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第三章 転機
44. その前に……
しおりを挟む凛月は胡家で三日間お世話になり、満月の前日に後宮へ戻った。
結局、宰相は一度も屋敷には戻らず、詳しい事情を訊くことはできなかった。
◇◇◇
峰風の母、春燕へ辞去の挨拶をすると、「いつでも当家へお迎えできる準備をしておきますわ」と峰風や使用人たちの前でにこやかに告げられる。
どういうことだろう?と凛月は一瞬戸惑う。そして、すぐに状況を理解した。
『商家の娘、凛風』は、峰風の許嫁候補の一人(という設定)なのだと。
(これは、非公式なお見合い(設定)だったんだ……)
胡家が突然若い娘を屋敷に滞在させても怪しまれないように、女が苦手の峰風が初対面の凛風と親しく話をしてもおかしくないように、いろいろと考えてくれたのだろう。
では、ここはどう返答すればいいのか。
「峰風様といろいろなお話をさせていただき、その優しいお人柄に触れることができました。ご縁がございましたら、よろしくお願いします」
どんなに裕福な商家でも、家格は胡家のほうが遥かに上だ。
ならば、『自分は峰風に好意を持った。彼から選ばれたら嬉しい』と返しておくのが正解だろう。
選択権は峰風にある。凛風にはない。
ここを強調しておいた。
「まあ、ではこれから頑張らなければならないわね、峰風?」
「ハハハ……母上は、何を仰っているのやら」
(うん?)
なぜ、選ぶ側の峰風が頑張ることになるのか、凛月にはよくわからない。
峰風は苦笑している。
これは、使用人の前での演技なのだ。
凛月はそう結論付けた。
使用人に扮した浩然が迎えにきて、凛月は胡家を後にする。
宮殿へ向かう途中に立ち寄った家で官服に着替え、髪を宦官用に整えてもらう。
所々が破れていた官服は、新しいものになっていた。
◇
「凛月様! ご無事で何よりでございました!!」
宮に入るなり、瑾萱が抱きついてきた。目が赤く体が震えている。
かなり心配をかけたのだと、改めて知る。
「心配をかけて、ごめんなさい」
凛月も瑾萱を抱きしめ返す。
二人の年齢は同じだが凛月のほうが小柄なため、関係を知らない者が見たならば、姉が弟を抱きしめているように見えるだろう。
普段なら瑾萱の言動に苦言を呈する浩然も、今だけは何も言わず見守っている。
「凛月様のせいではありません。悪いのは、全部あの方たちです!」
瑾萱は犯人たちが何者なのか知っている様子。
凛月が尋ねたら「旦那様から、説明があると聞いております」とだけ言われた。
翠も元気がない。
大丈夫だよと声をかけたら、棘が揺れたように見えた。
その日の午後、凛月は明日に備えて奉納舞をきっちり通しで稽古した。その後、浩然に連れられ宰相へ会いに行く。
執務室にいた宰相は、子墨の姿に安堵の表情を見せた。
「ご心配をおかけして、申し訳ございませんでした」
「謝らねばならないのは、私共のほうです。まさか子墨が狙われるとは、想定外でした」
宰相によると、犯人たちの計画は、子墨が逃亡したと見せかけるために拉致・監禁をしたうえで後日解放するというもの。
すべては、保証人である梓宸へ罪を着せるためだった。
「念のため、護衛を付けておいて幸いでした」
「では、桑園に浩然がいたのも……」
子墨は、後ろに控える浩然へ視線を送る。
「もちろん、彼もあなたの護衛の一人ですから」
知らなかっただけで、凛月は外でもずっと守られていたのだ。
有り難い気遣いに、涙が出そうになる。
「今回の件はすべて解決いたしましたので、もうご心配には及びません。では次に、明日の話をさせていただきます」
「たしか、奉納舞の立会い人を増やしたいというお話でしたよね?」
欣怡が端午節で舞を披露したことで、祭祀への参列希望が殺到しているとのことだった。
ある程度不満を解消するために何名かを参列させたいと、宰相の書簡には書いてあった。
「実は、少々事情が変わりまして……奉納舞の前に、欣怡妃を巫女様としてお披露目をさせていただくことになりました」
「お披露目ですか?」
何とも急な話だった。
「いつまでも面紗で顔を隠したままでいるのも大変でございますし、変化の理由も判明しましたのでお顔を出していただこうかと」
宰相いわく、巫女であると周囲に納得してもらうためには『銀髪・紫目』の姿を見てもらうのが一番説得力があるとのこと。
華霞国は黒髪・黒目の国民がほとんど。だからこそ、他国民の子墨も目立たず周囲に溶け込むことができた。
それとは逆で、巫女として認めてもらうために周囲とは異なる姿を見せるというわけだ。
「浩然からは、巫女のお姿と子墨は同一人物には見られないと報告を受けておりますゆえ、問題はないと考えております」
巫女のときの姿を知っているのは、瑾萱と浩然だけ。その浩然が言うのだから、間違いないのだろう。
凛月としては、これからも助手の仕事が続けられるのであれば、それでいい。
「わかりました。すべて、お任せいたします」
凛月は、巫女としての務めを粛々と果たすのみ。
それが、子墨として存在し続けることにつながるのだから。
◇◇◇
翌日、凛月は外廷にある正殿の中にいた。
御簾の奥に控えているため外の様子は薄っすらとしか見えないが、高官たちがずらりと並んでいる姿が確認できる。
これから、巫女として彼らの前に出る。
ここから姿は確認できないが、峰風や梓宸もいる。
子墨と見目は違うし、化粧もしている。だから大丈夫だと、何度も自分に言い聞かせた。
「欣怡様、なんだか緊張してきました」
「なぜ、おまえが緊張するんだ? 表に出るわけでもないのに」
「私は、浩然と違って外廷に来ることなんてないもの(!)」
こんな場所でも、二人のいつもの言い合いは変わらない。
クスッと笑ったら、強張っていた肩の力がスッと抜けた。
「あっ、欣怡様は普段の柔らかい表情に戻りましたね」
「私は、そんなに硬い表情をしていた?」
「はい。こちらまで張りつめた空気が伝わってくるようでございました」
すべて、しっかり見通されていたらしい。
凛月は、この二人には絶対に隠し事はできない。
「欣怡様のお披露目は、まだ先でございます。その前に、評議がございますので」
「評議?」
昨日、宰相からそんな話は聞いていなかった。
おそらく、急に決まった予定なのだろう。
「では、せっかくだから見学させてもらいましょう」
高官たちが集う会合など、平民では見る機会はまったくない。
凛月は御簾越しに、高みの見物を決め込むことにした。
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