【完結】国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く

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第二章 巫女と宦官

29. 【幕間】第一皇子の密かな企み

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「そうだわ! 今から欣怡妃に皆の前で舞ってもらいましょう」

 罠にかかった……梓宸は、ほくそ笑む。
 目的を果たすためにわざと麗孝を貶め煽ると、獲物は面白いように食いついてきた。
 傲慢なこの女の鼻をへし折るための、最高の舞台が整った。
 あとは欣怡に実力差を見せつけてもらえば、母子共々当分はおとなしくなる。
 梓宸は舞が始まるのを、今か今かと心待ちにしていた。


 ◇


 欣怡の剣舞は、奉納舞に勝るとも劣らない素晴らしいものだった。
 剣(扇)捌き。体のキレ。躍動感。どれをとっても、見事の一言に尽きる。
 奉納舞を『静』と表現するならば、こちらは『動』と言うべき全く正反対のもの。
 最初は好奇のまなざしで見ていた者たちも、あっという間に欣怡の舞の虜になった。
 
 非の打ち所がなく、文句のつけようもない素晴らしい剣舞。
 舞が終わったあと、雹華の顔は屈辱に満ちていた。
 あの顔が見られただけで、これまでの溜飲が下がる。
 もう二度と「祭祀で舞を舞わせろ」などという身の程知らずな発言はしないだろう。梓宸は黒い笑みを浮かべた。
 もしかしたら、人前で舞うのも辞めてしまうのではないか。
 そう思わせるほどの歴然たる実力差を、目の前で見せつけられたのだから。

 梓宸は今回の結果に十分満足したが、さらに驚きの結末が待っていた。
 欣怡が、皇帝へ「端午節なのに、粽を食べ損ねましたので(貴妃を何とかしてほしい)」と言ったのだ。
 話の流れから考えると、欣怡は本当に粽を欲しているだけのようだった。しかし、別の意味に捉えた者も多い。
 皇帝は周囲の誤解を利用して、ようやく重い腰を上げることにしたようだ。
 傲慢で横暴さが日に日に目に余る雹華へ、何らかの処分が下るだろうと梓宸は予想している。
 
 見事な舞で皆の心を鷲掴みにした欣怡。
 雹華からひどい言葉を投げつけられてもじっと耐えていた健気な欣怡を擁護する者は、これからどんどん増えてくる。
 これまで貴妃寄りだった官吏や妃嬪たちも、潮目を読み次第に離れていくのは時間の問題だった。

「フフッ、もう少しで(あの女は)終わる」

「もう少しで、終わる?」

「いや、こちらの話だ」

 端午節のあと、梓宸は峰風の執務室にいた。

「それより、おまえの可愛い助手はずっと休んでいるのか?」

「祭祀の日からだから、もう数日になるか。今日も姿を探したが、いなかったな」

「ハハハ、そんなに心配であれば、容体を尋ねればよかっただろう?」

「簡単に言うな。一介の官吏が、妃嬪に声をかけられるわけがない」

「うん? なぜ、侍女を通さない? あの者なら、おまえも普通に話ができるはずだが?」

「それは……」

 峰風は口ごもる。
 瑾萱へ話をするなど、最初から考えてもいなかったように見える。
 
(その反応……なるほど、そういうことか)

 腹の底から湧き上がる歓喜を、梓宸は何食わぬ顔で抑え込む。
 峰風の微細な変化を、友人として心から嬉しく思った。
 
 雹華を懲らしめるために、欣怡に舞を舞ってもらうのは梓宸の計画のかなめだった。 
 ついでに、奉納舞を気に入った様子の峰風にもっと近い場所で見せてやろうと、わざわざ呼びつけ後ろに控えさせた。
 それがこのような結果に繋がるとは、嬉しい誤算だ。

 もう一押しで雹華は失脚する。いや、梓宸が失脚させる。
 そうなれば、欣怡を正式に国の巫女として迎える日も近い。
 大事な巫女を守るための形だけの後宮妃だったと周知されれば、欣怡へ求婚が殺到するのは目に見えている。
 後宮妃は功を立てた臣下へ下賜されるのが慣例だが、欣怡はあてはまらない。
 おそらく見合いの形式を取るはず。つまり、欣怡に選ばれたものが夫となれるのだ。

(さて、どうやって後押しするか)

 あからさまに背中を押すと、峰風には逆効果となる可能性が高い。
 それとなく、本人が気付かない自然な感じで欣怡と少しずつでも接点を持たせたい。

「何か、良からぬことを考えているだろう?」

「何の話だ?」

 峰風の問いかけに、梓宸は素知らぬ顔でとぼけた。

「端午節のときも、おまえはその顔をしていたぞ。何をするのかと思っていたら、まさか貴妃をな……」

「私は欣怡妃を庇っただけで、他に何もしていない。あの女が勝手に自滅したのだ。このまま失脚してくれれば、なお良いが」

「敵に対しては、本当に容赦がないな」

「おまえだって、あの女には思うところが多々あっただろう?」

「まあ……来年の端午節は、静かに燕子花が鑑賞できそうで有り難いとは思ったかもしれん」

「ハハハ! 相変わらず素直じゃないな」

 梓宸は席を立つと、峰風の執務室を後にした。
 夕刻になり、空には半月が昇り始めている。
 
 端午節が終わったあと、礼部へ祭祀に関する問い合わせが引っ切り無しにあったと聞く。
 すべて、欣怡が舞を舞う祭祀への参列希望だったとのこと。
 奉納舞には、礼部の中でもごく一部の官吏しか関与していなかった。
 さらに、立ち会ったのが礼部尚書と皇帝の名代である第一皇子だけと知り、麗孝が「なぜ、兄上だけが!」と荒れているとか。
 峰風もいたことを伏せたのは、礼部尚書の賢明な判断だった。
 梓宸が無理やり誘った手前、峰風に害が及んでは申し訳ない。

 麗孝がまた何かけしかけてくるかもしれないが、どうでもいいことだ。
 いつものように、適当にあしらえばいい。
 それより、来月の奉納舞が極秘に行えるのか、梓宸は懸念を抱いていた。

(まあ、この先は皇帝陛下と宰相が考えることか)

 梓宸の裏の職務は、皇后亡き後に乱れた後宮の秩序を元に戻すことだ。
 自ら表立って行動することはないが、周囲から情報を集め、裏を取り、皇帝への俎上そじょうに載せる。そこに、私情を挟むことは一切ない。
 報告を聞き、最終的な判断を下すのは皇帝だ。
 枇杷の一件も、以前から素行に問題があった妃嬪を後宮から追い出す良いきっかけとなる。
 雹華に取り入り、貴妃の後ろ盾があると好き放題していた手駒の一人を片付けることができた。
 そして今回は、大本命の雹華へ多少なりとも罰を与えることも。
  
 梓宸は、欣怡のことも属国の間者ではないかと疑っていた。
 欣怡の素性は巧妙に隠されており、通常ならば非常に疑わしい人物。
 皇帝や宰相が安易に後宮へ受け入れたこと自体が信じられなかった。
 そんなとき、皇帝の名代として祭祀に立ち会うことになる。それが、欣怡の奉納舞だった。
 皇帝が梓宸を立会い人に指名したのは、欣怡を探れという意図だったのか、はたまた、梓宸の持つ疑念を晴らすためだったのか。
 今も謎のままだ。

 まだ、欣怡を全面的に信用したわけではない。
 峰風に相応しい相手かどうか、これからも動向を注意深く観察する必要があるとも思っている。
 そして、もう一人。梓宸には気になる人物がいた。

(子墨とは、一体何者なのか……)

 峰風によると、月鈴国から職を求めてこの国にやってきたという。
 紹介者は信用の置ける人物で、宰相も峰風もそれは認めている。名は明かしてもらえなかった。
 植物に関する知識があり、そこを見込んだ峰風によって助手に抜擢された少年宦官。
 
 女性のような丸みを帯びた体つきに高い声は、幼い頃に宦官となる手術を受けた者によく見られる特徴だ。しかし、梓宸には少女にしか見えなかった。
 女官が、峰風に近づくために宦官に扮しているのかと疑ったくらいだ。
 それとなく子墨を観察してみたが、峰風に向けるまなざしに邪な感情をはらんだものは一切ない。
 純粋に、尊敬と親しみのみ。
 皇子である自分に対する峰風の言動にハラハラし心配している様子がわかりやすく、笑いをこらえるのが大変だった。
 
 梓宸は、子墨と欣怡の関係も気になっていた。
 二人は、ほぼ同時期に後宮入りしている。
 子墨に峰風の助手になる話が持ち上がった途端、突如、欣怡妃付きに決まった。
 峰風はよくある妃嬪の我が儘だと苦笑していたが、梓宸はなんらかの意図を感じている。

(欣怡妃が元巫女だとすれば、二人は以前からの知り合いの可能性もある)

 元巫女と宦官の接点といえば、宮廷しかない。
 同じ月鈴国の出自ならば、面識があるのは間違いないだろう。
 そして、月鈴国の宮殿には宰相の縁者がいる。おのずと、秘された紹介者が見えてきた。

「一度、本人に直接尋ねてみるのも悪くはないな」

 表情に出やすい少年宦官は、自分の直球の質問にどう返答を寄こすのだろうか。
 クスッと意味ありげに笑う梓宸の顔は、好奇心で満ち溢れていた。

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