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第三章 転機
38. 行方知れず
しおりを挟む「子墨が、戻ってきていないだと!」
全身びしょ濡れになりながら、峰風が馬車に戻ってきた。雨具があっても、この激しい雨にはあまり効果がなかった。
農夫は木の場所がうろ覚えだったようで、あちこち移動させられ、それだけでかなり時間もかかった。
雨が降り出し、結局該当の木が見つからぬまま戻ってきた。
やはり子墨を先に帰して正解だったと安堵していたら、御者から聞かされたのは寝耳に水の話。
「一緒に、お戻りになられるとばかり……」
御者も困惑している。
「峰風殿、もしや……逃亡したのでは?」
「いや、それは絶対にない」
護衛官の問いかけを、峰風は即否定する。
年季明け前の逃亡は、重罪だ。捕まれば、重い刑罰が待っている。
これまでにも、逃亡する者は少なからずいた。そのほとんどは、家族や知人に関係した理由だった。
親の死に目に立ち会うため。残してきた想い人に会うため…など。
しかし、子墨にそのような者はいない。
華霞国に来てすぐに後宮の宦官になった彼には、友人も知人もいないのだ。
唯一、この国に一緒に来た商会の店主はいたが、彼は大市場が終わると帰国している。
(迷子になった? いや、それはない。となれば、誰かに拐かされたと考えるのが自然だが……)
峰風は、どうにも釈然としない。
ここは、国が管理している桑園だ。
大切な桑の木を守るため、衛兵が常に周囲を巡回している。
そんな場所にわざわざ人身売買組織の者が入り込み、たまたま一人でいた子墨を誘拐したとは考えづらい。
(最初から、子墨を狙っていた?)
「この近辺に、衛兵たちがいるはずだ。彼らの協力を仰ぎ──」
「失礼ですが、胡峰風殿でしょうか?」
その若い男性は、三人の目の前にいきなり現れた。竹笠を被り、身に纏っている雨具の下からは官服が見える。
彼が声をかけてくるまで、峰風はおろか護衛官ですら存在を認識していなかった。
「そうですが、あなたは?」
「私は、こういう者です」
雨具の下から見せたのは、帯に付けた佩玉。
色と形で、峰風は所属先を認識する。
先日、毒草の密輸の件で呼び出しを受けた部署、刑部だ。
「恐れ入りますが、護衛官殿は御者と一緒に宮殿へ。峰風殿は、すぐに屋敷へお戻りください」
「しかし、私の助手が……」
「助手殿は保護しておりますので、ご安心ください。では、急いでご移動を」
男性の言葉には、有無を言わせぬ凄みがあった。
何があったのか? 子墨はどこにいるのか? 尋ねたいことはたくさんあったが、峰風は口を閉じた。
都の一等地にある胡家の屋敷に着いたのは、夕刻近く。
出迎えたのは、胡家に長年にわたって仕える使用人。瑾萱の父親、吴然だった。
「おかえりなさいませ。準備は整っておりますので、まずは湯浴みを。それが終わられましたら、奥様が部屋まで来ていただきたいと」
「母上が?」
子墨の居場所は気になるが、こんな姿のままでは何もできない。
峰風はさっと湯浴みを終えると、着替えを済ませる。
暖かい季節になってきたとはいえ、体はかなり冷え切っていたようだ。
吴然が淹れてくれた温かいお茶を飲み、ホッと息をついた。
◇
「母上、お呼びでしょうか?」
「どうぞ、お入りなさい」
私室にいた母の春燕は、峰風の顔を見てにこりと笑った。
「今日は荒天で、大変な一日だったわね?」
「はい、危うく風邪をひくところでした。それで、ご用件は何でしょう? 申し訳ありませんが、私はこれから急ぎ宮廷へ戻らねばなりません」
「それは、あなたの助手の居所を探るため、かしら?」
峰風は目を見張る。なぜ、母がそのことを知っているのだろうか。
気にはなったが、今は子墨の件を優先させる。
「梓宸殿下ならば、何かご存じかもしれませんので」
梓宸は子墨の保証人だ。きっと、彼のもとには情報が届いているに違いない。
保護されているとは聞いたが、直接会って無事を確かめたかった。
「その必要はありません」
「ですが、子墨は妃嬪からお借りしている大事な従者です! 私が責任を持っ──」
「ええ、わかっていますよ。ですから、我が家で保護しております」
「えっ?」
「お茶の用意をさせていますから、二人で休憩なさい」
春燕は、うふふと妖艶に笑う。
峰風は、母の顔を二度見した。
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