたけど猫に囲まれてスローライフ満喫しています

葉柚
ファンタジー
婚約者の二股により婚約破棄をされた33才の真由は、突如異世界に飛ばされた。 そこはど田舎だった。 住む家と土地と可愛い3匹の猫をもらった真由は、猫たちに囲まれてストレスフリーなスローライフ生活を送る日常を送ることになった。 レコンティーニ王国は猫に優しい国です。 小説家になろう様にも掲載してます。

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

猫アレルギーだったアラサーが異世界転生して猫カフェやったら大繁盛でもふもふスローライフ満喫中です

真霜ナオ
ファンタジー
主人公の市村 陽は、どこにでもいるごく普通のサラリーマンだ。 部屋中が猫グッズで溢れるほどの猫好きな陽だが、重度の猫アレルギーであるために、猫に近づくことすら叶わない。 そんな陽の数少ない楽しみのひとつは、仕事帰りに公園で会う、鍵尻尾の黒猫・ヨルとの他愛もない時間だった。 ある時、いつものように仕事帰りに公園へと立ち寄った陽は、不良グループに絡まれるヨルの姿を見つける。 咄嗟にヨルを庇った陽だったが、不良たちから暴行を受けた挙句、アレルギー症状により呼吸ができなくなり意識を失ってしまう。 気がつくと、陽は見知らぬ森の中にいた。そこにはヨルの姿もあった。 懐いてくるヨルに慌てる陽は、ヨルに触れても症状が出ないことに気がつく。 ヨルと共に見知らぬ町に辿り着いた陽だが、その姿を見た住人たちは怯えながら一斉に逃げ出していった。 そこは、猫が「魔獣」として恐れられている世界だったのだ。 この物語は、猫が恐れられる世界の中で猫カフェを開店した主人公が、時に猫のために奔走しながら、猫たちと、そして人々と交流を深めていくお話です。 他サイト様にも同作品を投稿しています。

異世界で神様に農園を任されました! 野菜に果物を育てて動物飼って気ままにスローライフで世界を救います。

彩世幻夜
恋愛
 エルフの様な超絶美形の神様アグリが管理する異世界、その神界に迷い人として異世界転移してしまった、OLユリ。  壊れかけの世界で、何も無い神界で農園を作って欲しいとお願いされ、野菜に果物を育てて料理に励む。  もふもふ達を飼い、ノアの箱舟の様に神様に保護されたアグリの世界の住人たちと恋愛したり友情を育みながら、スローライフを楽しむ。  これはそんな平穏(……?)な日常の物語。  2021/02/27 完結

異世界転移したけど、果物食い続けてたら無敵になってた

甘党羊
ファンタジー
唐突に異世界に飛ばされてしまった主人公。 降り立った場所は周囲に生物の居ない不思議な森の中、訳がわからない状況で自身の能力などを確認していく。 森の中で引きこもりながら自身の持っていた能力と、周囲の環境を上手く利用してどんどん成長していく。 その中で試した能力により出会った最愛のわんこと共に、周囲に他の人間が居ない自分の住みやすい地を求めてボヤきながら異世界を旅していく物語。 協力関係となった者とバカをやったり、敵には情け容赦なく立ち回ったり、飯や甘い物に並々ならぬ情熱を見せたりしながら、ゆっくり進んでいきます。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

ブラック宮廷から解放されたので、のんびりスローライフを始めます! ~最強ゴーレム使いの気ままな森暮らし~

ヒツキノドカ
ファンタジー
「クレイ・ウェスタ―! 貴様を宮廷から追放する!」  ブラック宮廷に勤めるゴーレム使いのクレイ・ウェスターはある日突然クビを宣告される。  理由は『不当に高い素材を買いあさったこと』とされたが……それはクレイに嫉妬する、宮廷魔術師団長の策略だった。  追放されたクレイは、自由なスローライフを求めて辺境の森へと向かう。  そこで主人公は得意のゴーレム魔術を生かしてあっという間に快適な生活を手に入れる。    一方宮廷では、クレイがいなくなったことで様々なトラブルが発生。  宮廷魔術師団長は知らなかった。  クレイがどれほど宮廷にとって重要な人物だったのか。  そして、自分では穴埋めできないほどにクレイと実力が離れていたことも。  「こんなはずでは……」と嘆きながら宮廷魔術師団長はクレイの元に向かい、戻ってくるように懇願するが、すでに理想の生活を手に入れたクレイにあっさり断られてしまう。  これはブラック宮廷から解放された天才ゴーレム使いの青年が、念願の自由なスローライフを満喫する話。 ーーーーーー ーーー ※4/29HOTランキングに載ることができました。ご愛読感謝! ※推敲はしていますが、誤字脱字があるかもしれません。 見つけた際はご報告いただけますと幸いです……

処理中です...