結婚ー彼女と再会するまでの男の長い話ー

キュー

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幕間 父と子

父と子 5

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「父さん……言いにくいことなの?」
「………そう…だな。」
「?」
「時計は……大切にしているか?」
「うん。母さんに渡されて…なくしちゃだめよって、言われた。」
「そうか。」
マックは上着のポケットから時計を出して、テーブルに置く。
「これはな、シルク…お前の母さんの妹のファータが作った物なんだ。」
「ファータおばさん?」
マックがまだタクーンにいた頃。よく遊びに行った所にファータおばさんがいた。体が弱くいつもベッドでマックを優しく呼んだ。その側でマックは本を読んでもらった思い出がある。
「この時計の鎖は少し変わっているだろう?」
「うん。文字をデザインしてあるよね。細かくて…これをファータおばさんが?」
「そう。ファータは彫金を仕事にしていたんだ。」
「へえ。」
「そう。この時計…」
フルは時計の蓋を開け、削り取った名前の部分をなぞる。
「ここに、彼女と婚約者の名前があった。」
「……」
マックはじっとフルの姿を見つめる。
「お前の名、ファータが名付けたのは知っているな。」
「ファータ・レディのレディをもらったのは聞いてる。」
「不思議に思ったことはないか?」
「そりゃ俺だけおばさんが名付け親だったし…見た目が似てないって、小さい頃はもらわれっ子って、からかわれたし……姉や兄弟と髪や目の色が……違うし…でも…たまにそういう子も生まれるって……兄さんが…」
「大人になった今でもそう思うかい?」
首を振る。
「でも……俺の大切な家族…だよ。それに、ファータおばさんだって、俺とは色が違う!」
「そう。違うんだよ。父さんともね。」
「父さん!……やっぱり……聞きたくない!」
マックはフルに思わず抱きついた。
「それでも、真実を話さないと…私たちは家族だ。それは何があっても変わらない。誰が何と言っても、俺はマックの父親だよ。」
「…………父さん…」
「可愛いマック。聞くんだ。君の本当の両親の話を。」
「……嫌だ……聞きたくない……」
「聞くんだ。ここに帰ったからには、知る必要がある。君の出生を知るものは私達夫婦以外にもいる。どこで……間違った情報を聞くかも知れない…それなら、私の口から……真実を話そう。」
マックはフルから身体を離し、父親の顔を見た。悲しげで…それでも、自分を見つめる瞳は愛に溢れている。
「…わかったよ。父さん。……聞かせて下さい。俺の父と母のことを…」
「………君が生まれる何年も前……」
フルはゆっくり話始めた。

  ファータは彫金師だ。勤め先の工房でいつものように作業をしていた。そこへ、アスターネスの第二王子が訪れた。年若い第二王子は美しく、王族の中でも人気があり、行事や視察に度々招かれた。この日も図書館の開館記念の行事に出席し、その後彫金の工房を見学するため、ファータの作業場を訪れた。作業中のファータに王子が話し掛け会話をする。お互いに一目惚れし、王子と一般人という、身分の差を越え、婚約する。第一王子の結婚の後、二人の結婚式の準備も順調に進むが、第二王子はグレイの代理で第二王女の輿入れに随行して隣国へ向かう。運悪く、爆発事件に遭遇し、第二王子は死亡。だが、ファータは子どもを身籠っていた。人知れず生んだその子は姉の子として育てられた。

  話を聞いて、信じられないとマックは首を振った。
「そんなこと……」
「本当だよ。ほら……」
テーブルのうえの懐中時計を指差した。
「鎖に細工がしてある。」
そう言って、鞄からノートとペンをだす。
「これは、王子の事故の記事。」
ノートをめくると、古い新聞の記事がはさんであった。
「その写真は遺品として、隣国から戻った物。時計も写っているだろう?」
「………」
「その、記事の王子の写真……その古い荒い写真でも、きみがよく似ているのがわかる。」
「……」
マックは何も言えず、だだ、黙って写真を見つめていた。
「君は時計の止まった時間を覚えている?」
「ずっと持っていたから……覚えている…」
  フルはノートを開き、数字を書き始めた。
「事故のあった年、月、日、そして、きみが覚えている時間……この鎖を見て。」
ノートに書かれた数字は何の意味も無さそうに並んでいる。
「意味のない文字が、意味を持つ瞬間だ。」
「………!…あっ…」
一つ一つ数字をたどり、目的の鎖にある文字を拾う。
「……これ…………俺の…名前?」
「そう。ファータが君に残した……証。」
「マック・レディ………・ド・ラ………・アスターネス………」
「君の本当の名前だよ。ファータはマークス王子をマックと呼んで…そして、王子はレディと彼女を呼んでいたんだ。君は二人の愛をその名に受け取っているんだよ。」
  マックは懐中時計をぎゅっと握りしめた。
「父さん、俺……俺…」
「いいんだ。君はマック・レディ・タージニア。私の大切な息子だよ。」
「父さん。泣いてる……」
「お前だって……」
こぼれる涙を二人は拭い。笑った。
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