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第四章 関係の変化
61. 舞、再び
しおりを挟む峰風の目には、欣怡が優雅に落ち着き払っているように見えた……かもしれない。
しかし実際は、凛月は全身から汗が吹き出るくらい焦っていた。
◇◇◇
子墨が御神木から感じ取ったのは、悲しみと懇願の感情だった。
峰風から夫婦楠と聞き、番いが伐採される前に命を繋いでほしいと願っているのだと気付く。
さらに、柵の内側へ入ると、今度はあの声が聞こえてきた。
⦅ミコサマ…キタキタ⦆
⦅マッテタ⦆
⦅タスケテ…ハヤク!ハヤク!⦆
「もしかして……私を呼ぶために、あなた達が悪さをしていたの?」
⦅ゴメンナサイ⦆
⦅デモ…スコシダケ⦆
⦅ダッテ…クスノキ…ガ⦆
「うん。わかっているよ」
楠を守るために、あの子たちも力を貸していたのだった。
木の増やし方は、紫陽花の一件で学んでいた。
子墨はさっそく行動を開始する。
峰風へ詳しい説明は省き、作業の手配と儀式の前倒しをお願いした。
そして迎えた今日。
祟りではないためお祓いをする必要はなかったが、怯える皆を安心させるために舞を披露することにした。
扇を持ち即興で舞っていると、凛月の周囲に小さな丸い光がふわふわと飛び始める。
楽しそうな笑い声も聞こえる。
神聖なる木に宿るといわれる木霊。それが、あの子たちの正体だった。
丸い光は、巫女姿の凛月にしか見えていない。
目で追いながら、一緒に楽しく舞った。
作業の責任者へ伝えたのは、切り株をやや高さを残して伐採してもらうことだった。
そうすれば、二本の木を繋ぐ注連縄をまたかけることができる。
それが、残された御神木の望みだったから。
⦅ミコサマ…マタ…マッテ!⦆
⦅ミタイ…ミタイ⦆
舞ってくれなければ、また悪さをしてしまうかも…などと言われたら、舞わないわけにはいかない。
別邸へ戻り、代役と入れ替わる。
宴の最中に抜け出し、御神木のもとへ向かうつもりだった。
まさか、子墨では外出を許可されないとは思ってもいなかった。
◇◇◇
「欣怡様……」
峰風が絶句している。
宴の主役が宦官の恰好で抜け出すなど、誰も思わない。
「驚かせてしまい、申し訳ございません。少々事情がございまして、止む無くこのようなことをしております」
欣怡として峰風と会話を交わすのは、これが初めてのこと。
緊張で声が上擦りそうになるが、必死に抑える。
努めて上品に、優雅に、にこやかに。
子墨と同一人物だと気付かれぬように細心の注意を払い、巫女らしく振る舞う。
峰風へは、包み隠さずすべてを話した。
不可解な現象は、木霊がやっていたこと。
すべては、御神木を次代へ繋ぐために。
木霊たちからお願いされ、舞を披露するために再び現地へ向かっていること。
宴席は、子墨を代役にしていること。
「もしや、舞の最中に目で追っておられたのは、木霊でしょうか?」
「ふふふ、樹医殿には気付かれていたのですね」
木霊が見えることを知っても、峰風に動揺は見られない。
やはり、巫女だからすんなりと受け入れられたようだ。
凛月は、ホッと息をついた。
◇
伐採作業が終わったため、柵はすべて取り払われている。
凛月は、御神木へ近づいた。
⦅ミコサマ!⦆
「遅くなって、ごめんなさい」
⦅ハヤク…マッテ!⦆
「そんなに、急かさないで」
⦅ソノヒト…ダレ?⦆
⦅サッキモ…イタ⦆
「こちらは、樹医様よ。木のお医者様です」
木霊たちの声が聞こえない峰風は、首をかしげている。
「では、始めましょうか」
凛月がまた即興で舞を始めると、小さな光がふわふわと周囲を飛び回る。
扇を開くと、上に木霊たちが乗ってきた。
動きに合わせて弾かれたように空へ飛んでいく。
⦅モウ…イッカイ!⦆
何度も乞われ、何度も同じことを繰り返した。
時間はあっという間に過ぎ、辺りが薄暗くなってくる。
「ごめんなさい。そろそろ戻らなければいけないの」
⦅タノシ…カッタ!⦆
⦅ミコサマ…マタネ⦆
⦅クスノキ…マカセテ⦆
「ええ、お願いしますね」
木霊たちがこれからも楠を守ってくれる。
彼らになら、安心して任せられる。
凛月は、御神木をあとにした。
◇
足元が暗い森の中を、凛月は巫女らしく小股で歩く。
子墨のときは峰風の歩幅に合わせて大股で歩いているが、欣怡のときにはできない。
官服を着て、さらに峰風と一緒だと、気を抜くとついいつもの癖が出てしまう。
そのことばかりに気を取られ、足元への注意が疎かになる。
あっと思ったときには遅かった。
木の根に足が引っ掛かり前のめりに転倒…しかけた体が後ろから支えられる。
凛月は、峰風に抱きとめられていた。
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