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1章

10.アセリアの覚醒 「火の側で風魔術を使っちゃいけないのは、子供でも知ってるよ」

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「《風よ、荒々しく渦巻けヴェントゥス・ファクトゥス・スピラリス》」

 アセリアが魔術を放つ。

 詠唱とともに、小さな風が渦を巻いた。

(おお、こ、これは…!)

  木枯らしの強い日なんかに、たまに風の渦が枯れ葉を舞い上げるのを見かけたことがあるだろうか。
 
 アセリアの放った魔術は、あれにそっくりだった。

 しかし竜巻の風力はすぐに衰え、舞い上った木の葉は、傷ひとつないまま、力なく地面に落ちてくる。

「……」

「アセリア様、良い調子です。あともう少し、持続できるようになるといいですね」

「……はい」

 ミント先生は褒めてくれたけれど、アセリアの顔はすっかり虚無だ。

 自分の魔術に絶望していると、その顔にはありありと書かれている。

 先生は宥めるように、そんなアセリアに声をかけている。

「風魔術は他の魔術に比べて習得が難しいですから、焦る必要はありませんよ。
 もう少しコントロールに慣れれば、殿下の魔力量でも十分に威力を発揮できるようになるはずです」

『……風魔術ってむずかしいのか?』

「風は目に見えないから。火とか、水とか、形のある土みたいにイメージの形成がうまくいかない。余分に魔力を消費しがち」

『あー、なるほど』

 だとすれば、魔力の少ないアセリアには相性最悪といってもいい。

 目に見えない。

 それこそ風魔術の強みであり、そして弱みだろう。

(だから花弁を使ったり、葉っぱを用意したりして、一時的に可視化しつつやる必要があるんだな)

『もっと見えやすくすればいいんじゃないか? 風に煙を巻き込むとか』

「火の側で風魔術を使っちゃいけないのは、子供でも知ってるよ」

『あっ……デスよねー』

 スモーク発生装置でもない限り、ファイアーストームの危険性と隣り合わせになってしまう。それはさすがにいただけない。

 ぶつぶつと話し会うテトたちをどう思ったのか、ミント先生はしゃがみ込んでアセリアに目線を合わせて、優しく声をかけてくる。

「アセリア様。風魔術を使いこなすには、人一倍の努力が必要です。想像力を働かせて、風の動きを細かくイメージする訓練が欠かせません」

「……うん」

「頑張りましょうね」

「……はい」

 アセリアは少しやる気を取り戻したのか、ミント先生との授業を再開する。

 テトは大人しく、しばらくの間その授業を眺めていた。

(うーん、なんていうか、マジで非効率だなあ)

 ミント先生は本当のにいい先生だ。

 アセリアが王女だからと妙にへりくだる様子もないし、同じ風属性だからか馬鹿にしたりもしない。 

 しかしながら、風属性の"見えないという欠点"をカバーできるほどの指導力はない様子だ。

(本業は冒険者だって話だし、教師としてノウハウがある訳ではないんだろうな)

 それに何というか、感覚派っぽい。

 「もう少し風の軌道を意識して」なんて言っているが、普通の人間には風の軌道なんて見えない。

 先生はきっと、このあたりの感覚が他人よりも鋭敏なのだろう。

 だからこそ、王宮に召されるほどに、風魔術師として腕が良いのだろうが。

 一方でアセリアは、たぶん理論派だ。

(うーん……)

『えーっとたしか、《風よ、荒々しく渦巻けヴェントゥス・ファクトゥス・スピラリス》……?』

 テトは先ほど耳にした発音を真似て、詠唱してみた。
 すると――

『お、おおっ、これは――』

 瞬間、風はテトの言葉を無視し――、ただ普通に通り過ぎていく。

(え……?)

 何かが間違っていたのか、はたまた他の原因か、何も起こらない。

(って、そうか、もしかして猫のままじゃ古代語を発音できないのでは!?)
 
 何度詠唱をしようとしても、口から出るのはにゃんにゃんにゃにゃんだ。

(このままじゃ、魔術が使えないって!)

「っ……!?」

 内心で絶叫したそのとき、アセリアの小さな背が、ビクッと跳ねた。

「……テト、今なにしたの?」
『え?』

 首をかしげると、アセリアは先生に何かを告げ、テトを抱っこして勢いよく建物の影へと走っていく。

『どうしたんだ、アセリア』

「今、私の中……? 意識の中? みたいなところに、ものすごい量の魔力が流れ込んできた……」

『え? 何それ。……あっ、もしかして俺が詠唱したせい?』

「そうかも……、テトの詠唱が聞こえたときだったし」

 突然大量の魔力を流し込まれたからか、アセリアの頬は上気し、少し息が乱れている。

 興奮しているのがありありと分かる表情からして、彼女の体内できっととんでもないことが起きたのだと予想がついた。

『うーん』

 テトは首を捻った。

 発動しないテトの魔術。
 その代わりに、アセリアに流れ込んだ魔力。

 そこから導かれる答えは、たぶん1つだ。

『なあ、俺たち、って契約者だから、魂がパスで繋がってるよな』

「ん? うん」

『だから、俺が発動する筈だった魔術に使う魔力が、行き場をなくしてアセリアの中に流れ込んだんじゃないかな?』

「……そんなことあるの?」

『うーん、実際起きてるっぽいからなあ』

 テトはぴょんと飛び上がると、アセリアの肩の上に座った。

『せっかくだから、試してみよう。ほら、もう一度俺が魔術を唱えるから、君はその魔力を受け取るイメージを持ってみて』  

「……わかった。やってみる」 
 
 アセリアは、緊張した面持ちで目を閉じた。

 テトは深呼吸をすると、全身に魔力を集中させた。
 
 そして先ほどと同じように魔術を唱える。

『《風よ、荒々しく渦巻けヴェントゥス・ファクトゥス・スピラリス》』

 やはり、何も起きない。
 風はそよそよとながれている。
 
 しかし自分の内側に意識を集中すると、自分の中にある何か――熱い塊のようなせのが、ほんの少し消費される感覚があった。

 同時にびくんとアセリアが身動ぎする。
 そして――

『来たか? ならアセリア、魔術を放て』

「《風よ、荒々しく渦巻けヴェントゥス・ファクトゥス・スピラリス》」

 その瞬間、アセリアの周りで風が激しく渦巻き始めた。

(こ、これは……!!)

 風は次第に勢いを増し、全身で感じられるほどに勢いづいていく。アセリアの髪が巻き上げられ、練習用のローブの裾が大きくはためく。

 テトの毛並みは逆立ち、目に見えない力となって放たれる。

 ばきばきばきっ!

 竜巻となった風の力が目の前にあった木々を襲う。

 あっという間に、木々は根元から折れ、地面に散らばっていった。





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