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1章
16. 理解 『そう、まさにそれだ! 飛び出たそれが、”風”だ!』
しおりを挟む『いいか、アセリア。風を知ることで、風魔術に変革を起こすことができると俺は考えている』
俺の言葉に、アセリアは驚いたように瞳を大きくした。
『アセリアの魔術はすごく強力だった。俺という魔力タンクがいれば、大きな技も沢山使えるだろう。だけど、たかがイモリ一匹対峙するのに、毎度森を更地にするわけにはいかない』
「ん……、そうだね」
アセリアは神妙に頷いた。
『そこでだ。魔力の無駄遣いを無くすため、風が発生する仕組みを知り、ロスを無くすという方向性を提案したいってわけさ』
「ん、それはわかった。それで、風ってどうやって発生するの?」
『まあまて、焦るな。アセリアは、風はどうやって生まれると思う?』
「え……、ん……」
『普段、どうやって魔術で風を発生させるイメージをしてる?』
アセリアは少し悩んだ顔をしたあと、近くにあった本を手にとった。
それを両手でがしっと構えて、ぶんぶんと勢いよく振って見せる。
ふわぁさ。ふわぁさ。
柔らかで短い風が、毛並みを撫でる。
「風、出た。これを魔力で、代用する」
これ、と言いながら、アセリアは本を指さした。
うん、一生懸命でうちの子がとても可愛い。じゃなくて。
『なるほど。魔力で空気を押して、風をつくるのか。それはロスが多いのも仕方ない』
「……どの本にも、そうやって風をつくるって書いてあったよ?」
『でも、非効率に俺には思える。そこで、新しい試みを試す。風を押すんじゃなくて、風に自分で動いてもらうって方法だ』
「風に、自分で……?」
アセリアは少し考えたあと、すぐにはっとした。
「自然の風は、押すもののない場所でも、発生してる。だから、その理由を知ることが大切……?」
『そうだ、その通り!』
(やはりアセリアはかしこいな)
少し話すだけで、すぐに理解してくれる。
(ぶっちゃけ俺は一般常識程度の知識しかないけど、アセリアならうまく魔術に昇華してくれる筈だ)
アセリア頼みになるのは少し申し訳ないと思いつつ、テトは続けた。
『いいか、アセリア。風が発生する原因は、ずばり気圧だ』
「……気圧?」
『そう、空気はわかるか?』
「……動いてない風のこと?」
『そう、それでいい。動いてない風を、今から空気って呼ぶから覚えてくれ』
どういうふうに翻訳された言葉が伝わったのか気になるところだが、今問題なのはそこではない。
アセリアが頷くのを待って、テトは続けた。
『まず、俺たちの周りにある空気、これには実は重さがあるんだ』
「え……」
『俺たちがその重さを感じないのは、身体の中の空気が、同じだけの力で押しかえてしてるからだ』
テトはそう言って、アセリアを肉球で押した。
押し返してみろ、と目で合図すると、アセリアは押しあいっこするようにして、テトの前足を押し返してくる。
「……」
『で、気圧とは、この押す力のこと。どれだけぎゅーっと空気が集まってるかどうかを表す言葉だ。たとえば、何かをぎゅうぎゅうに袋につめるところを想像してほしい。詰めようとすればするほど、外に逃げようとする力が高まるだろう?』
「……クッションに羽根を詰めすぎると、中身が飛び出る?」
『そう、まさにそれだ! 飛び出たそれが、”風”だ!』
「!」
アセリアは、はっと気付いたような表情をした。
「……飛び出しがおきるってことは、空気の密度は、場所によって違う……?」
『その通り! 空気はさ、温められると膨張する性質を持つんだ。逆に、冷やされると収縮する。そのせいで密度が変わるんだよ』
温められた空気は密度が低くなり、気圧も低くなる。逆に冷えれば、ぎゅっと収縮して気圧が高くなるというわけだ。
「空気は密度が高いところから低いところへと逃げる。流れ込もうとする。その流れが”風”……」
アセリアは理解を深めるように、ぶつぶつと呟いていた。その瞳には徐々にきらきらとした輝きが灯り、興奮にか、陶器のように白い肌がほんのりと薄紅色に染まっていく。
「なんとなく、分かった気がする」
アセリアはそう言うと、勢いを付けて部屋を飛び出していく。
『アセリア?』
「実際に、確かめる。イメージを固めるのが大切だから」
アセリアはそう言って部屋を出て、館のあちこちから、何やら道具を集め始めた。
やがて城壁の穴にほどちかい、風の庭と呼ばれる朽ち果てた庭園へと集めた道具を持っていく。
どうやら、ここで風の実験をするらしい。
(たしかにここなら、人もこなさそうだし丁度良い)
その行動力に感心しているうちに、アセリアは地面に小さな火をおこしていた。
濁った煙が、ゆっくりと空に昇っている。
アセリアは満足げな顔で出来た焚き火の上に、手をかざしていた。
「火で、風が起きることは皆知ってる。火は風を生み出せる。だから火は、風より上位だって言われてきた。でも、そうじゃない。火は、空気をあたためてるだけ」
興奮を隠しきれないアセリアの声が、風の庭に響く。
「あたたまった空気は、密度が低い。すると、周りから空気が流れ込んでくる。それがぶつかって、逃げ場をなくして、上昇する……!」
アセリアはその言葉と共に、かき集めていた落ち葉をはじめとする投げ放ち、上空へと向かって手をかざした。
「風は――風魔法は、空気を操る魔術。気圧を操り、風を生み出すもの。だから、これだけでいい。
《風よ 昇れ》!』
アセリアは、テトの魔力を一切使わず詠唱した。
瞬間、焚き火の周りの空気が一変した。
ヒュオオオオオオッ――!
(こ、これは……!?)
恐ろしいほどの速度で、周囲の風がアセリアの周囲へと引きこまれる。そして、凄まじい勢いの『風』が上空へと向かって舞い上がる。
風は落ち葉を吸い上げ、枝葉を絡め取り、周囲の木々さえしならせながら、一瞬で雲の上まで上昇した。
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