【完結】国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く

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第三章 転機

49. 【幕間】老翁は……

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 綺麗な満月が浮かぶ、静かな夜。
 宮殿の最奥にある一室で、二人の男が月見酒を酌み交わしていた。

「そうか、巫女様が皆を一喝したか……」

「はい。場に臆することなく、自身の意見を堂々と述べておりました。あの見目麗しい姿からは、想像もできませんでしたが」

「ワッハッハ! 師匠に似たのじゃ。嶺依リョウイも、初対面の儂に向かって意見をしたからのう」

 豪快に笑う老翁は、夜空を見上げる。

「今ごろ、巫女様は廟で奉納舞を舞っているころか。結局、立会い人は礼部尚書だけにしたのじゃろう?」

「はい。梓宸が今回も立会い人を務めたいと申し出てきましたが、却下しました」

「そうか。まあ、梓宸の気持ちもわからぬでもない。儂も、未だに嶺依の舞がまた観たいと思っておるからのう」

「今年の中秋節には、招待いたします」

「うむ。月鈴国の奉納舞がどのようなものか、楽しみに待っている」

 老翁は空になった杯を置く。甥が酒を勧めたが、断った。
 ほろ酔い気分でいつも思い出すのは、四十年前。初めて巫女と邂逅した日のこと。
 そして四十年後、弟子が華霞国へやって来た……師の抜けた穴を埋めるために。
 
 植物に関係した仕事に従事することを希望した凛月。
 報告によれば、豊穣神の化身と呼ぶに相応しい能力を持ち合わせているとのこと。
 巫女のときだけ見目が変化するのも興味深い。老翁は面会を望んだ。
 表立って会うことはできないため、招待客に通達を出すことにした。梓宸の従者として会合に来るかは賭けだった。
 やって来たのは、幼い顔をした少年宦官。彼女が巫女とは到底思えなかった。
 しかし、睡蓮の不生育の原因を指摘し、老翁が出した難問をあっさりと正解する。偶然や当てずっぽうではなく、母とのことまで的確に。
 あれから、睡蓮はすくすくと成長している。
 

「ともかく、巫女様が無事でなによりじゃった」

「『隠密』のおかげでございます」

「二度とあのような過ちを繰り返してはならぬ。それだけは、お主も肝に銘じよ」

「心得ております」

 四十年前、属国から巫女だと献上されたのが凛月の師である嶺依だった。
 銀髪・紫目の嶺依に、老翁は一目惚れした。皇子としての立場も忘れ、親身になった。
 「巫女としての立場が固まるまでは、接触を避けよ」父の苦言にも、まったく耳を貸さなかった。
 老翁は若かった。いや、世間を知らなさ過ぎた。そして、事件は起きた。
 巫女としてお披露目をする前日に、嶺依は毒を盛られた。老翁が差し入れした菓子に、混入されていたのだ。
 幸い命は取り留めたが、皇帝の判断で国外へ逃がすことにした。宮廷内が荒れることを、父は何よりも懸念した。
 嶺依は一介の女官として死亡したことにし、数日後、月鈴国へ輿入れする従姉妹の侍女として国を発った。
 これは、宰相ら国の上層部でさえ知らぬ、老翁の苦い昔話。

 老翁は己の過ちを悔い、生涯独身を貫いてきた。
 兄である皇帝を支え、今はその子である甥の後ろ盾となっている。
 現皇帝を、老翁の傀儡かいらいだと陰で揶揄やゆする者もいる。しかし、老翁がまつりごとに口を出したことは一度もない。
 『隠密』を創設したのも、いつか再びこの国に現れるであろう巫女を守るため。
 
 嶺依が巫女としてこの国に存在し続けていたなら、その後の飢饉は起こらなかったかもしれない。
 老翁は私財を投じ、飢饉で家族を失った孤児たちを保護する施設を作った。
 その中から有能な人材を集め、『隠密』を作り上げた。浩然もそのうちの一人だ。
 普段はそれぞれ配属された部署で通常業務を行っている彼らは、命令一つで招集される。
 権限はすべて皇帝へ委譲済み。

「さて、ひとまず巫女様の立場は確立した。今後の問題は、『誰が、その夫となるか』だが……」

「後宮妃ではないと周知されましたので、妃嬪同士の争いに巻き込まれることはございません。これからは、巫女様の周囲で男どもが争うかと」

「相手に関しては、巫女様が決めることじゃ。儂は口を出さぬ」

 そう言うと、老翁は酒のつまみを口に放り込んだ。
 酔いはすっかり醒めていた。

「ほう、それは意外でした。叔父上ならば、浩然あたりを推してくると思っておりましたが?」

「ハッハッハ! あやつは、宦官ということになっておるじゃろう? それに、厄災を祓う巫女を神格化しておる。生涯仕える気はあっても、その夫になろうとは露ほども思うとらんじゃろう」

 これ以上は余計なことと、サッと口を閉じる。
 老翁は、自身の発言の影響力を理解している。甥はそれをわかった上で、語らせようと仕向けてくる。
 傀儡だと陰口を叩いている者は、彼の本質をわかっていない。
 自身は動かず、周囲の人材を思うように動かし政を行う。彼の政治手法だ。
 皇帝の権力を存分に行使すればいかようにも事を進めることはできるが、不平不満や不信の種は残る。
 それが少しずつ育っていき、ある日突然芽が出る。気付いたときには取り返しのつかないことになっているのだ。
 しかし、自分の意思で行っていると思わせられれば、種は残りにくく育ちづらい。
 老翁が「巫女の相手に浩然がふさわしい」と発言すれば、そうなるよう周囲へ仕向けていくだけ。
 
 浩然は、甥の目から見ても巫女の相手として納得できる人物だったのだろう。
 では、もう一人の人物だったなら? ある人物の顔が思い浮かぶ。
 会合時の巫女の様子から見て、もうすでに答えは出ているような気がする。もちろん、口にはしないが。
 
 老翁は(余計なことは)黙して語らず。ただ、巫女を見守っていくだけ。
 それが、遠い昔に守れなかった最愛の人への贖罪なのだから。

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