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第四章 関係の変化
58. 予定変更
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御神木の状態を確認し、峰風からの説明を受けた欣怡(代役)は、宿泊先である豪族の別邸へ向かった。
今日の巫女の公務はこれで終わり。護衛は、大半が欣怡に付き従っている。
子墨(本物の巫女)は、峰風と一緒にまだ現地に残っていた。
落雷の被害に遭ったのは、地元では『夫婦楠』として親しまれている楠の一本。
隣り合って並ぶ樹齢数百年とも言われる立派な楠は、落雷で幹が折れ裂けた状態。
見るも無残な姿となっていた。
二本を繋いでいた注連縄も、焼け焦げている。
「君はどう思う? 祟りなど、本当にあるのだろうか」
倒木の危険があるため御神木の周囲は柵が広く設けられ、立ち入り禁止となっている。
峰風と子墨は特別な許可をもらい、柵の内側に入っていた。
護衛官と地元の担当者は、柵の外側で待機している。
担当者は「御神木には近づかないほうがいい」と繰り返し口にしていた。
「現象は本当に起きているようですが、祟りではありません。時間稼ぎをしていたようです……と欣怡様が仰っておられました」
子墨は、変わり果てた姿になった楠をそっと撫でる。
悲痛に満ちた表情を浮かべる子墨を、峰風は眺めていた。
「時間稼ぎをしていた?」
「この地に巫女様を呼ぶため、だったようです。ただ、早くしないと間に合わないかもしれません」
「『間に合わない』とは、何にだ?」
「峰風様、至急お願いしたいことが二つあります」
子墨は峰風の質問には答えず、真剣な表情を向ける。
柵の内側に入ってから、子墨はぶつぶつとひとりごとを呟いていた。
きっと何かを感じ取ったのだろうと、峰風は理解している。
「まず一つ目。こちらの伐採予定の木に、栄養剤を与えてください。二つ目。この木の『挿し木』の手配をお願いいたします。理由は、後で欣怡様から説明があるかと」
『挿し木』とは、木の枝を採取しその木の株を増やす方法のこと。
「わかった」
子墨の能力を認めている峰風に、迷いや疑いはない。
すぐに手持ちの道具を取り出し、散布を終えた。
「挿し木のほうだが、これは私の専門外だから地元の業者に任せる。ただ……」
「何でしょう?」
「挿し木を行うには、今は良くないのだ。文献には、暑い時季は避けろと書かれていた」
「それでも、やるしかありません」
「あと、懸念がもう一つ。挿し木にできる枝が、この木に残っているかどうかだが……」
峰風は楠を見上げる。
葉をつけた枝は存在していないように見える。
「枝は……明日になればわかる、と欣怡様が。上手くいくと良いのですが」
子墨も楠を見上げた。
◇
二人から説明を聞いた担当者は、わかりやすく顔色を変えた。
「これまで、複数の業者が何度か伐採を試みておりますが、その度に道具が壊れたり、作業員がケガをしたりと、幹に傷一つ付けることができませんでした。皆が祟りだと怯えておりますので、挿し木作業を請負う者が居るかどうか……」
「明日、欣怡様がお祓いをされます。そうすれば、伐採は可能となりますので」
子墨は担当者へ断言した。
「予定では、お祓いは明後日と聞いておりましたが?」
「この者は、巫女様に近しい従者だ。子墨、現状をご覧になった巫女様も、同じようにお考えなのだろう?」
「はい。なるべく早い方が良いと仰っておられましたし、僕もそう思います」
「そういうわけなので、申し訳ないが予定の変更をお願いしたい」
「かしこまりました。すぐに手配いたします」
こうして、お祓いの儀式と伐採が前倒しで行われることが急遽決まった。
今日の巫女の公務はこれで終わり。護衛は、大半が欣怡に付き従っている。
子墨(本物の巫女)は、峰風と一緒にまだ現地に残っていた。
落雷の被害に遭ったのは、地元では『夫婦楠』として親しまれている楠の一本。
隣り合って並ぶ樹齢数百年とも言われる立派な楠は、落雷で幹が折れ裂けた状態。
見るも無残な姿となっていた。
二本を繋いでいた注連縄も、焼け焦げている。
「君はどう思う? 祟りなど、本当にあるのだろうか」
倒木の危険があるため御神木の周囲は柵が広く設けられ、立ち入り禁止となっている。
峰風と子墨は特別な許可をもらい、柵の内側に入っていた。
護衛官と地元の担当者は、柵の外側で待機している。
担当者は「御神木には近づかないほうがいい」と繰り返し口にしていた。
「現象は本当に起きているようですが、祟りではありません。時間稼ぎをしていたようです……と欣怡様が仰っておられました」
子墨は、変わり果てた姿になった楠をそっと撫でる。
悲痛に満ちた表情を浮かべる子墨を、峰風は眺めていた。
「時間稼ぎをしていた?」
「この地に巫女様を呼ぶため、だったようです。ただ、早くしないと間に合わないかもしれません」
「『間に合わない』とは、何にだ?」
「峰風様、至急お願いしたいことが二つあります」
子墨は峰風の質問には答えず、真剣な表情を向ける。
柵の内側に入ってから、子墨はぶつぶつとひとりごとを呟いていた。
きっと何かを感じ取ったのだろうと、峰風は理解している。
「まず一つ目。こちらの伐採予定の木に、栄養剤を与えてください。二つ目。この木の『挿し木』の手配をお願いいたします。理由は、後で欣怡様から説明があるかと」
『挿し木』とは、木の枝を採取しその木の株を増やす方法のこと。
「わかった」
子墨の能力を認めている峰風に、迷いや疑いはない。
すぐに手持ちの道具を取り出し、散布を終えた。
「挿し木のほうだが、これは私の専門外だから地元の業者に任せる。ただ……」
「何でしょう?」
「挿し木を行うには、今は良くないのだ。文献には、暑い時季は避けろと書かれていた」
「それでも、やるしかありません」
「あと、懸念がもう一つ。挿し木にできる枝が、この木に残っているかどうかだが……」
峰風は楠を見上げる。
葉をつけた枝は存在していないように見える。
「枝は……明日になればわかる、と欣怡様が。上手くいくと良いのですが」
子墨も楠を見上げた。
◇
二人から説明を聞いた担当者は、わかりやすく顔色を変えた。
「これまで、複数の業者が何度か伐採を試みておりますが、その度に道具が壊れたり、作業員がケガをしたりと、幹に傷一つ付けることができませんでした。皆が祟りだと怯えておりますので、挿し木作業を請負う者が居るかどうか……」
「明日、欣怡様がお祓いをされます。そうすれば、伐採は可能となりますので」
子墨は担当者へ断言した。
「予定では、お祓いは明後日と聞いておりましたが?」
「この者は、巫女様に近しい従者だ。子墨、現状をご覧になった巫女様も、同じようにお考えなのだろう?」
「はい。なるべく早い方が良いと仰っておられましたし、僕もそう思います」
「そういうわけなので、申し訳ないが予定の変更をお願いしたい」
「かしこまりました。すぐに手配いたします」
こうして、お祓いの儀式と伐採が前倒しで行われることが急遽決まった。
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