【完結】国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く

gari

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終章 一つになる心

73. 真相と望み

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「どうして、わたくしだと……」

「私が、凛月に気付かぬわけがないだろう?」

 離宮の乗車場で一目見たときからわかっていたと、俊熙は笑う。

「大変有り難いお言葉ですが、わたくしは一度は国を追われた身です。それに、神託で次期豊穣の巫女に選ばれたのは桜綾ヨウリン様ですから」

「あれは、凛月を国に居られなくするための濡れ衣だったのだ。加担した者は、すでに処罰されている。それと、神託で豊穣の巫女に選ばれたのは桜綾と凛月の二人だった」

「えっ?」

「礼部尚書が認めた。宮殿内で無用な争いが生まれるのを懸念し、高官の娘である桜綾を選んだと。実際に凛月が追放となったのだから、彼の予想は当たっていたがな」

「…………」

 俊熙は苦い笑みを浮かべ、凛月は黙ったまま。
 ただ、時間だけが過ぎていく。
 
 峰風は、凛月の心中を推し量っていた。
 自分も豊穣の巫女に選ばれていたなど、想像もしていなかったようだ。驚きと困惑の様子がひしひしと伝わってくる。
 峰風からすれば、選ばれて当然としか思わなかったが。
 
 普通に考えれば、このまま生まれ故郷に帰るべきなのだろう。
 権力争いに巻き込まれていなければ、月鈴国の豊穣の巫女だったのだから。
 しかし、凛月はすでに華霞国の豊穣の巫女として迎えられている。
 急に巫女がいなくなれば国中に動揺が広がり、様々な憶測も生まれる。

 でも……

(一番に考えるべきは、彼女の気持ちだ。帰国の意思があるのであれば、俺が後押ししてやらねば)

 凛月への想いを押し隠し、峰風はひっそりと決意した。

「今のわたくしには、『巫女の従者』と『樹医の助手』という大事な仕事があります。お世話になっている方々もいます。それを置いたまま、国に帰ることはできません」

「主殿には、私のほうから説明をする用意がある。同じ巫女ならば、きっと事情を理解してくださるだろう。凛月が世話になった方たちへは、それ相応の礼をさせてもらうつもりだ」

 金・物・人脈・月鈴国との貿易面での優遇等々、俊熙は淀みなく具体例を挙げていく。
 皇族の一員に名を連ねる俊熙には、それを実行できるだけの実力や権力がある。

「凛月が今後も植物に関係した仕事がしたいのであれば、月鈴国でも続けられるように手配させる。国にいたときは舞の稽古が始まるぎりぎりの時間まで庭園で水やりをしていて、よく嶺依から叱られていただろう?」

「な、なぜ、俊熙様がそれをご存じなのですか?」

「ははは、どうして知っているのだろうな」

 二人の親しげな様子。会話に登場する、峰風は知らない人物たち。
 凛月との付き合いの長さの違いを、嫌でも見せつけられる。
 面白くない。妬ましい。
 自分にこんな感情があることを、峰風は初めて知った。
 
 凛月へ向ける俊熙のまなざしは優しい。
 そこには、恋情が色濃く見える。自分と同じ目だ。
 追放の裏に隠された真実を知った俊熙が国内問題を片付け、凛月を迎えにきたことは想像に難くない。
 おそらくは、次期巫女本人もしくは家族も追放に加担していて処罰されたのだと峰風は考える。
 すべては、想い人を取り戻すために。
 もし峰風が同じ立場だったら、きっとなりふり構わず同様のことをしただろう。
 俊熙の気持ちが、痛いほど理解できた。


 ◇


「急なことで、すぐには考えがつかないだろう」

 そう言って、俊熙はその場での回答を求めなかった。
 使節団が帰国するのは、四日後。奉納舞の翌日だ。
 それまでに、凛月は返事をしなければならない。

 宮廷の執務室へ戻ったあと、昼餉も食べず子墨はずっと考え込んでいた。
 いつもならすぐに手を付ける宮から持参した包みが、今日は卓子に置かれたままだ。
 
「後のことは気にせず、『君がどうしたいか』だけを考えればいい」

「僕の望みは変わりません。続けられるうちは、これからも峰風様の助手でいることです」

 凛月の望みは、ただ一つ。峰風の助手の仕事を続けること。
 巫女の職務を途中で投げ出すようなことを、するつもりもない。

「しかし、これを逃せばもう二度と国には帰れなくなると思うが……」

 今までは、この国で暮らしていくために職務に励んできた。
 しかし、帰国後も同じような生活が保障されているのならば、華霞国でなくてもいいのではないか?と峰風は言う。

「……いつまでも私が傍にいると、お相手の方も嫌ですよね」

「ん? 何の話だ?」

 急な話の転換に首をかしげている峰風へ「なんでもありません」とだけ返し、子墨は昼餉を食べ始める。
 しばらく、室内は食事をする音だけが響いていた。


 ◇


「峰風様! 見合いをされたと言うのは本当ですか?」

 突然、若い女が執務室に駆け込んできた。
 子墨は、驚いて包みを落とす。
 静寂を破ったのは、以前子墨が絡まれたことのあるあの官女だった。
 



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