24 / 39
第24話 会長の正体とファーストダンス
しおりを挟む王族の方々が御出座しになるということで、談笑していた貴族たちが一斉に頭を下げる。
私も、ヒース様の隣で皆に倣う。
その中に颯爽と登場されたのは国王陛下……ではなく、国王陛下に扮した王妃殿下。隣にいる宰相らしき人物になりきっているのが国王陛下のようだ。
(ということは、後ろに控えている従者二人は……王太子殿下とユーゼフ殿下?)
平民の私には、雲の上の方々。つい興味津々で眺めていたら、ユーゼフ殿下がこちらを見てにこりと微笑んだような気がした。
ちらりと隣に視線を送ると、ヒース様が彼を睨んでいる。思わず吹き出しそうになるのをグッと堪え、本日の主役である王妃殿下のお言葉に耳を傾ける。
殿下の話を要約すると、参加者への労いの言葉と、来年はどのような趣向をこらすか今から考えるのが楽しみだというような内容だった。
私は毎年付き合っている貴族の方々は大変だなと思っていたが、ヒース様によれば、これで市場経済を活性化させる狙いがあるのだとか。
なるべく幅広い業種に恩恵が届くように、王妃殿下は毎年頭を悩ませていらっしゃるそうだ。
(王族の方々も、いろいろと大変なんだね……)
お言葉のあとは順番にご挨拶に行くと聞いているが、平民の私はヒース様の従者のような顔をして後ろに控えていればいい。
直接言葉を交わすなんてとんでもない。すべてヒース様へ丸投げだ。
「ルミエール、行くぞ」
ボーっと順番待ちをしていたらヒース様から名を呼ばれ、再度気を引き締めた。
恭しく挨拶をしているヒース様の背中を少し離れた場所から見つめていたら、ユーゼフ殿下が手招きをしている。
一体誰を呼んでいるのだろう?と思っていたら、後ろを振り返ったヒース様が「ルミエールもこちらに」と言った。
(嫌だ。行きたくないよ……)
もちろん、平民に拒否権などない。
引きつった笑顔を顔に張り付けたまま前に進み出る。
「王妃殿下、彼が奉仕活動研究会の新しい会員のルミエールでございます」
ヒース様の言葉に合わせ、マナー講師から叩き込まれた挨拶をする。
「ルミエール、顔を上げよ。なるほど……其方が」
さすがユーゼフ殿下の母だけあって、間近でお目にかかる殿下は目の覚めるような美人だった。
そこにいらっしゃるだけで高貴なオーラが溢れ、睥睨されるだけで飲み込まれてしまいそうな圧さえ感じる。
「其方の話はユーゼフから聞いている。研究会の活動に熱心に取り組んでいること、会長として嬉しく思う」
「ありがたきお言葉、恐悦至極に存じます」
(まさか王妃殿下が会長だったなんて……私は一言も聞いていないよ~!)
心の中で絶叫し、半ばパニック状態のまま挨拶を終えた。
私はヒース様と壁側へ下がるが、先ほどの衝撃からすぐには立ち直れない。
「……大丈夫か?」
呆然としている私が、余程気になったのだろう。
周囲に人がいないことを確認したヒース様が、小声で尋ねてきた。
「はい、何とか……」
「このあとダンスが始まるが……君はどうする?」
「せっかく講師の方まで付けていただいて練習をしましたから、一度くらいは踊りたいです」
ここまで頑張ったのだから、最後までやりきりたい。
私がそう述べると、ヒース様は「わかった」と言ったあと少し目を逸らした。
「その……君のファーストダンスの相手が俺でも、いいのか?」
「?」
私はヒース様以外の人と踊る想定をしていなかったのだが、わざわざ聞かれたということは違ったのだろうか。
「今日は、ヒース様と踊るのだと思っていたのですが?」
「ファーストダンスというのは、特別な意味がある。だから──」
「わたくしは、ヒース様と踊りたいです」
私は貴族ではないので、その『特別な意味』がどのようなものかはわからない。
でも、これだけははっきりと断言できる。彼とだから、私は拙くても踊ることができるのだ。
迷うことなく希望を述べた私に、ヒース様が嬉しそうに破顔した。
◇
どこからともなく楽団員たちが入場してきた。楽団の生演奏とは、なんと贅沢なんだろう。
クラシックコンサートみたいだと眺めていたら、ヒース様が恭しく手を差し出してきた。
「ルミエール、俺と踊ってもらえるかな?」
「はい、ヒース様。よろこんで」
彼にエスコートされ、前へ進み出る。他にも人は大勢いるのに、皆が私たちに注目しているのが体中に突き刺さる視線でわかる。
(私が失敗したら、ヒース様にも恥をかかせてしまう……)
カナリア様の言葉を思い出しながら彼と向き合うと、ヒース様がそっと顔を寄せてきた。
「……大丈夫だ。君なら出来る」
私にしか聞こえないくらいの小声で囁かれた励ましの言葉に、思わず笑顔になる。
見上げると、優しいまなざしで私を見つめる紺色の双眸があった。
先日のようにまたトクンと鼓動が跳ね、自分の顔が赤くなったのがわかる。慌てて視線を逸らすと、曲が始まった。
ダンスは、初心者の私でも踊れるようなステップとターンの繰り返しのものだけを必死に覚えた。
それでも、ヒース様の足を踏んでしまわないかと終始ヒヤヒヤしっぱなしの私を、彼は上手くリードしてくれる。
周囲の人と接触しそうになったときもフォローしてくれて、何とか無難にダンスを終えることができた。
(無事に踊りきった……)
『燃え尽き症候群』ではないが、やりきった感がすごい。
こんな充実感が味わえるのは、すべてヒース様のおかげだ。
「上手にできたな」
最後に、ヒース様がまた声を掛けてくれる。
「ファーストダンスの相手がヒース様で、本当に良かったです。わたくしと踊ってくださり、ありがとうございました」
お世辞でも何でもなく、彼へ自分の素直な気持ちを伝えた。
◇
壁側に下がると、ランドルフ様がシンシア様と一緒にやってきた。どうやら、シンシア様のファーストダンスのお相手は彼だったようだ。
仮装しているランドルフ様の頭には角が二本生えていて、見るからに毒々しい色の衣装に大きな黒いマントを着けている。
見覚えのある恰好に私が必死で記憶を手繰っていると、シンシア様が隣から「物語に登場する魔王だそうです」と教えてくれた。
(そうか、ゲームのラスボスだ!)
思い出せて、スッキリ!
そんな私に、ランドルフ様が興味津々の表情で顔を近づけてきた。
「ルミエールちゃん、ダンス上手だったよ。それにしても……君はホント美人さんだねぇ。その辺の子が霞んじゃうくらい」
「ハハハ……ランドルフ様、それは僕への褒め言葉として受け取っておきますね!」
まじまじと顔を覗き込んでくるランドルフ様を笑顔で躱し、給仕から受け取った飲み物でシンシア様と渇いた喉を潤しているとユーゼフ殿下がやってきた。
「ルミエール、今度は私と踊ってくれぬか?」
「僕がユーゼフ殿下の足を踏んでも、不敬にならないのであれば……」
「ははは! 其方に踏まれたくらいで痛むような、軟弱な足はしておらぬ」
すこぶるご機嫌麗しいユーゼフ殿下にエスコートされ、再び広間の中央へと進み出る。
先ほどよりもさらに注目を浴びているし、また不名誉な噂が流れるかもしれないが、今は気にしない。
気にしてダンスを失敗するようなことになれば、ユーゼフ殿下に恥をかかせた!とカナリア様から叱られてしまう。
そちらのほうが、私にとっては余程怖い。
一度踊ったことで、落ち着いてダンスをすることができた。もちろん、足も踏まずに済んだ。
さすが一国の王子様だけあり、ユーゼフ殿下もダンスはとてもお上手だった。
本当に華がある方だなと思う……中身は、たまに残念なときもあるが。
その後、ランドルフ様とも踊り、私のダンスパーティーデビューは終了したのだった。
1
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
私はただ自由に空を飛びたいだけなのに!
hennmiasako
ファンタジー
異世界の田舎の孤児院でごく普通の平民の孤児の女の子として生きていたルリエラは、5歳のときに木から落ちて頭を打ち前世の記憶を見てしまった。
ルリエラの前世の彼女は日本人で、病弱でベッドから降りて自由に動き回る事すら出来ず、ただ窓の向こうの空ばかりの見ていた。そんな彼女の願いは「自由に空を飛びたい」だった。でも、魔法も超能力も無い世界ではそんな願いは叶わず、彼女は事故で転落死した。
魔法も超能力も無い世界だけど、それに似た「理術」という不思議な能力が存在する世界。専門知識が必要だけど、前世の彼女の記憶を使って、独学で「理術」を使い、空を自由に飛ぶ夢を叶えようと人知れず努力することにしたルリエラ。
ただの個人的な趣味として空を自由に飛びたいだけなのに、なぜかいろいろと問題が発生して、なかなか自由に空を飛べない主人公が空を自由に飛ぶためにいろいろがんばるお話です。
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
刻の短刀クロノダガー ~悪役にされた令嬢の人生を取り戻せ~
玄未マオ
ファンタジー
三名の婚約者候補。
彼らは前の時間軸において、一人は敵、もう一人は彼女のために命を落とした騎士。
そして、最後の一人は前の時間軸では面識すらなかったが、彼女を助けるためにやって来た魂の依り代。
過去の過ちを記憶の隅に押しやり孫の誕生を喜ぶ国王に、かつて地獄へと追いやった公爵令嬢セシルの恨みを語る青年が現れる。
それはかつてセシルを嵌めた自分たち夫婦の息子だった。
非道が明るみになり処刑された王太子妃リジェンナ。
無傷だった自分に『幻の王子』にされた息子が語りかけ、王家の秘術が発動される。
巻き戻りファンタジー。
ヒーローは、ごめん、生きている人間ですらない。
ヒロインは悪役令嬢ポジのセシルお嬢様ではなく、彼女の筆頭侍女のアンジュ。
楽しんでくれたらうれしいです。
悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!
ペトラ
恋愛
ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。
戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。
前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。
悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。
他サイトに連載中の話の改訂版になります。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
結婚を控えた公爵令嬢は、お伽噺の“救世の神獣”と一心同体!? ~王太子殿下、わたしが人間じゃなくても婚約を続けてくださいますか?~
柳生潤兵衛
ファンタジー
【魔術も呪術もお伽噺の中のことだと思われていた世界で、公爵令嬢のオリヴィアがワンちゃんの姿で活躍し、世界を救うお話】
毎日6:10、18:10に投稿。
―あらすじ―
お酒を被ったり飲んだりするとワンちゃんに変身してしまう現象に悩まされていた公爵令嬢のオリヴィアは、一年後に結婚を控えてマリッジブルーな上に、その秘密をお相手であるエドワード王太子に言えずにいた。
そんな中開催された夜会で、エドワードもお酒でワンちゃんに変身してしまうことが判明。
その場はオリヴィアの機転で切り抜けられ、さらにオリヴィアの前向きな性格で両家を巻き込み原因の究明に乗り出す。
この理解不能な現象には、ある男が関わっていると判明し、その男の所在をワンちゃん“ふたり”の嗅覚で調べ上げ、身柄の確保に成功。
しかし、その男は長い間真犯人に囚われ、脅されて呪術を行使させられていただけだった。
真犯人の捜査を進めつつ、男の手によって解呪の儀式をするが、なぜかエドワードだけが成功し、オリヴィアは失敗してしまった。
戸惑ったり落ち込む間もなく、新たな問題が発生する。
天文現象を原因にその男が不気味で巨大な怪物に変身し、災厄を撒き散らしながら逃亡してしまったのだ。
それでもオリヴィアは前向きに解決しようと動く。
そんなオリヴィアに、エドワードも王太子としてよりも、オリヴィアの婚約者として協力して立ち向かっていく。
※本作内に於いて惑星や衛星の巡りの記述がありますが、地球を含む太陽系とは異なります。
また、それらの公転軌道等については緩い設定ですので、フィクションとご理解下されば幸いです。
本作は下記短編を長編化したもので、
第1章部分の中盤以降(結末)を改訂した上で、オリジナル第2章へ続きます。
マリッジブルー令嬢の深刻!?な秘密 ~お酒でワンちゃんになっちゃうご令嬢の、絶対婚約者に知られてはいけない夜会(知られちゃう)~
https://www.alphapolis.co.jp/novel/467203436/87638231
※※ この作品は、「カクヨム」「ノベルアップ+」にも掲載しています。
※※ 「小説家になろう」にも掲載予定です。
そのAIゴーレムっ娘は猫とプリンの夢をみる
yahimoti
ファンタジー
ケットシーとAI搭載の幼女ゴーレムとコミュ障の錬金術師のほのぼの生活。
同郷の先輩のパーティにポーターとして加わっていたコージは急にクビと言われてダンジョンの深層に置き去りにされるが、たまたま通りかかった勇者のおかげで一命をとりとめる。
その後、小さな時から一緒だった猫のチャオが実はケットシーだったり、勇者と暗冥の王が趣味で作ったゴーレムを押しつけられる。
錬金術と付与でいつの間にか帝国に貢献する事でどんどん陞爵して成り上がる。
ゴーレムのマヨネをはじめとした他のキャラクター達とのほんわかとしたコメディ。
逃げて、追われて、捕まって
あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。
この世界で王妃として生きてきた記憶。
過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。
人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。
だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。
2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ
2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。
**********お知らせ***********
2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。
それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。
ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる