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第12話 第二王子殿下、毒殺未遂事件?(後編)

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「毒草って、どういうことですか?」

「それがね、どうやらルミエールちゃんの薬草に誰かが毒草を混ぜたみたいでね……」

 状況を把握していない私たちへ、ランドルフ様がこそっと説明をしてくれた。

 それによると───
 たまたま調合室の前を通りかかったユーゼフ殿下は、私の姿を見つけ部屋の中へ入ってきた。
 しかし、それと入れ替わるように私は器具を洗うために出て行ってしまい、仕方なく待つことにしたのだとか。
 暇潰しに調合室内を見て回っていたところ、机の上に置いてあったEドリンクを見つけ、付近にいた学生に誰の物か尋ねると私の物だと教えられる。
 いかにも私っぽい色に興味が芽生え、ヒース様から「止めろ!」と言われたにもかかわらずユーゼフ殿下は勝手に飲み干してしまった。
 その後、急な腹痛に襲われた彼はトイレへ駆け込んだが、その間に、事態を知らされ駆けつけてきた王城の側近が「毒殺未遂事件だ!」と捜査を始めたため大事件となってしまう。
 トイレから戻ったあとも力なく床に座り込んでいたところに、私たちが帰ってきた……とのことだった。

(なるほど。平民の私への嫌がらせが、第二王子への毒殺未遂事件にまで発展しちゃったんだね……)

 直々に学園長まで出てきて学園の上層部まで勢揃いと、とんでもなく大事おおごとになっている。
 まさか、ユーゼフ殿下が平民の作ったものを口にするなんて、犯人は予想できなかったのだろう。
 
「あの……王子殿下は、そんな安易にそこらの物を口にしてはいけないと思うのですが」

 まあ、その殿下の行動のおかげで私は難を逃れたわけだけど。
 でも、もし万が一の場合だったらと不敬を承知でつい言葉が口をついて出てしまった。

「君の意見には完全に同意しかないが、さすがにユーゼフといえども普段はこんな軽率なことはしない。今回は、『君が作ったポーションだったから』という充分な理由があったからだな」

「ははは……」

 思わず乾いた笑いが出てしまう。
 今までは、ユーゼフ殿下がやることに対し平民の私が異議を申し立てることなど不敬でできないと放置してきたが、考えを改めたほうがいいのだろうか。
 ルミエールと交代する前に、何か対策を講じておくべきだと痛感した。
 とは言っても、平民の私にできることなど限られているが。

 私が真剣に今後のことを考えていると、横からポンと肩に手を乗せられた。
 カナリア様がにっこりと微笑んでいるのだが、掴まれている肩に爪が軽く食い込んでいて何気に痛い。
 そして、寒気を覚えるほどの殺気を感じてしまうのはなぜだろう。

(まさかとは思いますけど……あなた、ユーゼフ殿下のこと……)

(カナリア様はご冗談がお好きですね。平民のわたくしがそんなだいそれたこと、考えたこともございませんわ……ホホホ)

 時間にしてわずか数秒の目だけのやり取りだが、シンシア様は気づかれたようだ。
 プルプル震える私へ殺気立つカナリア様を、「まあまあ、少し落ち着きましょう」と苦笑いを浮かべながら宥めていた。
 カナリア様と親交を深めておいて、本当に良かったと思う。
 少なくとも、これまでの貴族令嬢のように問答無用で実家を潰される心配はないのだから。

 ユーゼフ殿下による犯人捜しはその間も続いており、全員の持ち物検査が行われた。
 公平を期するために私のも調べられたが、もちろん何も出ない。
 自分で自分のポーションに毒草を入れるような趣味を、私は持ち合わせてはいないのだ。

 一部の学生からは、採取時に誤って毒草が混入したのではないか?とか、私の自作自演ではないのか?との声も上がった。
 しかし、薬草は乾燥前に先生が厳しくチェックをしていたこと、Eドリンクは本来自分が飲むための物で、それに毒を入れてどうするのか?という意見。
 仮に、もし騒動を起こすつもりだったのならば、できあがってすぐに皆の前で飲んでいたはずだと結論付けられ、私は冤罪から逃れることができた。
 なんとか、今回も退学フラグを無事へし折ることに成功し、ホッと胸を撫でおろす。

「これは何だ?」

 一人の学生の鞄から、紙に包まれた薬草が出てきた。
 薬学の先生が慎重に鑑定をしたところ毒草と判明し、辺りは一気に騒然となる。

「シャルダン殿……申し開きがあれば、この場で聞こうか」

「ユーゼフ殿下、これは何かの間違いです! 私は何もやっておりません!!」

「では、なぜ其方の鞄からこれが出てきたのだ?」

「これは、私を陥れるために仕組まれた誰かの陰謀です! そうだ、ルミエールが私へ仕返しをす……」

 途中まで言いかけて、シャルダン様はハッと口を押えた。

「……ルミエールが其方へ仕返しとは、穏やかな話ではないな。つまり、彼から仕返しをされるようなことを、先に其方がしたということかな?」

「それは、その……」

 言い淀んだことで、かえって肯定したとの印象が強くなった。
 ユーゼフ殿下は側近へ目配せをする。

「事情聴取は別室で行う。警備兵、彼を連行しろ!」

 シャルダン様が連れていかれる様子を皆が黙って見つめる中、ひときわ顔色の悪い学生が何人かいた。
 ユーゼフ殿下は大仰にゆっくりと彼らを見回すと、おもむろに口を開く。

「最近、平民を軽視・蔑視べっしする貴族の振る舞いが目に余り、国王陛下も兄も、もちろん私もうれいているところだ。私のところに、この学園内での貴公たちの行いもいくつか報告が上がってきている」

(えっ、そうなの?)

 ヒース様の顔を見ると、彼はコクリと頷いた。

「賢明な諸君であれば、今後は軽はずみな行動は慎んでくれると期待をしている。では、本日はこれで解散だ!」

 第二王子らしくこの場をきちんと仕切り、容疑者を捕らえ、側近と共に颯爽と部屋を出て行くユーゼフ殿下。
 私のEドリンクを盗み飲みし、お腹を壊した同一人物とはとても思えない。
 そんな彼をじっと見つめていたカナリア様は、瞳をキラキラと輝かせた恋する乙女の顔をしていた。


 ◇


 後日、シャルダン様へ停学二か月の処分が決まり、合わせて同期間、自宅謹慎になるとのこと。
 第二王子が被害者なのだから退学が妥当では?との声も上がったそうだが、あれは王子を狙ったものではなく偶発的なできごとだったことで、そちらは回避された。
 ただ、処罰を受けたのはシャルダン様だけではなかった。
 私を水浸しにしたゼルバ様は停学一か月。そして、二人へ指示を出していたとして侯爵家のリーベン様が停学三か月という一番重い罪となる。

 毒草混入事件の動機は、「『奉仕活動研究会』へ平民(の私)が入会したから」。
 ただ、それだけの理由だった。


 ◇


 あの事件以降、私を取り巻くの周囲の状況は大きく変わった。
(シンシア様とカナリア様を除いた)同級生だけでなく学園全体が皆、私を腫れ物を扱うかのように接してくるのだ。
 私としては普通にしてもらいたいのだが、前以上に誰も近寄って来なくなった。

 たまたま学園の廊下ですれ違ったランドルフ様が、笑いながらその理由を話してくれた。

「ルミエールちゃんは、陰で皆から何て呼ばれているか知っている?『ユーゼフ殿下の最愛の君』だって。初めて聞いたときは大爆笑だったけどね」

「それって、この間の事件のせいで……」

「うん。ユーゼフがルミエールちゃんのポーションを飲んじゃったでしょう? わが身の危険を顧みず体を張って大切な人を守ったって、学生からは称賛を受けているらしいよ」

「・・・・・」

 クラっと立ちくらみを起こしたように目の前が真っ暗になる。
 思わずこの場に座り込んで、頭を抱えたくなった。

(『最愛の君』って、何? 今度こそ、カナリア様に殺されそう……)

「あっ…そうそう、この話はヒースの前でしたら絶対にダメだよ! アイツ、この話を聞くと途端に機嫌が悪くなるんだ」

(大丈夫です! 頼まれても、絶対にしませんから!!)

「たぶん、ユーゼフに嫉妬しているんだよ。ヒースも、ルミエールちゃんのことを結構気に入っているからさ。あっ、僕は嫉妬なんかしないから安心して。最近ルミエールちゃんが仲良くしている、シンシアちゃんだっけ? あの子、すごい可愛いよね。良かったら、今度紹介してほしいな。それじゃあ、またね!」

 言いたいことだけを言い終えると、ランドルフ様は軽快に去っていく。
 その背中を見送りながら、現在の状況を整理してみる。

 取りあえず、ユーゼフ殿下の庇護?影響?下のおかげで、貴族たちから実家を潰される心配はなくなったようだ。
 これに関しては、一応感謝すべきなのだろう。
 しかし、『学園退学→一家離散エンド』は回避されたが『死亡エンド→死に戻り』の可能性はまだゼロではない。
 相手がカナリア様だから、限りなく低いとは思う(思いたい)が……

 私は、盛大にため息を吐いたのだった。



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