【完結】国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く

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終章 一つになる心

65. 緊張

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 峰風は、朝から緊張していた。
 
 今日は、巫女との見合いの日である。
 通常ならば官服に着替えるところを、着慣れない正装に袖を通す。
 衣裳の基調は、落ち着いた深緑色。そこに、数か所こげ茶色で刺繍が入っている。
 黒よりやや茶色がかった峰風の髪色に合わせて、母の春燕が気合を入れて用意した特注品だ。


 ◇◇◇


 峰風が巫女との見合いを希望したと知ったときの、春燕の喜びようは凄まじかった。
 
 『狂喜乱舞きょうきらんぶ

 この言葉がふさわしい。
 峰風は、生涯この光景を忘れることはないだろうと思った。
 母を見ていた父の半笑いの顔も。

「母上、兄上も参加されますよね?」

「雲嵐は今回ご縁がなかったとしても、いずれは自分からお相手を探してきます。わたくしは、何の心配もしておりません。ですが……」

 春燕が峰風の前に立つ。人差し指で顔を差してくる。
 他人を指差してはいけません!と、幼いころに母から叱られたような気がするが、気のせいだろうか。
 とにかく圧がすごい。視線をそらしたいが、そらせない。

「あなたはこの機会を逃したら最後、一生独り身が確定です!」

「それは──」

「間違いございません!!」

「…………」

 母の断言を、峰風自身も強く否定できなかった。


 ◇


 峰風にとって、一緒にいて心地良いと感じた女性は凛月が初めてだ。
 初対面で女性だと気付かず、先入観なく対応できたのがよかったのだろう。
 女性だとわかっていたなら、父へ取り継いだ時点で関係は終わっていた。助手に抜擢もしなかった。

 なぜ、子墨が女性だと気付かなかったのか。
 大きな理由としては、凛月が女性らしくなかったから。
 若い女性の興味といえば己を着飾ること。
 少なくとも、これまで峰風が出会ってきた者たちは皆そうだった。
 しかし、凛月は違った。彼女の興味の大半は、植物を慈しむことと美味しい物を食べることに注がれている。
 本人も隠すつもりがなく、見ていて清々しさを感じるほど。
 反対に、恋愛への興味は皆無。
 それを残念だと感じてしまう自身の変化に、峰風は一番驚いていた。


 ◇◇◇


 見合い会場は、宮殿に隣接する離宮。主に、国外からの来賓を迎えるときに使用される場所だ。
 都の一等地にある胡家からは、馬車で向かえばすぐに着く。
 しかし、峰風は余裕をもって屋敷を出た。
 母の満面の笑顔の裏に潜む無言の圧力には、耐えきれなかった。

 今回、巫女との見合いを希望した者は約三十名。
 そこから、家柄・年齢等を考慮したふるい落としが行われ、最終的に十名になった。
 上が二十三歳から下は十七歳まで。全員が高位官吏である。
 兄弟で参加しているのは、胡家を含め三家。
 つまり、実質七家で婿の座を争う。


 ◇


 離宮に着いた峰風を出迎えたのは、担当者と侍女だった。

「本日の見合いは、急遽延期となりまして──」

 中年の侍女によると、巫女が急病になったとのこと。
 急ぎ胡家へ早馬を飛ばしたが、早めに屋敷を出た峰風と行き違いになったようだ。
 連絡が遅れ大変申し訳ございませんと、二人から平謝りされてしまった。

 見合いは一日に一人。連日ではなく途中休日を挟み、半月に渡って行われる。
 順番は公平を期し、クジによって決められた。
 峰風は五番目。兄の雲嵐は、初日の一番手だった。
 峰風も見合いに参加すると知り、兄は弟が商家の娘から縁談を断られたと思ったようだ。
 雲嵐から「残念だったな!」と明るく慰められ、「どちらが選ばれても、恨みはなしだ」と言われる。
 兄の器の大きさを、改めて認識した峰風だった。


「こちらから、また新たな日程をご連絡させていただきます」

「ひとつ確認したいのだが、巫女様のご容体は?」

「朝こちらにいらっしゃったときは、お元気なご様子でございました。ところが、従者の方から体調が思わしくないと申し出がございまして」

「そうか……」

 つまり、急に体調不良になったということ。

 地方から戻って以降、峰風は一度も凛月と顔を合わせていない。
 宮の仕事を手伝うため(という理由で)、子墨は助手の仕事を休んでいた。
 本当は見合いの準備で忙しいことを、峰風は知っている。
 執務室へやって来た梓宸が「尚服が張り切って(巫女の)衣装を用意している」と話していた。
 男の峰風でさえ、この一着を仕立てるまでに相当な時間を要している。それが巫女ともなれば、その比ではない。

 おそらく、旅の疲れが癒えないうちに見合いの準備が始まり、体調を崩したのだろう。
 端午節前に、体調不良で長期期間にわたり休んでいた子墨を思い出し、峰風は胸が痛んだ。


 ◇


「……峰風様」

 乗車場へ向かって歩いていた峰風へ物陰から声をかけてきたのは、浩然だった。
 二人の周囲に、他に人はいない。
 浩然は辺りの様子を窺いながら前に出てきた。

「(凛月が)体調を崩した聞いたが、大丈夫なのか?」

「そのことで、ご相談したいことがございます。今から、少々お時間をいただけないでしょうか?」

「構わないぞ。俺も、容体が気になるからな」

 案内されたのは、見合い会場ではなく別の建物の一室。
 中には、面紗を被った巫女姿の凛月と瑾萱がいた。

「峰風様、どうしてこちらに?」

「君が体調を崩したと聞いたから、心配でな。でも、思ったよりも元気そうだ」

 声を聞く限り、いつもと何ら変わりはない。
 峰風は安堵した。

「体調は、どこも悪くないのです」

 そう言いながら面紗を取った凛月の姿は、黒髪・黒目のまま。

「今日は、巫女としての公務の日だろう? なぜ、姿を変えていない?」

「昨日までは、巫女の姿でした。ところが、今朝起きたら元の姿に戻っていたのです。剣舞を舞ってもいないのに……」

 凛月は困惑した表情で目を伏せた。

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