【完結】国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く

gari

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第二章 巫女と宦官

14. 貴人

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 助手としての最初の仕事は、書物を読み知識を増やすことだった。
 
 峰風と秀英が報告書の作成に追われているなか、連日、子墨は書物を読んでいる。
 それは、装丁に見たこともない装飾が施されている異国のもの。植物の絵が写実的に描かれている図鑑だった。
 どう見ても、平民が気軽に触ってよい代物ではない。
 手に取ることを躊躇した子墨に、峰風は「読んで知識を深めることも、助手の仕事の一つだ」と言った。仕事だと強制することで、子墨が読みやすい状況を作ってくれたのだ。
 
 峰風の気遣いに感謝し、絵を見ながら横に添えられた翻訳文を確認していく。
 見たことも聞いたこともないような植物が、次から次へとたくさん出てくる。子墨はすぐに夢中になった。
 今日も時間を忘れ読書に没入していると、外から足音が。扉へ視線を向けると、護衛官を二人伴った人物が入ってきた。
 
 官服ではない仕立ての良い豪奢な衣装を身に纏った、見目の良い若い男性。
 誰だろう?と子墨が見つめていると、峰風と秀英が立ち上がりすぐさま揖礼ゆうれいする。
 高位の人物と知り、子墨も慌ててそれにならう。

「堅苦しい挨拶はいらぬ。それより、峰風に頼みがある」

梓宸ズーチェン殿下、先触れもなしに何事でございますか?」

(皇子殿下!?)

 男性は貴人だった。
 峰風のやや非難めいた言葉と態度に、子墨はさらに驚き固まる。

「そんな、嫌そうな顔をするな」

「こちらにも、都合というものがございます。ご用件がありましたら先触れを出していただきたいと、何度も申し──」

「その言葉遣いもやめろ。私とおまえの仲だろう」

 梓宸は空いている椅子に勝手に腰を下ろす。さらに、全員に座れと命じた。
 峰風と秀英はそれぞれの席に。子墨は、先ほどとは違う梓宸からはなるべく離れた端の席に座った。

「ハア…せっかく俺が取り繕っているのに。それで、用件はなんだ? 忙しいから手短に頼む」

 先ほどの敬う姿勢から一変、皇子に対してなんとも不遜な物言い。
 不敬罪になるのでは? ハラハラドキドキしている子墨をよそに、峰風と秀英はいつの間にか仕事を再開している。
 まるで、皇子など存在していないような雰囲気だ。
 しかし、梓宸はそんな周囲の様子を気にすることはない。

「こんな風に話ができるのはおまえしかいないのだから、私の前ではいつでもそういう態度でいろ。いいな?」

「それは、この部屋の中と、他の者がいないときだけだ。それより、早く用件を言え」

 もはや、峰風は向き合っている書類から顔も上げず、筆を走らせる手も止めない。

「後宮の果樹園へ行き、妃嬪用に一番美味しい枇杷ビワを採ってきてくれ」

「なぜ、そんな仕事が俺に回ってくる? 尚食局の仕事だろう?」

「尚食局が何度も宮へ枇杷を届けているが、味に納得しないらしい。それで、妃嬪のわがままに困り果てた尚食が私に泣きついてきた、ことになっている」

「……違うのか?」

「どうやら、麗孝リキョウが焚き付けたらしい」

 ここで、ようやく峰風は手を止め梓宸のほうを向く。

「ある妃嬪が、美味しい枇杷が食べたいと騒いでいるのは本当のことだ。それを聞きつけた麗孝が『第一皇子殿下の覚えめでたい樹医様にお願いをすれば、さぞかし美味しい枇杷を選んでくださるだろう』と」

「俺は、ただの樹木の医者だぞ」

「先日の薔薇の件で皇帝陛下よりお言葉をいただいたことが、相当気に食わなかったようだ」

「兄弟喧嘩に、俺を巻き込むな」

(兄弟ということは……麗孝様も皇子殿下?)

 凜月は後宮には入っているが、皇帝をはじめ皇族と顔を合わせたことは一度もない。
 皇子たちの名も、誰一人として知らない。
 二人の会話の内容から、梓宸が第一皇子であることを初めて知った。

「私としても、いちいち麗孝の相手をするのは面倒だが、峰風が軽んじられるとなれば話は別だ。だから、頼んだぞ」

「美味しい枇杷の見分け方など、俺は知らん」

「それでも、おまえはできる男だ。毒草を回収してきたようにな」

 梓宸はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。「手続きは終えているから、すぐに後宮へ向かえ」と言い残し、颯爽と帰っていった。


 
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