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第8話 バレた!
しおりを挟む午後の授業が終わった。
研究会は休みということで、今日は寄り道をせずに真っすぐ家へ帰るつもりだ。
いろいろあった本日に、心身ともに疲労困憊。
ぐったりとしながら、誰もいなくなった教室で帰り支度をしていると、「おい、おまえ!」と後ろからいきなり声をかけられた。
振り返ると、そこにいたのは二人の男子学生。伯爵家のシャルダン様と子爵家のゼルバ様だった。
彼らは侯爵家リーベン様の取り巻きで、入学そうそう私に「平民は身分を弁えろ」とわざわざ言いにきた人たちだ。
「僕に、何か御用ですか?」
「おまえは、いつの間にユーゼフ殿下に取り入ったのだ? それに、アストニア様やロレンサス様にまで、どうやって……」
どうせ、また難癖をつけてくるんだろうなとは思っていたが、どうやら、今日の食堂での出来事を彼らに見られていたようだ。
「取り入るもなにも、僕はただ、研究会でお世話になっているだけです」
「な、なんだと!」
有り体に事実を述べただけなのだが、それが癇に障ったらしい。
ザバーンと頭の上から水の塊が降ってきて、私は一瞬にして水浸しになってしまった。
「平民の分際で、奉仕活動研究会への入会など生意気だ!」「即刻、退会しろ!」と、怖い顔をした二人に詰め寄られる。
「申し訳ございませんが、それはお断りします」
ここは、きっぱりと言い切っておく。
奉仕活動研究会ことボラ部は、私が自らの希望で入会した研究会だ。
ヒース様たちからならまだしも、関係のない第三者から言わる筋合いはない。
これまで、両親からは『平民は、貴族に絶対逆らってはいけない』と教えられてきた。
その言いつけを守り、学園在学中は押し付けられた後片付けなどを黙々とやっている。
それでも、ループ中に私がユーゼフ殿下に関心を持たれただけで、実家を潰されるという理不尽な扱いを何度も受けてきた。そして今回も。
今の私は、相当頭にきている。
おまけに疲れていたこともあり、彼らの言い分にはかなりイラッとした。誰が言うことを聞くものか!と、挑発的な態度だ。
「どうやら、一度痛い目に遭わないと理解できないようだな……」
シャルダン様の手に、バチバチと電気が走っているのが見えた。
ゼルバ様の水魔法に続く、私への魔法攻撃のようだが───
(ちょっと、待って! この人……バカなの?)
この濡れた体に電気を流されたら、痛い目ではなく下手をすればショック死すると思う。
じりじりと近づいてくるシャルダン様から慌てて距離を取り離れるが、机があり逃げ場がほとんどない。
もしやこれは、『死亡エンド』なのだろうか。
これまでは『一家離散エンド』しかなかったはずなのに、新たなフラグが立ってしまった。
でも、『死に戻り』だけは絶対に嫌だ。そんな設定は物語の中だけでいい。今度こそ、確実に心が折れる。
机を挟んで睨み合っているうちにも、どんどん電気の玉が大きくなっているのは気のせいではないだろう。
どうしたものかと必死に回避方法を頭の中で探っていると、ノック音がしてガチャッとドアが開く。
私たちの緊迫した様子に、入り口で呆然と立ちすくんでいたのは女子学生……シンシア様だった。
「あ、あの……何をされていらっしゃるのでしょうか?」
「これは、シンシア様。何でもありませんよ」
ゼルバ様が話しかけている間に、シャルダン様はサッと魔法を消す。
「ではゼルバ、行くぞ?」「はい、シャルダン様」と、二人は何事もなかったかのように教室を出て行った。
助かったと思ったら、急に体の力が抜けた。
その場に座り込む私のもとに、シンシア様が心配そうに駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか?」
「ありがとうございます。レスティ様のおかげで助かりました」
もう少し下手に出ればよかったと、今更ながら私は猛省する。
どんなに腹が立つことがあっても、命があってこそなのだから。
「礼など不要です。わたくしも、ルミエール様に助けていただきましたから。それより……お召し物が大層濡れていらっしゃいますが、着替えはお持ちですか?」
「ああ、これは……」
泥水とかではなく水魔法の水だから、乾かせば全く問題はない。
私はびちゃびちゃになった制服の上着を脱ぐと、先日教えてもらったばかりの温風で髪と一緒にサッと乾かした。
「レスティ様、ご覧の通り問題はありません」
私をとても心配してくれるシンシア様を安心させようとニコリと微笑んだのだが、彼女は顔を赤くしてうつむいてしまった。
「どうかされましたか?」
「ル、ルミエール様、そのお姿は……」
(私の姿?)
下を向き自分の姿を確認した私は、顔面蒼白となる。
上着だけでなく下に着ていた白シャツもびしょ濡れで、中が透け体のラインがはっきりと見えてしまっていたのだ。
入学当初は女とバレないよう、念には念を入れて毎日さらしを巻いていた。
でも、圧迫感で息苦しいことや慣れもあり、最近は何の対策も講じていなかった。そのため、下着姿をシンシア様にバッチリ見られてしまった。
「えっと、これには……わけが……」
(ああ、終わった……)
膝から崩れ落ちそうになるのを、必死で耐える。
これで、学園退学 → 一家離散エンドが確定だ。
途中までは良い感じだったから、落胆もかなり大きい。
でも、今回の『男装』には手応えを感じていることも確か。
次回は、この経験を活かしていこうと私は無理やり気持ちを切り替えた。
「ルミエール様には、何か事情がおありのご様子。よろしければ、わたくしにお聞かせ願えませんか?」
ライムグリーンの澄んだ瞳が、私を真っすぐに見つめていた。
◇
あの後、白シャツも乾かした私と、迎えにきた御者に待つようにと伝えたシンシア様は、人目のつかない校舎の裏にあるベンチに並んで腰を下ろす。
私はシンシア様へ全てを話した。正体がバレてしまった以上、隠しておく必要はない。
彼女は、黙って私の話を聞いていた。
「それで、お兄様の身代わりを……」
「はい。皆様を騙す形になり、大変申し訳ありません」
「これから、ルミエール…いえ、ルミエラ様はどうされるのですか?」
「わかりません。家に帰ったら兄と相談するつもりですが、落胆するでしょうね。兄は私と違い、入学を望んでいましたから……」
本当は落胆なんかじゃなく、目を吊り上げて怒る。そして……闇堕ち。
これからの展開がわかっているから、私はこのまま家出をしたい気分にかられる。
「事情を、学園へ相談されてみてはいかがですか?」
「平民の事情を汲み取ってもらえるとは、到底思えません」
そもそも、ここは貴族のための学園なのだ。いちいち平民の望みなど聞いてもらえるはずがない。
「レスティ様、お時間をいただき話を聞いてくださってありがとうございました。短い間でしたが、お世話になりました」
私は深々と頭を下げると立ち上がり、歩き出した。
帰るまでに、一応兄への言い訳を考えなければならない。まあ、無駄な悪足搔きだけれど。
「ルミエール様、お待ちください! わ、わたくしは……何も見ていませんよ」
「えっ?」
「今日、わたくしは忘れ物を取りに教室へ戻りましたが、中にはどなたも…ですから、明日もまた学園でお目にかかりましょう。それでは、ごきげんよう」
シンシア様はにこやかに微笑み、ミルクティー色の髪を揺らしながら去っていく。
どうやら、彼女は私を庇ってくれるらしい。
学園を辞める必要はない……そう言ってくれたのだ。
取りあえず退学を免れたことに、心の底から安堵する。
再びベンチに座りぼんやりしていた私は、不意に人の気配を感じ後ろを振り返る。
「……まさか、女性だったとは気づきませんでしたわ」
驚きの表情を浮かべていたのは公爵家令嬢……カナリア様だった。
「!?」
「ホホホ、安心なさって。わたくしも何も見ておりませんし何も聞いておりませんので、他言することは一切ございません。これは、神に誓ってお約束いたしますわ」
「…………」
「ただし、これからあなたを少々利用させていただきますわね」
「……私に、一体何をさせるつもりですか?」
弱みを握られてしまった私は、これからどうなるのだろう。
不安で、手が勝手に震える。
私はグッと両手を握りしめた。
「心配せずとも、あなたに何かをしていただくことはございません。わたくしが、あなたを勝手に利用させていただくだけ……」
フフッと意味深な微笑みを浮かべたカナリア様の姿は、まさに『悪役令嬢』そのものに見えた。
◇
次の日、私はおそるおそる登園した。
昨日対峙した二人組のこともあるが、シンシア様、そしてカナリア様が私をどう対処するのか気になって仕方ない。
ビクビクしながら、午前中を過ごした。
結論から言うと、あの二人組は以前と変わらず私の存在自体を無視していて、なんら変化はなかった。
そして、シンシア様はというと───
「えっと……レスティ様、僕と一緒に昼食を取っていると、周りの方からどのような噂を立てられるか……」
「わたくしは噂など全然気にしません。それと、わたくしのことはシンシアとお呼びください。ルミエール様とは友人になったのですから」
そう、シンシア様は私と友達になりたいと言ってくれたのだ……以前のように。
ご自身にも年の離れた兄がいるのだが、私が兄のために男装してまで頑張っていることに感銘を受けられたのだとか。
「わたくしも、お兄様のお役に立ちたいと常日頃から思ってはいるのですが、何をすればよいのかわからなくて……」
頬に手を当て首をかしげる仕草も、上品でとても可愛らしい。
もし私が家で同じことをしようものなら、兄から「どこか具合でも悪いのか?」と真顔で聞かれそうだ。
「僕がシンシア様の兄なら、こんな可愛らしい妹が、自分のためにそんな嬉しいことを思っていてくれるだけで十分ですが」
「ま、まあ、ルミエール様ったら……そ、そんなお顔で言われたら、恥ずかしいではないですか!」
顔を真っ赤に染めたシンシア様は、本当に貴族らしからぬご令嬢だと思う。
お兄様は心配で堪らないだろうな……とついつい兄目線で眺めていた私の隣で、ゴホンとわざとらしい咳が聞こえた。
「ちょっとあなたたち、いくら(女)同士とはいえ、もう少し周りの目を気になさったら? 特に、シンシア様……」
「は、はい!」
「良からぬ噂を立てられて困るのは、あなたではなくレスティ家なのよ。家名に泥を塗るような真似は、慎むべきだと思いませんの?」
「も、申し訳ございません」
目を吊り上げて私たちへお説教をしているのは、そうカナリア様だ。
シンシア様と一緒に昼食を取っていたら、どこからともなくカナリア様がやって来てテーブルの空いている席へ勝手に座った。……と思ったら、いきなり説教が始まったのだ。
カナリア様の言わんとすることはわかる。
男女二人だけで仲良く食事をしていたら、周囲からは恋人同士に見られてしまうからだ。
ルミエールが貴族ならまだしも、平民だ。
きっと、外聞が良くないのだろう。
「あの……シーエスタ様、まずはご用件をお伺いしてもいいでしょうか?」
彼女が何をするつもりなのか気になって、私にしては珍しく昨日から食欲不振なのだ。
用事があるのなら、早く言ってほしい。
「わたくしも、これからはお二人と一緒に食事を取らせていただきますわ。……と言っても忙しい身ですので、週に一、二度くらいになるかとは思いますが」
「えっ!?」
「……ルミエールさん、何か不満でもございますか?」
「い、いえ、滅相もございません」
鋭い眼光が容赦なく私を射抜いてくるので、これ以上何も言えなかった。
なぜカナリア様が突然こんなことを言い出したのか、さっぱり理解できない。
困惑の表情を浮かべているシンシア様と顔を見合わせていると、カナリア様が耳を貸してほしいと私を手招きしている。
本音を言えば謹んでお断り申し上げたいが、弱みを握られている私は従うしかない。
「次に、ユーゼフ殿下と昼食を取られるときは、ぜひ、わたくしもご一緒させていただきたいの」
「あれは、空いている席がないときに、たまたま招かれただけで……」
「ええ、わかっておりますわ……フフフ」
(いやいや、全然わかっていないでしょう!)
どうやら、カナリア様は私を利用して、ユーゼフ殿下とお近づきになりたいらしい。
目的を達成するためならば手段を選ばない彼女の姿勢、そして、その下心を隠しもしない態度は、陰でコソコソされるよりいっそ清々しいかもしれない。
「わたくしのことは、『カナリア』とお呼びください」
公爵家令嬢からそう言われてしまえば、平民の私は「わかりました」と首肯するしかないのだ。
こうして私は、再びシンシア様と友人になり、初めて同性の知人(?)ができたのだった。
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