45 / 81
第三章 転機
45. 評議(上)
しおりを挟む今朝、通達された臨時招集命令に、高位官吏たちは何事かとコソコソ話し合っている。
梓宸の後ろに控えている峰風は、そんな周囲の様子を眺めていた。
この評議は、梓宸でさえも事前に知らされていなかったようだ。
しかし、聡明な主はすぐに議題に思い当たったらしい。それは、峰風も同じだった。
本来であれば、峰風も他の高官たちと同じあちら側にいるはずの立場。このような重鎮たちが並ぶ側にいて良いはずがない。
間違いなく、先日の子墨拉致未遂の件で証言を求められるのだろう。
しばらくして皇帝が登場。そして、評議が始まった。
「本日、皆さまにお集まりいただきましたのは、先日桑園内で発生しました事案についてご報告をさせていただくためでございます」
担当者が朗々と議題を読み上げ、次いで、刑部侍郎が事件のあらましを話し始める。
妃嬪付き宦官の拉致未遂の話に、「(妃嬪付きとはいえ)たかが宦官が拉致されそうになった件が、わざわざ臨時招集してまで報告すべきことなのか?」と参列者から刑部へ疑問の声が上がった。
(『たかが宦官』か……)
苦々しい思いを、峰風は呑みこむ。
その者の出自にかかわらず、有能な者は重用する。峰風や梓宸が一貫している姿勢だ。
しかし、外廷に出仕している官吏・官女の中には、宦官や平民出身の官を見下す者が少なからずいる。
声を上げた高官も、その一人なのだろう。
「実行犯はすぐに捕らえられ、取り調べの結果、工部に所属する者たちと判明しております」
ざわっと、どよめきが起こった。「どうして、工部の者が?」「なぜ、そのようなことを?」皆が首をかしげる。
高官たちからの視線を受け、工部尚書の赦鶯がおもむろに口を開いた。
「今回の件につきましては、私も寝耳に水の話で驚いているところでございます。ですが……」
赦鶯は、一度言葉を区切る。
「その宦官は、本当に被害者なのでしょうか?」
その口調には、自信がありありと見えた。
「赦鶯殿、それはどういう意味ですかな?」
刑部侍郎に代わり問いかけたのは、刑部尚書だった。恰幅のよい赦鶯とは対照的な細身の男性。
赦鶯の意見に不快感を示したわけではなく、冷静に発言の意図を尋ねている。
「その者が桑園から逃亡しようとし、それに気付いた配下たちが追いかけたのではないか?ということです。その行動が、結果的に宦官を拉致するように見えたのかもしれません」
そう来たか。峰風は顔をしかめる。
桑園で子墨がいなくなったときに、護衛官も同様のことを口にしていた。
「たしかに、容疑者たちはそのように供述しておりましたな。『自分たちは、宦官の逃亡を阻止しようとしただけだ』と」
刑部尚書は、淡々と事実を述べた。
「やはり、そうでしたか。そもそも、配下たちが宦官を拉致する理由がございません」
高官たちが、赦鶯の意見に同調していく。
まずい流れになってきたと、峰風はグッと拳を握りしめた。
「ですので、彼らは無実です。代わりにその宦官を捕らえ、事情聴取を──」
「その前に、当日その宦官と現場におられた胡峰風殿に状況をお尋ねしたい。よろしいですかな?」
結論を急ぐ赦鶯を制止し、刑部尚書はこちらへ顔を向ける。峰風は立ち上がった。
峰風としては、子墨の代わりに彼の無実を主張するだけだ。
妃嬪付き宦官を、助手として借り受けていること。
職務のために桑園へ行き、途中で別れたことを説明した。
「なぜ、途中で別れたのです? 一緒に農夫へ付いて行けばよろしかろうに」
「あの日は、朝から天候不順でした。雨具などは装備しておりましたが、万が一風邪をひかれては妃嬪の職務にも差し障りがあると判断いたしました」
「なるほど。この時期に風邪をうつされては困るということですな」
妃嬪の名が明かされていない以上、祭祀のことは言えない。
刑部尚書は事情を知っているようだ。峰風のざっくりとした説明にも合点がいったとばかりに頷いた。
「だから、その隙を突かれたのだろう。これ幸いと、逃亡をはかったのだ」
「彼はそんなことはしません! する理由もない!!」
横槍を入れてきた赦鶯へ、峰風は思わず反論する。
子墨へ濡れ衣を着せようとする赦鶯が許せなかった。
「理由がないと、どうして言い切れるのだ? 君が知らないだけで、妃嬪からひどい扱いを受けていたかもしれないだろう? 宮の中でのことなど、我々にはわかるまい」
「それは……」
峰風も、一時期は疑ったことがあった。
でも今は、絶対にそれはないと言い切れる。言い切れるだけの理由もある。
───ただ、口にできないだけで
21
お気に入りに追加
556
あなたにおすすめの小説
炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~
悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。
強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。
お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。
表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。
第6回キャラ文芸大賞応募作品です。
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる
雨野
恋愛
難病に罹り、15歳で人生を終えた私。
だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?
でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!
ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?
1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。
ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!
主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!
愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。
予告なく痛々しい、残酷な描写あり。
サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。
小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。
こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。
本編完結。番外編を順次公開していきます。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
上辺だけの王太子妃はもうたくさん!
ネコ
恋愛
侯爵令嬢ヴァネッサは、王太子から「外聞のためだけに隣にいろ」と言われ続け、婚約者でありながらただの体面担当にされる。周囲は別の令嬢との密会を知りつつ口を噤むばかり。そんな扱いに愛想を尽かしたヴァネッサは「それなら私も好きにさせていただきます」と王宮を去る。意外にも国王は彼女の価値を知っていて……?
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
すみません! 人違いでした!
緑谷めい
恋愛
俺はブロンディ公爵家の長男ルイゾン。20歳だ。
とある夜会でベルモン伯爵家のオリーヴという令嬢に一目惚れした俺は、自分の父親に頼み込んで我が公爵家からあちらの伯爵家に縁談を申し入れてもらい、無事に婚約が成立した。その後、俺は自分の言葉でオリーヴ嬢に愛を伝えようと、意気込んでベルモン伯爵家を訪れたのだが――
これは「すみません! 人違いでした!」と、言い出せなかった俺の恋愛話である。
※ 俺にとってはハッピーエンド! オリーヴにとってもハッピーエンドだと信じたい。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
とある令嬢が男装し第二王子がいる全寮制魔法学院へ転入する
春夏秋冬/光逆榮
恋愛
クリバンス王国内のフォークロス領主の娘アリス・フォークロスは、母親からとある理由で憧れである月の魔女が通っていた王都メルト魔法学院の転入を言い渡される。
しかし、その転入時には名前を偽り、さらには男装することが条件であった。
その理由は同じ学院に通う、第二王子ルーク・クリバンスの鼻を折り、将来王国を担う王としての自覚を持たせるためだった。
だがルーク王子の鼻を折る前に、無駄にイケメン揃いな個性的な寮生やクラスメイト達に囲まれた学院生活を送るはめになり、ハプニングの連続で正体がバレていないかドキドキの日々を過ごす。
そして目的であるルーク王子には、目向きもなれない最大のピンチが待っていた。
さて、アリスの運命はどうなるのか。
白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます
時岡継美
ファンタジー
初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。
侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。
しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?
他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。
誤字脱字報告ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる