13 / 81
第二章 巫女と宦官
13. 秘策
しおりを挟む
子墨の姿を見つけると、峰風は笑顔になった。
「浩然、ここまでご苦労だった。あとは俺が引き受ける」
「峰風様、子墨をよろしくお願いいたします」
「帰りは、門まで送り届ける。欣怡妃には、『ご厚意に、深く感謝している』と伝えてくれ」
「かしこまりました」
宰相との話し合いの結果、凜月の希望通り子墨は峰風の助手として働くことが決まる。
ただ、一つ問題があった。峰風専属の助手となった場合、子墨は後宮を出なければならないのだ。
峰風は、胡家の屋敷に住まわせると言った。
しかし、当然のことながらそれはできない。
女性であり巫女としての職務もある凜月は、宮から引っ越すわけにはいかないのだ。
そこで宰相が考え出した秘策が、子墨を欣怡妃付きの従者にし、そこから峰風へ貸し出す形を取ることだった。
これならば、後宮の欣怡妃の宮から毎日通うことになってもおかしくはない。宮付きになったことで、子墨単独での出入りも可能となる。
欣怡妃が、以前から気に入っていた子墨をどうしても従者にしたいと望んだこと。
妃嬪の我が儘を受け入れる代わりに、子墨の希望する職に従事することを許可すること。
宮の仕事(巫女としての職務)があるときは、助手の仕事を休ませること。
諸々の条件を宰相が妃嬪側と交渉し、この条件に落ち着いた(ことになった)。
「欣怡妃が君を従者にすると聞いたときは、正直かなり焦ったぞ」
「少々気に入られてしまいまして、ハハハ……」
子墨の髪には、欣怡妃付きの従者である証の簪が挿されている。もちろん、瑾萱と浩然にも同じ物が。
これは従者の証明であると同時に、妃嬪のお気に入りであることを意味する。
彼らは欣怡妃のものだから、手出しは一切無用。つまり、お守りというわけだ。
自分(欣怡)が自分(子墨)を気に入ったことになり、凜月の心境は少々複雑ではある。
それでも、こうでもしなければ外廷の峰風の下で働くことは叶わない。
峰風の仕事内容を聞き、凜月は非常に興味を持った。
『植物の心を感じ取る能力』を持っていても、これまではただ『知る』だけのこと。目の前の植物が病気や虫に侵されていることがわかっても、凜月ではどうすることもできなかったのだ。
しかし、樹医である峰風にはそれに対処できる知識も経験も道具もある。実際に、薔薇は全滅を免れた。
彼のもとで学べば、自分もあんな風に植物を救うことができるようになるかもしれない。
『植物に関係した仕事に就きたい』という漠然とした目標が、『能力を活かし植物を救う』という明確な目標になった瞬間だった。
◇
峰風の執務室は、小さな建物の中にある小ぢんまりとした部屋だ。
中は壁一面が棚になっており、書物や巻物、道具などが所狭しと収納されている。
中央に卓子と椅子が置かれており、壮年の男性がいた。
「秀英、今日から俺の助手となった子墨だ。彼は欣怡妃付きの従者で、妃嬪のご厚意により借り受ける形となっている。くれぐれも、よろしく頼む」
「子墨と申します。よろしくお願いいたします」
「楊秀英です」
子墨がぺこりと頭を下げると、秀英も同じように返してくれた。
口数は少ないが、物腰の柔らかそうな人物だ。
「秀英は俺の事務官だ。何かわからないことがあれば、彼に訊くといい」
「わかりました。ところで、他の方は?」
周囲を見回しても、二人の他に人はいない。
「ここは、俺と秀英しかいない」
「そうでしたか」
どんなに規模が小さくとも、部屋付きの官女は必ず一人はいる。やはり、峰風の女嫌いは本当のことらしい。
納得したところで、子墨は窓辺に置かれた鉢植えに目を留めた。
「峰風様、あの鉢植えはもしかして……」
「先日、押収した鉢だ。この部屋が殺風景だから、一つもらい受けた」
「もうすぐ、花が咲きそうですね」
子墨は顔を近づける。
先日は硬く閉じられていた蕾が、少し開いてきている。
「薄紅色の綺麗な花が咲くだろうな」
「これは……薄紅色と白の二色ですね」
「白?」
峰風と秀英は、揃って首をかしげた。
「しかし、蕾は明らかに薄紅色だぞ?」
「でも、この子がそう言っていますので」
子墨は楽しげに微笑んだ。
「浩然、ここまでご苦労だった。あとは俺が引き受ける」
「峰風様、子墨をよろしくお願いいたします」
「帰りは、門まで送り届ける。欣怡妃には、『ご厚意に、深く感謝している』と伝えてくれ」
「かしこまりました」
宰相との話し合いの結果、凜月の希望通り子墨は峰風の助手として働くことが決まる。
ただ、一つ問題があった。峰風専属の助手となった場合、子墨は後宮を出なければならないのだ。
峰風は、胡家の屋敷に住まわせると言った。
しかし、当然のことながらそれはできない。
女性であり巫女としての職務もある凜月は、宮から引っ越すわけにはいかないのだ。
そこで宰相が考え出した秘策が、子墨を欣怡妃付きの従者にし、そこから峰風へ貸し出す形を取ることだった。
これならば、後宮の欣怡妃の宮から毎日通うことになってもおかしくはない。宮付きになったことで、子墨単独での出入りも可能となる。
欣怡妃が、以前から気に入っていた子墨をどうしても従者にしたいと望んだこと。
妃嬪の我が儘を受け入れる代わりに、子墨の希望する職に従事することを許可すること。
宮の仕事(巫女としての職務)があるときは、助手の仕事を休ませること。
諸々の条件を宰相が妃嬪側と交渉し、この条件に落ち着いた(ことになった)。
「欣怡妃が君を従者にすると聞いたときは、正直かなり焦ったぞ」
「少々気に入られてしまいまして、ハハハ……」
子墨の髪には、欣怡妃付きの従者である証の簪が挿されている。もちろん、瑾萱と浩然にも同じ物が。
これは従者の証明であると同時に、妃嬪のお気に入りであることを意味する。
彼らは欣怡妃のものだから、手出しは一切無用。つまり、お守りというわけだ。
自分(欣怡)が自分(子墨)を気に入ったことになり、凜月の心境は少々複雑ではある。
それでも、こうでもしなければ外廷の峰風の下で働くことは叶わない。
峰風の仕事内容を聞き、凜月は非常に興味を持った。
『植物の心を感じ取る能力』を持っていても、これまではただ『知る』だけのこと。目の前の植物が病気や虫に侵されていることがわかっても、凜月ではどうすることもできなかったのだ。
しかし、樹医である峰風にはそれに対処できる知識も経験も道具もある。実際に、薔薇は全滅を免れた。
彼のもとで学べば、自分もあんな風に植物を救うことができるようになるかもしれない。
『植物に関係した仕事に就きたい』という漠然とした目標が、『能力を活かし植物を救う』という明確な目標になった瞬間だった。
◇
峰風の執務室は、小さな建物の中にある小ぢんまりとした部屋だ。
中は壁一面が棚になっており、書物や巻物、道具などが所狭しと収納されている。
中央に卓子と椅子が置かれており、壮年の男性がいた。
「秀英、今日から俺の助手となった子墨だ。彼は欣怡妃付きの従者で、妃嬪のご厚意により借り受ける形となっている。くれぐれも、よろしく頼む」
「子墨と申します。よろしくお願いいたします」
「楊秀英です」
子墨がぺこりと頭を下げると、秀英も同じように返してくれた。
口数は少ないが、物腰の柔らかそうな人物だ。
「秀英は俺の事務官だ。何かわからないことがあれば、彼に訊くといい」
「わかりました。ところで、他の方は?」
周囲を見回しても、二人の他に人はいない。
「ここは、俺と秀英しかいない」
「そうでしたか」
どんなに規模が小さくとも、部屋付きの官女は必ず一人はいる。やはり、峰風の女嫌いは本当のことらしい。
納得したところで、子墨は窓辺に置かれた鉢植えに目を留めた。
「峰風様、あの鉢植えはもしかして……」
「先日、押収した鉢だ。この部屋が殺風景だから、一つもらい受けた」
「もうすぐ、花が咲きそうですね」
子墨は顔を近づける。
先日は硬く閉じられていた蕾が、少し開いてきている。
「薄紅色の綺麗な花が咲くだろうな」
「これは……薄紅色と白の二色ですね」
「白?」
峰風と秀英は、揃って首をかしげた。
「しかし、蕾は明らかに薄紅色だぞ?」
「でも、この子がそう言っていますので」
子墨は楽しげに微笑んだ。
36
お気に入りに追加
556
あなたにおすすめの小説
炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~
悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。
強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。
お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。
表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。
第6回キャラ文芸大賞応募作品です。
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる
雨野
恋愛
難病に罹り、15歳で人生を終えた私。
だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?
でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!
ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?
1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。
ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!
主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!
愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。
予告なく痛々しい、残酷な描写あり。
サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。
小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。
こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。
本編完結。番外編を順次公開していきます。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
勇者パーティを追放された聖女ですが、やっと解放されてむしろ感謝します。なのにパーティの人たちが続々と私に助けを求めてくる件。
八木愛里
ファンタジー
聖女のロザリーは戦闘中でも回復魔法が使用できるが、勇者が見目麗しいソニアを新しい聖女として迎え入れた。ソニアからの入れ知恵で、勇者パーティから『役立たず』と侮辱されて、ついに追放されてしまう。
パーティの人間関係に疲れたロザリーは、ソロ冒険者になることを決意。
攻撃魔法の魔道具を求めて魔道具屋に行ったら、店主から才能を認められる。
ロザリーの実力を知らず愚かにも追放した勇者一行は、これまで攻略できたはずの中級のダンジョンでさえ失敗を繰り返し、仲間割れし破滅へ向かっていく。
一方ロザリーは上級の魔物討伐に成功したり、大魔法使いさまと協力して王女を襲ってきた魔獣を倒したり、国の英雄と呼ばれる存在になっていく。
これは真の実力者であるロザリーが、ソロ冒険者としての地位を確立していきながら、残念ながら追いかけてきた魔法使いや女剣士を「虫が良すぎるわ!」と追っ払い、入り浸っている魔道具屋の店主が実は憧れの大魔法使いさまだが、どうしても本人が気づかない話。
※11話以降から勇者パーティの没落シーンがあります。
※40話に鬱展開あり。苦手な方は読み飛ばし推奨します。
※表紙はAIイラストを使用。
雇われ側妃は邪魔者のいなくなった後宮で高らかに笑う
ちゃっぷ
キャラ文芸
多少嫁ぎ遅れてはいるものの、宰相をしている父親のもとで平和に暮らしていた女性。
煌(ファン)国の皇帝は大変な女好きで、政治は宰相と皇弟に丸投げして後宮に入り浸り、お気に入りの側妃/上級妃たちに囲まれて過ごしていたが……彼女には関係ないこと。
そう思っていたのに父親から「皇帝に上級妃を排除したいと相談された。お前に後宮に入って邪魔者を排除してもらいたい」と頼まれる。
彼女は『上級妃を排除した後の後宮を自分にくれること』を条件に、雇われ側妃として後宮に入る。
そして、皇帝から自分を楽しませる女/遊姫(ヨウチェン)という名を与えられる。
しかし突然上級妃として後宮に入る遊姫のことを上級妃たちが良く思うはずもなく、彼女に幼稚な嫌がらせをしてきた。
自分を害する人間が大嫌いで、やられたらやり返す主義の遊姫は……必ず邪魔者を惨めに、後宮から追放することを決意する。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
上辺だけの王太子妃はもうたくさん!
ネコ
恋愛
侯爵令嬢ヴァネッサは、王太子から「外聞のためだけに隣にいろ」と言われ続け、婚約者でありながらただの体面担当にされる。周囲は別の令嬢との密会を知りつつ口を噤むばかり。そんな扱いに愛想を尽かしたヴァネッサは「それなら私も好きにさせていただきます」と王宮を去る。意外にも国王は彼女の価値を知っていて……?
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
すみません! 人違いでした!
緑谷めい
恋愛
俺はブロンディ公爵家の長男ルイゾン。20歳だ。
とある夜会でベルモン伯爵家のオリーヴという令嬢に一目惚れした俺は、自分の父親に頼み込んで我が公爵家からあちらの伯爵家に縁談を申し入れてもらい、無事に婚約が成立した。その後、俺は自分の言葉でオリーヴ嬢に愛を伝えようと、意気込んでベルモン伯爵家を訪れたのだが――
これは「すみません! 人違いでした!」と、言い出せなかった俺の恋愛話である。
※ 俺にとってはハッピーエンド! オリーヴにとってもハッピーエンドだと信じたい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる