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第二章 巫女と宦官
23. 戻らぬ姿
しおりを挟む「端午節……もう、そんな季節なんだ」
「はい。厄除けの行事なのですが、この国では庭園の白菖や燕子花を鑑賞する会でもあります。それに、昼餉も出ます」
瑾萱の説明に、凜月は記憶をたどる。
「月鈴国では、毎年粽を食べていたわ。でも、時期はもっと早かったし、花を鑑賞することもなかった」
「華霞国でも粽は食べますよ。でも、端午節の開催時期は毎年変わります。燕子花の開花に合わせていますので」
「燕子花を愛でながらの食事とは……風情があるのね」
凛月が華霞国へ来てから、もうすぐひと月になる。
欣怡は奉納舞の儀式は行ったが、表立っての活動は何もしていない状態だ。
こういった行事の支度は、正四品である『美人』たちの職務とのこと。
「私も、他の美人と一緒にやらなければいけないのよね?」
「凛月様は奉納舞の務めを果たしていらっしゃいますので、それはありません。ただ、妃嬪として行事に参列する義務がございます」
これまでお茶会などは断ってきたが、さすがにこれは逃れられないようだ。
「面紗を被るのは、問題ないの?」
「欣怡妃の国では『夫以外の者に、顔を見せてはならない掟がある』とか何とか……おそらく、旦那様が上手い言い訳を考えられるでしょう!」
「ははは……結局、いつものように宰相様任せになってしまうのよね」
端午節には、妃嬪たちだけでなく皇帝や皇子、高位官吏たちも列席するとのこと。
美しい花が鑑賞でき食事も出るため、凛月としても参加すること自体は楽しみである。
しかし……
「今日で、三日目か」
祭祀以降、子墨は助手の仕事をずっと休んでいる。
表向きは体調不良となっているが、本当の理由は、凛月の姿が元に戻らないから。
巫女としての務めをひとまず終え、これから峰風の下で樹医の勉強に励もうと張り切っていたのに、出端を挫かれてしまった。
このままでは、助手を首になってしまう。
子墨、最大の危機だ。
「姿が戻らないのは、本当に困るわ」
「凛月様、髪を染めるのはいかがでしょうか? 何かよい染料がないか、私が探して参ります」
浩然の提案は、凛月も一度は考えたことだ。
黒から銀髪は難しいが、逆ならできないこともない。
「髪はそれでよくても、目の色だけはどうしようもないのよね」
以前は真っ黒だった瞳が、今は紫色になっている。
こればかりは、ごまかしようがない。
結局、何の解決法も見つからないまま、姿も戻らないまま、『端午節』の当日を迎えた。
◇◇◇
(これは、圧巻の光景だ)
池のほとりに設営された『美人』用の席に座る凛月は、見頃を迎えている燕子花ではなく華やかな衣装を身に纏った妃嬪たちを面紗越しに眺めていた。
今日は、正五品までが参列している。
九名いる美人の中では末席に座る凛月の隣には、正五品の『才人』たちが続く。
凛月からは離れた上座に皇帝がおり、その両隣には第一・第二皇子の姿が。他の皇子・公主は成人前のため、今日は招かれていないとのこと。
初めて目にする皇帝は稀にみる美丈夫で、遠くからでも圧倒的な存在感を放っている。
第二皇子の麗孝は、第一皇子の梓宸に負けず劣らず見目は良かった。
兄弟の顔を見比べてみると、梓宸のほうが皇帝によく似ていることがわかる。
先日の枇杷の一件もあり、峰風へ無理難題を吹っ掛けた麗孝に対して、凛月はあまりよい感情を持っていない。
その被害者である峰風の姿を探したが、同じ官服を着た者が大勢おり見つけられなかった。
第一皇子に続く皇帝に近い最前列は、国の重鎮たちの席。
面識のある宰相と礼部尚書だけはわかった。
第二皇子の次は、正一品と呼ばれる『貴妃、淑妃、徳妃、賢妃』ら四夫人の席。
麗孝の生母である貴妃が、すぐ隣に座っている。
その後に、正二品、正三品と続く。
本来であれば、皇帝の隣には皇后(梓宸の生母)が座る。しかし、亡くなっているため現在は空席のまま。
四夫人がその座を巡り争っていると、凛月は瑾萱から聞いた。
「孔雀が羽を広げるように、衣装と装飾品で飾り立て皇帝陛下へ訴えかけるんですよ!」だそうだ。
話を聞いたときは思わず想像してしまい、盛大に吹き出してしまった凛月だった。
他の妃嬪たちは、正一品と衣装の色が被らないよう尚服が用意した物を粛々と着ている。
ちなみに、欣怡妃用に用意されたのは薄紫色の地味なもの。
池に咲き誇る燕子花の紫に負け、周囲に埋没し、ほとんど目立たない。
瑾萱は「絶対に、他の妃嬪様たちからの嫌がらせですよ」と苦笑していたが、別に目立つ必要のない凛月は喜んで着ている。
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