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1章

09.魔術の教室 「ミント先生は、冒険者だから」

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『アセリア、魔術を覚えるにはどうしたらいい?』
「……ん。それなら――家庭教師の先生に教えてもらうのがいいと思う。明日、先生がくるから」

(なるほど、確かにそれが無難だな)


 翌日――。
 風の宮の鍛練場で待っていると、アセリアの言葉通り、家庭教師の先生がやってきた。
 
「おはようございます、殿下。では、今日の授業を始めましょう」
「はい、先生」
 
 ミント・ラルビア先生は、アセリアと同じく風属性の魔術使らしい。優しげな面立ちの先生だった。淡い金の髪をひとつに結び、黒のローブを身にまとっている。

 因みにアセリアも訓練着だと言ってローブをまとっているので、魔術師共通の、制服のようなものなのかもしれない。

(出来る女って感じだなあ。でも優しそうな先生で良かった)

 王族の家庭教師といえば、余暇を持て余した貴族のご婦人か、未亡人あたりをイメージしていたが、ミント先生はまだ若い。20代だろうが、見ようによっては10代にも見える。
 
『若い先生だな』
 
 思わず呟くと、アセリアがこっそり答えてくれる。
 
「ミント先生は、冒険者だから」

『ほう?』

「いちおう、いくら風属性でも、王族がまったく魔術が使えないのは体裁が悪いってことで、教えてもらってる。けど、貴族に風魔法の先生を務められる人はいない」
 
(ああー。なるほど、そういうことか)
 
 この世界は、風属性が不名誉とされている。
 貴族に生まれた風属性は、きっとアセリアと同じような目に合っているか、隠されているか、あるいは追放の憂き目にでも遭ってしまうのだろう。
 
『……風属性の魔術師自体は、冒険者にはいるんだな?』

「魔物相手なら、風でも、それなりに役にたつから」

『冒険者ってのは魔物と戦うのが仕事?』

「うん」
 
(なるほどなあ)
 
 となると、貴族――騎士が相手にするのは、主に人ということになる。
 つまり風属性は、対人戦においてあまり評価されていないということらしい。

 そんなことを思ううちに、アセリアがミント先生に話しかける。

「先生、今日は魔術理論の復習がしたいです」
「……復習ですか? 殿下は優秀ですから、私がお役に立てるかどうか……。城にあった魔術書も全て、読破してしまったのでしょう?」

(おお、まじか。もしかしてアセリアって天才?)

 そういえば部屋には沢山の書物があった。
 中は見ていないが、あれら全てが魔術書だとしたら、相当な量には違いない。

「私じゃなくて、この子に教えてください」

 アセリアはそう言って、テトを抱っこする。

「この……猫に、ですか?」
「猫に教えるつもりで、優しく」
「はあ……」

 ミント先生は明らかに困惑していた。それはそうだろう。誰だって猫に教えろと言われればそういう顔になる。

(いやアセリア、そこは何かうまく誤魔化す方法あったんじゃ)

「……つまり、簡単に説明をしろということですか?」
「ん、それでいいです」

「わかりました。殿下ほど知識が豊富でありながらも、基本をしっかりおさらいなさるその心構えは賞賛に値します」

 ミント先生は何とか気持ちを切り替えたらしい。
 咳払いをすると、しっかりとテトを見ながら講義を始めた。うん、いい人だ。

「まず、魔術は魔術言語を用いて発動します。《属性の指定》+《行動の指定》+《詳細の指定》という形で詠唱を組み立てます。
魔力は威力に直結し、技術は詳細の指定に起因します」

「にゃーん(へえ、案外単純な構造なんだな)」

「……殿下は、魔力は少ないですが、詳細の指定――つまり、魔術語の語彙と理解力においては、既に大人の魔術師にひけをとりません。
いえ、超えているといってもいいでしょう。
ですから、詳細の指定を、殿下の強みにしていくのが良いですね」

「にゃにゃーん!(おおっ、それはすごい)」

「……た、たとえば、風は、《ヴェントゥス》です。行動を指定し《~となれファクトゥス》、詳細を指示する《軽やかに舞うヴォルタ》」

 説明ののち、先生は手にしていた小さなポシェットを開き、詠唱した。

「――《風よヴェントゥス 軽やかに舞えファクトゥス・ヴォルタ》」

 すると、先生の周りを小さな風の渦が舞い始め、ポシェットの中にはいっていた花弁をふわりと舞い上げる。 

 花弁は風にのって、踊るように先生の周りをふわふわと漂った。

「にゃにゃっ(おおっ、すげー!)」

 感動するテトに、ミント先生はふっと笑う。

 しかしすぐに自分は何をしているのだとでも言いたげな、我に返った顔になった。

「……あの、殿下。これで宜しいですか?」

「にゃーん(基本は何となくわかったよ。あとはもうちょっと実践が見たいかな。強めのやつ)」

 アセリアはすぐに、テトの言葉を先生に伝えてくれた。

「先生、他の術も見せてください。攻撃系で」

「では、私だけでなくアセリア様も一緒にやりましょう」

「……私はいいです」

「そうおっしゃらずに」

 アセリアは途端、自信なさげな顔になった。

 しかし結局、先生に促され、しぶしぶといったようにテトから少し距離を取る。
 
 それから、辺りの葉っぱを幾つか千切って空に投げた。

「《風よ、荒々しく渦巻けヴェントゥス・ファクトゥス・スピラリス》」

 アセリアが魔術を放つ。

 詠唱とともに、風が渦を巻いた。








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