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第三章 転機
47. 巫女の正体
しおりを挟む宰相は、欣怡が豊穣の巫女だと正式に認めた。
しかし、峰風が知りたいのは別のこと。
(欣怡妃の正体は、子墨なのか?)
◇◇◇
あの日、子墨は胡家の裏庭で舞を舞っていた。
男でも舞を嗜む者は多くいる。特に珍しいことではない。峰風は、観賞するほうが好きだが。
子墨がどんな舞を舞うのか、最初は興味本位で眺めていた。
しかし、すぐにあることに気付く。どこかで見覚えがあった。
この舞は──
満月の明かりの下、可憐に舞い踊る天女の姿が脳裏に浮かび上がる。
子墨の姿が、欣怡の舞い姿にぴたりと重なった。
くるりと回転した子墨が、離れた場所に立っている峰風に気付いた。
目を見開き、まるで化け物でも見るかのような驚愕の表情。
峰風が近づくと、子墨はすぐに表情を取り繕った。
「お、おかえりなさいませ!」
表情は取り繕ったが、動揺は隠しきれないようだ。
目は泳ぎ、可哀想なくらい挙動不審となっている。
「ハハハ! そんなに驚くことはないだろう?」
「い、いえ。その…今日は、もうお仕事は終わられたのですか?」
「子墨が心配だったから、早めに切り上げてきた」
「それは、ご心配をおかけしました。ご覧の通り、僕は元気です!」
「そうだな。昨日より、さらに女子っぽくなってはいるが……」
苦笑いを浮かべる峰風が視線を向けたのは、子墨の頭。
今日は髪を中央で二つに分けられ、左右にお団子を作られている。さらに、花飾りの付いた簪まで。
「母上は、どうやら子墨が男子であることを忘れているようだ」
「アハハ……」
(もしかして、本当に女子なのか?)
峰風は、改めて子墨の顔を観察してみる。
市場で会ったときから、可愛らしい顔をした少年だとずっと思っていた。
高い声も、小柄な体格から見て違和感はまったくなかった。
後で宦官だと知り、すんなり納得したのだ。
「ところで、子墨は舞が舞えるのだな?」
「は、はい、その…月鈴国で、少々習ったことがありまして」
「そうか」
奉納舞を舞うのは、巫女だけではないのか?
それとも、宮廷内に居る者は誰でも舞うことができるのか?
様々な疑問が湧いてくる。つい、いろいろと尋ねたくなる。
しかし、峰風が欣怡の祭祀に立ち会ったことは秘匿されており公にできない。
少し見ただけでも、子墨の舞の腕はかなりのものとわかる。
少々習っただけで、あれほど舞うことはできない。
先月の満月の夜に舞っていたのは、子墨で間違いない。それだけは、自信を持って断言できる。
しかし、豊穣の巫女は『銀髪・紫目』のはず。『黒髪・黒目』の子墨は当てはまらない。
(だから、欣怡妃は面紗を被り顔を隠している?)
それとなく子墨の左手を確認する。
手の甲に、痣はなかった。
◇◇◇
「──豊穣の巫女である欣怡様には、五穀豊穣を祈念する奉納舞を舞っていただくという重要なお役目がございます。それを陰から支える従者もまた、誰一人欠かすことはできないのです」
「だから従者に簪を授け、さらに護衛まで付けていた。そして今回、それが奏効したと……」
「はい。ですので、目撃者というのは護衛についていた者たち、というわけです」
「ハハハ、これ以上ない証人ということか……」
梓宸は乾いた笑い声を上げ、宰相は説明を終えた。
刑部尚書が手を上げると、配下たちが赦鶯を取り囲む。工部尚書にまで上り詰めた男が、刑部へ連行されようとしていた。
「そ、その女が本当に豊穣の巫女なのか、証拠を見せてくれ! 面紗を被り顔を隠している以上、誰かが成り済ましているかもしれないだろう!!」
赦鶯が立ち上がり、口角泡を飛ばす。
往生際が悪いとは、まさにこのこと。しかし、赦鶯の言い分も決して間違いではないと峰風は気付く。
もし欣怡が巫女でなければ、彼らの罪は軽くなる。巫女を詐称したとして、欣怡を訴えることもできるのだ。
「私は、月鈴国の知人から話を聞いたことがあるぞ。豊穣の巫女たちは皆『銀髪・紫目』の容姿で、左手の甲に痣があると!」
高官たちの視線が欣怡へ集中する。これは非常にまずい状況だ。
もし欣怡が子墨だった場合、巫女と認めてもらえない可能性が高くなった。
あの方の紹介状を持ち、豊穣神の化身と呼ばれるにふさわしい植物の知識と目利きの腕。見事な舞を披露した子墨が偽物のはずがないと峰風は確信している。
しかし、人は見た目に左右されやすい。
痣がなく、自分たちと同じ『黒髪・黒目』の巫女では説得力に欠ける。
大丈夫だろうか。峰風は、ハラハラしながらただ成り行きを見守ることしかできない。
欣怡はすくっと立ち上がると、周囲へ見えるように左手の甲を掲げた。
「おお!」と高官から歓声が上がる。
そこには、はっきりと麦の穂の痣があった。先日、峰風が確認したときには無かったもの。
(どういうことだ? 問われることを見越して、痣を描いた?)
「フン! 痣などいくらでも偽装できる。やましいことがなければ、顔も見せてもらおうか」
赦鶯は、あくまで強気の姿勢を崩さない。面紗を外せとまで要求する。
しかし、顔を見せれば、見目が違うと発覚してしまう。
そのとき、欣怡が動く。つかつかと赦鶯の傍まで歩み寄った。
一体、何をする気なのか。
峰風は止めに入りたい衝動を必死に抑えた。
「欣怡様!?」
普段は落ち着き払っている父でさえ、動揺で声が裏返っている。
刑部が取り囲んでいるとはいえ、逆上した赦鶯が何を仕出かすかわからない。
宰相が御簾の奥へ合図すると、浩然が素早く出てくる。欣怡の前に壁のように立ちはだかった。
「欣怡様、恐れ入りますがこれ以上は容認できません」
「ごめんなさい。まったく反省のない態度に腹が立ってしまって……」
端午節のときと同じ、低く落ち着いた声。
子墨の声に似ているような気もするし、まったく違うような気もする。
欣怡は、浩然越しに赦鶯へ顔を向けた。
「あなた方が起こした騒動で彼がどれほど怖い思いをしたか、想像したこともないのでしょう。見知らぬ男たちから追い回され、雨の中を必死で逃げ回ったのですよ」
峰風は、突然泣き出した子墨の姿を思い出す。それでも、彼は自分のことよりも峰風の無事を喜んでいた。
欣怡が次に顔を向けたのは、高官たちだった。
「相手が宦官だから、平民だから、何をしてもよいわけはありません。それが理解できぬ者に、人の上に立つ資格はございません」
きっぱりと言い切った欣怡は、面紗を取り払う。
布の下から現れたのは、銀髪・紫目の可憐な女性だった。
「これで、ご納得いただけましたか?」
蛇に睨まれた蛙のように、赦鶯がへなへなと座り込み静かになった。
梓宸が「ほう……」と感嘆のため息をもらす。
紫水晶のような瞳を真っすぐ赦鶯へ向ける欣怡を、峰風は瞬きもせずに見つめていた。
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