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1章

19.王女の実力 「う、うそだ、こんなこと……ありえない!」

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 アセリアたちは、王城の訓練場へと移動した。

 王宮の魔術訓練場は、風の宮に用意されていたものとは比べものにならないほどに広く、立派な設えだ。 

 的当ての的は、そんな訓練場の端に用意されていた。

 的はテトの感覚で、直径1メートルほどの大きさだ。発射位置からは、30メートルほど離れた先に設置されていてる。

 最も遠い的は恐らく100メートルは遠くにある。サッカーコートの端から端くらいだろうか、まるで今回の一件を予期していたかのように磨かれた的が、アセリアを待ち構えていた。

(うわ、なんか増えたな)

 一体どこから聞きつけたのか、支度をすすめるうちに、気付けば多くの貴族やその騎士たちが見学に集まってきた。

 野次馬根性は上流階級にも健在らしい。

 誰からも叱責の声がないということは、王が許しているのだろう。

 元々、訓練場にいた宮廷魔術師たちも、興味深そうにこちらをちらちらと窺っている。

 ただ、その目は皆、冷ややかなものだった。
 
 風属性の王女では、そよ風をあの的に当てることがせいぜいだろう――、そうとでも、思っているのだろう。

(ふん、今のアセリアの風は、そんなもんじゃないぞ)

 テトは手応えを知る者の余裕を胸に秘めつつも、毛をぶわりと逆立てて周囲の大人たちを威嚇する。
 謁見の間から出た今ならいいだろう――という勝手な判断のもと、今はスカートから出てアセリアの足元に佇んでいる。

「テト、借りてもいい?」

 アセリアは、静かにそう呟く。何を、なんて、言われなくてもわかっている。
 あれからアセリアは何度も魔術を試したが、やはりもともとの魔力の少なさは、どうしても足かせとなった。
 もちろん、アセリア1人の力でできることは格段に増えたわけだが、こういう派手なものを求められる舞台では、テトの力が不可欠というわけだ。

『おう、いくらでも持っていけ』

 予定外ではあるが、いわばこれは晴れ舞台だ。
 今日ばかりはぶっ倒れる勢いで持ってってもらっても構わない。

 深呼吸を繰り返し、魔力を高める。

 周囲の視線や囁き、すべてを遮断し、自分の内側と、アセリアとの繋がり・・・だけに意識を集中させる。

風よヴェントゥス

 アセリアが同様に集中を始めた途端、彼女を中心に、風がゆるやかに渦巻き始めた。
 
「な……っ、これは……」

 周囲にいる者たちにも、その風の流れがはっきりとわかったのだろう。野次馬たちからどよめきが生まれる。

(心地良いな)

 野次馬たちの驚きももちろんだが、何よりもアセリアの操る風の感覚が心地よい。
 風は、まるで生きているかのように、アセリアの意志に従っている。

「では、いきます」

 アセリアは、ゆっくりと目を開いた。その瞳には、揺るぎない決意の色が宿っていた。

「……――《風の矢よ、放てヴェンティサギッタ・ファチト・エミッテ》」

 アセリアの凛とした声が、訓練場に響き渡る。

 詠唱と共に、風が一点に集中し、まるで巨大な矢のような形状を取り始めたとこが、何となくテトには分かった。
 鋭く尖った風の矢は、アセリアの意志に従い、一直線に的へと向かっていく。

 ――ビュンッ! バアアアアン!

 風切りの音が一瞬響いたとほぼ同時、風の矢が的に命中した瞬間、的は度真中から真っ二つに割れ、ばらばらの破片となって宙を舞った。

 まるで本物の、巨大な矢で射抜かれたかのような、正確無比な一撃だった。

 シン、と周囲が静まり返る。
 先程まででに侮蔑的にアセリアを見ていた大人たち全てが、間抜けな顔であんぐりと口を開けていた。

「な……」

「ありえない……」

 信じられないという表情で顔色を悪くする貴族たち。目を見開いて立ち尽くす騎士。
 誰も彼もがその顔に、予想だにしなかった光景を目にしたと書いている。

「う、うそだ、こんなこと……ありえない!」

 中でも第三王子フレンは、あからさまに驚愕し、顔を引きつらせていた。

『あり得ないってよ、アセリア』

「では、次の的を狙います」

 アセリアは、煩い周囲が息を吹き返す前に畳み掛けるように、続けて様々な魔術を放った。

 そのたびに的は巨大な渦に飲まれてバラバラになり、あるいは見えない圧力によって爆散したり、根こそぎ引っこ抜かれたように空へと舞い上がった。

「な……こ、こんな……」

「う、うそだ……」

 否定しようもない風の暴力に、野次馬たちはもはや言葉も出ないといった様子だ。

「風にこのような力があるなんて大問題だぞ……、何をされたか分からないではないか」

 だれかの呟きに、テトは頷く。

 この訓練場は見晴らしが良い上きちんと整備されているので、風を可視化するのは、足元の土くらいしかない。

 それもしっかりと踏み固められているので、傍目には透明な巨人が暴れているかのように映る。

 視認できない攻撃は、見えるものとはまた別の怖さがあるのだ。

(それにしても、アセリア、演出家だな)

 実のところはセリアは、他の人間には聞き取れないような小さな声で詠唱し、温度の上下や圧縮、膨張などの指示を、器用にそして細かく綿密に行っていた。

 それらは早口すぎて、そばにいたテトにも全部は聞き取れない。

 その上で、最後の単純な言葉のみ、大きな声で発音していた。

 野次馬達は、ごく単純な魔単語であれほどの大きな効果をもたらしたものだと勘違いしたことだろう。

「……まさか、風魔術にこれほどの力があろうとは」

 その小さな呟きは、しかし集まった者たちの耳にはっきりと届いた。
 王だ。
 王の風魔術を認める発言に誰もが息を飲み、はっと成り行きを見守る。

(よし、このまま行けば、王にアセリアのことを認めさせることが――)

「お待ちください陛下!」

(!?)

「このまま風魔術の認識を改めるというのは早計です」

 突然、第三王子フレンが、大声を上げて割って入った。

 彼はアセリアを見下すような目で睨みつけると、嘲笑するように言う。

「確かに、お前の的当ては見事だったよ。風属性とは思えないほどにな」

 その言葉に、周囲がざわつく。
 フレン王子は、アセリアの実力を認めたのだろうか。

 だが、彼は続けた。

「だが、そんなものは所詮、遊びでしかない。戦場で敵を倒せなければ、何の意味もないのだ」

 フレンは鼻で笑い、アセリアを見下すように言う。

「風で敵を吹き飛ばせるのなら、その力を証明してみせろ。
 そうだな……我が奴隷部隊に相手をさせてやる! そいつらを相手に、お前の力を見せてみろ」

(はあ!? 何言ってんだこいつ)

 その提案に、場が騒然となる。
 まだ幼い王女を戦闘奴隷相手に戦わせるなど、非人道的にすぎる。

「フレン王子、それは少し……」
 側近の一人が、止めるような口調で進言する。

「黙れ! 風属性の力を示すなら、これ以上の証明の場はあるまい」

 フレンは側近を一喝し、再びアセリアに向き直る。

「どうだ、お前の力が本物なら、捕虜の一人や二人、造作もないだろう?」

 フレンは挑発するように、ニヤリと不快な笑みを浮かべた。

 テトは歯噛みした。

(くそ……! あの野郎、アセリアを貶めるためなら、何でもするつもりか……!)

 しかし、ここでフレンの提案を拒めば、風属性への偏見は解けないだろう。
 実戦でこそ真価を発揮すると、アセリアも言っていた。

 アセリアを見やると、彼女は静かに目を閉じ、何かを考えているようだった。
 やがて、彼女はゆっくりと目を開き、フレンを見据えた。

「……分かりました。その戦い、受けて立ちます」

 その言葉に、フレンは満足げに笑む。王子にしてはやけに邪悪な笑みに、テトには見えた。





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