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第一章 巫女見習い、追放される
11. 【幕間】父の思惑
しおりを挟む「父上、大事な話があるのですが」
執務室に入ってくるなり、峰風は宰相であり父でもある劉帆へ申し入れた。
「今から、少々お時間をいただけないでしょうか?」
普段ならば相手の事情や状況を考慮し、後日の予約を取る息子。
彼がこんなにも急いているのは、大市場で店の摘発をした日以来だと、父は冷静に思い返していた。
「先ほど、皇帝陛下よりお褒めの言葉をいただいたぞ。後宮の薔薇が害虫に全滅させられる前におまえが未然に防いだと、大層お喜びだった」
後宮の庭園に咲く薔薇は、ただの薔薇ではない。今は亡き皇后が、生前大切にしていたものだ。
もし虫害や病害で枯れてしまったとしても、庭園管理者を罰するような冷酷な主君ではない。
しかし、大いに嘆き悲しむことは容易に想像できる。
それだけに、薔薇が守られたことが劉帆も自分のことのように嬉しく思った。
「あれは、私の力ではありません。子墨の知識に助けられました」
「そうか、彼は今日から尚寝局で働き始めたのだったな」
月鈴国の高貴な御方の紹介状を持った凜月が現れたのは、つい半月前のことだった。
女性なら誰もが羨むような生活を断り、希望の職に就くことを望んだ元巫女見習い。
本人は謙遜したが、書簡には『巫女としての能力を疎まれ、国外追放処分となった娘』とあった。『見目が、他の巫女見習いとは違う』とも。
おそらく、本人には知らされていない事情があったと劉帆は推測する。
華霞国にとって、凜月は必要な人材だ。
規模は年々小さくなりつつも数年に一度は起こる飢饉を防ぐために、国はこれまで様々な対策を講じてきた。
もう、打つべき手は打った。あとは神に祈りを捧げる他ないと、国の上層部は考えている。
事実、豊穣神の化身と言われる豊穣の巫女を擁する月鈴国は、飢饉に見舞われたことは一度もない。友好国として、華霞国に幾度となく食料支援を行ってくれた。
しかし、それにいつまでも甘えてばかりもいられない。国としての面目にもかかわる。
そんなときに、凛月がやって来た。
偶然知り合ったのが峰風でなければ、今も凜月とは会えていなかったかもしれない。
怪しい者だと捨て置かず、判断を仰ぐため彼女を宮廷まで連れてきた息子の行動は称賛に値する。
書簡を読み、すぐに皇帝へ事情を説明し、凜月を国に取り込むべく動いた。
要望をすべて聞き入れ、巫女としての職務も果たしてもらうことが決まり、劉帆は安堵したのだ。
「それで、おまえの大事な話というのは何だ?」
「子墨を助手にしたいのです。私が身元引受人になりますので、彼の配置換えをお許しいただけないでしょうか?」
「彼は、なんと申しているのだ?」
「私の仕事に興味があると言っておりました。私自身も、彼の知識に学ぶべきところが多くあります」
「ふむ……」
峰風の樹医という職は、第一皇子が留学先の異国から持ち帰った文献によって始まったものだ。
しかし、周囲は皆、庭師と何が違うのかと否定的だった。
そんな中、峰風は文献を読み興味を持つ。第一皇子が後押しする形で、少しずつ知識と経験を積み上げてきた。
先日の毒草摘発の件と今回の薔薇の一件で、その有効性をようやく周囲へ示すことができたのだ。
特に今回は、多くの重鎮が居並ぶ中で皇帝から直々にお言葉を頂戴した。劉帆としても鼻が高い。
どちらの件にも子墨(凜月)が関わっているのは、決して偶然ではないと感じている。
(これは、豊穣神様のお導きなのだろうな)
「子墨をおまえの助手にするということは、今後、彼を外廷に出入りさせることになる。その意味が、わかっているのか?」
「もちろん理解しています。子墨は、私が必ず守ります」
「おまえが、『守る』か……」
外廷は、内廷(後宮)とは別の危険がある。
後宮は皇帝の寵愛を巡って妃嬪たちが争うが、外廷は立身出世のために官吏たちが争う。
その敵意が向けられるのは何も本人だけでなく、周囲の人物に及ぶこともある。
子墨が峰風の助手というだけで、標的にされる可能性も十分に考えられるのだ。
高位の官吏に取り立てられた新人の子墨に対し、同じ宦官から嫉妬や嫌がらせを受けるかもしれない。
劉帆はそれらすべてを懸念していた。
宰相を父に持つ峰風は、兄たちと同様に、幼い頃から常に嫉妬と羨望の中心にいた。
彼の妻の座に納まろうと官女たちが周囲に群がり、色目を使い、飲食物に媚薬を入れられたことも数知れず。
おかげで、峰風はすっかり女嫌いになってしまった。
長男はそれなりの良家の娘と見合いをし所帯を持ったが、次男は見合いはするが未だ独り身のまま。
峰風にいたっては、続々と持ち込まれる見合い話そのものを拒否している。
そんな彼が、正体を知らないとはいえ女性である子墨の身元引受人となり守ると宣言する。
父が複雑な心境を持ったことに、息子は気付いていない。
「おまえが、そこまで言うとはな。子墨を気に入ったのか?」
「そうですね。彼は真面目な人物で、好感が持てます。ただ、世間知らずなのか少々危なっかしいところがあり、放っておけないとも感じます」
「まあ、好ましく感じるのは相性が良い証拠だ。一緒に仕事をする上では、それに越したことはない」
(相性が良い。これは、多少期待してもいいのだろうか)
凜月にずっと華霞国に居てもらうために、劉帆は国の誰かと娶せようと画策した。
親子ほど年は離れているが皇帝の妃嬪はどうかと打診してみたが、あっさり断られてしまう。
凜月の性格からみて、相手の金や権力では心を動かされないことは理解した。
ならば、彼女自らが好ましいと思えるような男性と出会うことに期待したいのだが、如何せん、現状では後宮妃であり宦官でもあると、まったく望みのない状況だった。
ところが、ここに来て急浮上してきたのが峰風だ。
峰風が二十歳で凜月が十八歳と、年齢差はまったく問題ない。
女嫌いの峰風が、子墨(凜月)を人として好ましく思っている。
凜月も峰風と一緒に仕事をしても良いと思っているならば、彼を嫌ってはいないのだろう。
「子墨は、あの方から託された大切な人物だ。万が一にも、大事があってはならない」
「それも、心得ております」
国にとって大切な巫女を害されては、取り返しがつかない。
このまま後宮内にいてもらうほうが、まだ安全と言える。
しかし、二人の仲を進展させるためには、子墨を助手にする必要がある。
それに、仕事の面でも『峰風の知識と経験』と『凜月の巫女の力』は相性がいいようだ。
劉帆は、しばし悩んだ末に口を開く。
「私が彼と面会し、直接話を聞く。結論は、それからだ」
「……わかりました」
峰風にしては珍しく、残念な表情を隠しもしなかった。
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