14 / 81
第二章 巫女と宦官
14. 貴人
しおりを挟む助手としての最初の仕事は、書物を読み知識を増やすことだった。
峰風と秀英が報告書の作成に追われているなか、連日、子墨は書物を読んでいる。
それは、装丁に見たこともない装飾が施されている異国のもの。植物の絵が写実的に描かれている図鑑だった。
どう見ても、平民が気軽に触ってよい代物ではない。
手に取ることを躊躇した子墨に、峰風は「読んで知識を深めることも、助手の仕事の一つだ」と言った。仕事だと強制することで、子墨が読みやすい状況を作ってくれたのだ。
峰風の気遣いに感謝し、絵を見ながら横に添えられた翻訳文を確認していく。
見たことも聞いたこともないような植物が、次から次へとたくさん出てくる。子墨はすぐに夢中になった。
今日も時間を忘れ読書に没入していると、外から足音が。扉へ視線を向けると、護衛官を二人伴った人物が入ってきた。
官服ではない仕立ての良い豪奢な衣装を身に纏った、見目の良い若い男性。
誰だろう?と子墨が見つめていると、峰風と秀英が立ち上がりすぐさま揖礼する。
高位の人物と知り、子墨も慌ててそれに倣う。
「堅苦しい挨拶はいらぬ。それより、峰風に頼みがある」
「梓宸殿下、先触れもなしに何事でございますか?」
(皇子殿下!?)
男性は貴人だった。
峰風のやや非難めいた言葉と態度に、子墨はさらに驚き固まる。
「そんな、嫌そうな顔をするな」
「こちらにも、都合というものがございます。ご用件がありましたら先触れを出していただきたいと、何度も申し──」
「その言葉遣いもやめろ。私とおまえの仲だろう」
梓宸は空いている椅子に勝手に腰を下ろす。さらに、全員に座れと命じた。
峰風と秀英はそれぞれの席に。子墨は、先ほどとは違う梓宸からはなるべく離れた端の席に座った。
「ハア…せっかく俺が取り繕っているのに。それで、用件はなんだ? 忙しいから手短に頼む」
先ほどの敬う姿勢から一変、皇子に対してなんとも不遜な物言い。
不敬罪になるのでは? ハラハラドキドキしている子墨をよそに、峰風と秀英はいつの間にか仕事を再開している。
まるで、皇子など存在していないような雰囲気だ。
しかし、梓宸はそんな周囲の様子を気にすることはない。
「こんな風に話ができるのはおまえしかいないのだから、私の前ではいつでもそういう態度でいろ。いいな?」
「それは、この部屋の中と、他の者がいないときだけだ。それより、早く用件を言え」
もはや、峰風は向き合っている書類から顔も上げず、筆を走らせる手も止めない。
「後宮の果樹園へ行き、妃嬪用に一番美味しい枇杷を採ってきてくれ」
「なぜ、そんな仕事が俺に回ってくる? 尚食局の仕事だろう?」
「尚食局が何度も宮へ枇杷を届けているが、味に納得しないらしい。それで、妃嬪のわがままに困り果てた尚食が私に泣きついてきた、ことになっている」
「……違うのか?」
「どうやら、麗孝が焚き付けたらしい」
ここで、ようやく峰風は手を止め梓宸のほうを向く。
「ある妃嬪が、美味しい枇杷が食べたいと騒いでいるのは本当のことだ。それを聞きつけた麗孝が『第一皇子殿下の覚えめでたい樹医様にお願いをすれば、さぞかし美味しい枇杷を選んでくださるだろう』と」
「俺は、ただの樹木の医者だぞ」
「先日の薔薇の件で皇帝陛下よりお言葉をいただいたことが、相当気に食わなかったようだ」
「兄弟喧嘩に、俺を巻き込むな」
(兄弟ということは……麗孝様も皇子殿下?)
凜月は後宮には入っているが、皇帝をはじめ皇族と顔を合わせたことは一度もない。
皇子たちの名も、誰一人として知らない。
二人の会話の内容から、梓宸が第一皇子であることを初めて知った。
「私としても、いちいち麗孝の相手をするのは面倒だが、峰風が軽んじられるとなれば話は別だ。だから、頼んだぞ」
「美味しい枇杷の見分け方など、俺は知らん」
「それでも、おまえはできる男だ。毒草を回収してきたようにな」
梓宸はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。「手続きは終えているから、すぐに後宮へ向かえ」と言い残し、颯爽と帰っていった。
36
お気に入りに追加
556
あなたにおすすめの小説
炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~
悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。
強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。
お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。
表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。
第6回キャラ文芸大賞応募作品です。
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる
雨野
恋愛
難病に罹り、15歳で人生を終えた私。
だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?
でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!
ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?
1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。
ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!
主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!
愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。
予告なく痛々しい、残酷な描写あり。
サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。
小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。
こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。
本編完結。番外編を順次公開していきます。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
勇者パーティを追放された聖女ですが、やっと解放されてむしろ感謝します。なのにパーティの人たちが続々と私に助けを求めてくる件。
八木愛里
ファンタジー
聖女のロザリーは戦闘中でも回復魔法が使用できるが、勇者が見目麗しいソニアを新しい聖女として迎え入れた。ソニアからの入れ知恵で、勇者パーティから『役立たず』と侮辱されて、ついに追放されてしまう。
パーティの人間関係に疲れたロザリーは、ソロ冒険者になることを決意。
攻撃魔法の魔道具を求めて魔道具屋に行ったら、店主から才能を認められる。
ロザリーの実力を知らず愚かにも追放した勇者一行は、これまで攻略できたはずの中級のダンジョンでさえ失敗を繰り返し、仲間割れし破滅へ向かっていく。
一方ロザリーは上級の魔物討伐に成功したり、大魔法使いさまと協力して王女を襲ってきた魔獣を倒したり、国の英雄と呼ばれる存在になっていく。
これは真の実力者であるロザリーが、ソロ冒険者としての地位を確立していきながら、残念ながら追いかけてきた魔法使いや女剣士を「虫が良すぎるわ!」と追っ払い、入り浸っている魔道具屋の店主が実は憧れの大魔法使いさまだが、どうしても本人が気づかない話。
※11話以降から勇者パーティの没落シーンがあります。
※40話に鬱展開あり。苦手な方は読み飛ばし推奨します。
※表紙はAIイラストを使用。
雇われ側妃は邪魔者のいなくなった後宮で高らかに笑う
ちゃっぷ
キャラ文芸
多少嫁ぎ遅れてはいるものの、宰相をしている父親のもとで平和に暮らしていた女性。
煌(ファン)国の皇帝は大変な女好きで、政治は宰相と皇弟に丸投げして後宮に入り浸り、お気に入りの側妃/上級妃たちに囲まれて過ごしていたが……彼女には関係ないこと。
そう思っていたのに父親から「皇帝に上級妃を排除したいと相談された。お前に後宮に入って邪魔者を排除してもらいたい」と頼まれる。
彼女は『上級妃を排除した後の後宮を自分にくれること』を条件に、雇われ側妃として後宮に入る。
そして、皇帝から自分を楽しませる女/遊姫(ヨウチェン)という名を与えられる。
しかし突然上級妃として後宮に入る遊姫のことを上級妃たちが良く思うはずもなく、彼女に幼稚な嫌がらせをしてきた。
自分を害する人間が大嫌いで、やられたらやり返す主義の遊姫は……必ず邪魔者を惨めに、後宮から追放することを決意する。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
上辺だけの王太子妃はもうたくさん!
ネコ
恋愛
侯爵令嬢ヴァネッサは、王太子から「外聞のためだけに隣にいろ」と言われ続け、婚約者でありながらただの体面担当にされる。周囲は別の令嬢との密会を知りつつ口を噤むばかり。そんな扱いに愛想を尽かしたヴァネッサは「それなら私も好きにさせていただきます」と王宮を去る。意外にも国王は彼女の価値を知っていて……?
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
すみません! 人違いでした!
緑谷めい
恋愛
俺はブロンディ公爵家の長男ルイゾン。20歳だ。
とある夜会でベルモン伯爵家のオリーヴという令嬢に一目惚れした俺は、自分の父親に頼み込んで我が公爵家からあちらの伯爵家に縁談を申し入れてもらい、無事に婚約が成立した。その後、俺は自分の言葉でオリーヴ嬢に愛を伝えようと、意気込んでベルモン伯爵家を訪れたのだが――
これは「すみません! 人違いでした!」と、言い出せなかった俺の恋愛話である。
※ 俺にとってはハッピーエンド! オリーヴにとってもハッピーエンドだと信じたい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる