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第二章 巫女と宦官
13. 秘策
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子墨の姿を見つけると、峰風は笑顔になった。
「浩然、ここまでご苦労だった。あとは俺が引き受ける」
「峰風様、子墨をよろしくお願いいたします」
「帰りは、門まで送り届ける。欣怡妃には、『ご厚意に、深く感謝している』と伝えてくれ」
「かしこまりました」
宰相との話し合いの結果、凜月の希望通り子墨は峰風の助手として働くことが決まる。
ただ、一つ問題があった。峰風専属の助手となった場合、子墨は後宮を出なければならないのだ。
峰風は、胡家の屋敷に住まわせると言った。
しかし、当然のことながらそれはできない。
女性であり巫女としての職務もある凜月は、宮から引っ越すわけにはいかないのだ。
そこで宰相が考え出した秘策が、子墨を欣怡妃付きの従者にし、そこから峰風へ貸し出す形を取ることだった。
これならば、後宮の欣怡妃の宮から毎日通うことになってもおかしくはない。宮付きになったことで、子墨単独での出入りも可能となる。
欣怡妃が、以前から気に入っていた子墨をどうしても従者にしたいと望んだこと。
妃嬪の我が儘を受け入れる代わりに、子墨の希望する職に従事することを許可すること。
宮の仕事(巫女としての職務)があるときは、助手の仕事を休ませること。
諸々の条件を宰相が妃嬪側と交渉し、この条件に落ち着いた(ことになった)。
「欣怡妃が君を従者にすると聞いたときは、正直かなり焦ったぞ」
「少々気に入られてしまいまして、ハハハ……」
子墨の髪には、欣怡妃付きの従者である証の簪が挿されている。もちろん、瑾萱と浩然にも同じ物が。
これは従者の証明であると同時に、妃嬪のお気に入りであることを意味する。
彼らは欣怡妃のものだから、手出しは一切無用。つまり、お守りというわけだ。
自分(欣怡)が自分(子墨)を気に入ったことになり、凜月の心境は少々複雑ではある。
それでも、こうでもしなければ外廷の峰風の下で働くことは叶わない。
峰風の仕事内容を聞き、凜月は非常に興味を持った。
『植物の心を感じ取る能力』を持っていても、これまではただ『知る』だけのこと。目の前の植物が病気や虫に侵されていることがわかっても、凜月ではどうすることもできなかったのだ。
しかし、樹医である峰風にはそれに対処できる知識も経験も道具もある。実際に、薔薇は全滅を免れた。
彼のもとで学べば、自分もあんな風に植物を救うことができるようになるかもしれない。
『植物に関係した仕事に就きたい』という漠然とした目標が、『能力を活かし植物を救う』という明確な目標になった瞬間だった。
◇
峰風の執務室は、小さな建物の中にある小ぢんまりとした部屋だ。
中は壁一面が棚になっており、書物や巻物、道具などが所狭しと収納されている。
中央に卓子と椅子が置かれており、壮年の男性がいた。
「秀英、今日から俺の助手となった子墨だ。彼は欣怡妃付きの従者で、妃嬪のご厚意により借り受ける形となっている。くれぐれも、よろしく頼む」
「子墨と申します。よろしくお願いいたします」
「楊秀英です」
子墨がぺこりと頭を下げると、秀英も同じように返してくれた。
口数は少ないが、物腰の柔らかそうな人物だ。
「秀英は俺の事務官だ。何かわからないことがあれば、彼に訊くといい」
「わかりました。ところで、他の方は?」
周囲を見回しても、二人の他に人はいない。
「ここは、俺と秀英しかいない」
「そうでしたか」
どんなに規模が小さくとも、部屋付きの官女は必ず一人はいる。やはり、峰風の女嫌いは本当のことらしい。
納得したところで、子墨は窓辺に置かれた鉢植えに目を留めた。
「峰風様、あの鉢植えはもしかして……」
「先日、押収した鉢だ。この部屋が殺風景だから、一つもらい受けた」
「もうすぐ、花が咲きそうですね」
子墨は顔を近づける。
先日は硬く閉じられていた蕾が、少し開いてきている。
「薄紅色の綺麗な花が咲くだろうな」
「これは……薄紅色と白の二色ですね」
「白?」
峰風と秀英は、揃って首をかしげた。
「しかし、蕾は明らかに薄紅色だぞ?」
「でも、この子がそう言っていますので」
子墨は楽しげに微笑んだ。
「浩然、ここまでご苦労だった。あとは俺が引き受ける」
「峰風様、子墨をよろしくお願いいたします」
「帰りは、門まで送り届ける。欣怡妃には、『ご厚意に、深く感謝している』と伝えてくれ」
「かしこまりました」
宰相との話し合いの結果、凜月の希望通り子墨は峰風の助手として働くことが決まる。
ただ、一つ問題があった。峰風専属の助手となった場合、子墨は後宮を出なければならないのだ。
峰風は、胡家の屋敷に住まわせると言った。
しかし、当然のことながらそれはできない。
女性であり巫女としての職務もある凜月は、宮から引っ越すわけにはいかないのだ。
そこで宰相が考え出した秘策が、子墨を欣怡妃付きの従者にし、そこから峰風へ貸し出す形を取ることだった。
これならば、後宮の欣怡妃の宮から毎日通うことになってもおかしくはない。宮付きになったことで、子墨単独での出入りも可能となる。
欣怡妃が、以前から気に入っていた子墨をどうしても従者にしたいと望んだこと。
妃嬪の我が儘を受け入れる代わりに、子墨の希望する職に従事することを許可すること。
宮の仕事(巫女としての職務)があるときは、助手の仕事を休ませること。
諸々の条件を宰相が妃嬪側と交渉し、この条件に落ち着いた(ことになった)。
「欣怡妃が君を従者にすると聞いたときは、正直かなり焦ったぞ」
「少々気に入られてしまいまして、ハハハ……」
子墨の髪には、欣怡妃付きの従者である証の簪が挿されている。もちろん、瑾萱と浩然にも同じ物が。
これは従者の証明であると同時に、妃嬪のお気に入りであることを意味する。
彼らは欣怡妃のものだから、手出しは一切無用。つまり、お守りというわけだ。
自分(欣怡)が自分(子墨)を気に入ったことになり、凜月の心境は少々複雑ではある。
それでも、こうでもしなければ外廷の峰風の下で働くことは叶わない。
峰風の仕事内容を聞き、凜月は非常に興味を持った。
『植物の心を感じ取る能力』を持っていても、これまではただ『知る』だけのこと。目の前の植物が病気や虫に侵されていることがわかっても、凜月ではどうすることもできなかったのだ。
しかし、樹医である峰風にはそれに対処できる知識も経験も道具もある。実際に、薔薇は全滅を免れた。
彼のもとで学べば、自分もあんな風に植物を救うことができるようになるかもしれない。
『植物に関係した仕事に就きたい』という漠然とした目標が、『能力を活かし植物を救う』という明確な目標になった瞬間だった。
◇
峰風の執務室は、小さな建物の中にある小ぢんまりとした部屋だ。
中は壁一面が棚になっており、書物や巻物、道具などが所狭しと収納されている。
中央に卓子と椅子が置かれており、壮年の男性がいた。
「秀英、今日から俺の助手となった子墨だ。彼は欣怡妃付きの従者で、妃嬪のご厚意により借り受ける形となっている。くれぐれも、よろしく頼む」
「子墨と申します。よろしくお願いいたします」
「楊秀英です」
子墨がぺこりと頭を下げると、秀英も同じように返してくれた。
口数は少ないが、物腰の柔らかそうな人物だ。
「秀英は俺の事務官だ。何かわからないことがあれば、彼に訊くといい」
「わかりました。ところで、他の方は?」
周囲を見回しても、二人の他に人はいない。
「ここは、俺と秀英しかいない」
「そうでしたか」
どんなに規模が小さくとも、部屋付きの官女は必ず一人はいる。やはり、峰風の女嫌いは本当のことらしい。
納得したところで、子墨は窓辺に置かれた鉢植えに目を留めた。
「峰風様、あの鉢植えはもしかして……」
「先日、押収した鉢だ。この部屋が殺風景だから、一つもらい受けた」
「もうすぐ、花が咲きそうですね」
子墨は顔を近づける。
先日は硬く閉じられていた蕾が、少し開いてきている。
「薄紅色の綺麗な花が咲くだろうな」
「これは……薄紅色と白の二色ですね」
「白?」
峰風と秀英は、揃って首をかしげた。
「しかし、蕾は明らかに薄紅色だぞ?」
「でも、この子がそう言っていますので」
子墨は楽しげに微笑んだ。
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