上 下
8 / 24
1章

07.冒険の理由 「……家族?」

しおりを挟む
 兄であり、第一王子アーサーの背中が完全に見えなくなった後――

「テト、一緒に来て。母上に紹介するよ」

 そう言うとアセリアは、何ごともなかったかのように笑って、テトをつれて、風の宮と呼ばれる建物へと入っていった。

 アセリアたちはこの宮で、暮らしているらしい。
 
(……ここ、本当に王女が住む宮なのか?)

 そこは、王族の住処とは思えないほど、華やかさに欠けていた。

 清潔感こそあるものの、部屋には必要最低限の物しか置かれていない。
 
 絵画や豪奢な調度品、装飾の施された見事な家具といったいかにもそれらしいものさえ一切なく、ただ広いだけの館はどこか寂しげな雰囲気が漂っている。

(これがアセリアのお母さんの趣味っていうならいいんだけど……)

 何となく、いやな予感が止まらない。

 アセリアの話では、母リシアは長らく病を患い、病床についているという。

「母上、アセリアです。入ってもよろしいですか?」

 アセリアは部屋の前で立ち止まり、そっと扉をノックした。少しの間があった後、控えていたらしい侍女が中から扉を開く。

(随分と質素だな)

 王妃の部屋だろうに、ここも廊下と同じく最低限の家具が設えられているだけだった。

 窓際に置かれた天蓋のかかったベッドだけが、唯一豪奢と言えば豪奢だろうか。微細な彫刻の施された装飾は見事だったが、所々塗料が剥げ、随分と年期が入っているのがわかる。

 家主の好みというわけではなく、造り付けの家具をそのまま使っているような印象だ。

「母上、起きていて大丈夫なのですか?」

 天蓋の向こうでは、儚げな美しさを湛えた女性が半身を起こし、ぼんやりと空を見ていた。

(っ……!)

 その余りの美しさに、息をするのも忘れてテトは彼女――リシアを見つめる。
 
 アセリアをそのまま大人にしたような容姿の美女だ。
 髪は同じ銀の髪。瞳の色は違っていて、深い琥珀のような色合いをしている。

(アセリアの母上だからそんな気はしてたけど、いやはや凄いな……)

 見ているだけで、少し胸がどきどきしてしまう。

 その美貌に病による陰りがなければ、きっと、直視もできなかっただろう。

「母上、起きていてよろしいのですか?」

 アセリアは優しく呼びかけながら、母の手を取った。

「……アセリア?」

 瞬間、それまでぼんやりしていた、彼女の瞳に光が灯った。

 碧眼の双眸が輝く様は、先ほどよりもいっそう彼女を魅力的に見せている。

「ごめんなさい、私またぼんやりとしていたわ」

「ううん、今日は少し体調が良さそうでよかったです」

「ふふ、あなたの顔をみると、いつでも元気になれるわ」

 リシアは微笑みながら、アセリアの小さな身体をそっと抱きしめる。

「アセリア、私の小さな王女様。今日はどんな冒険をしていたの? マーサがとっても困っていたわよ」

「マーサったら……。母上に言いつけたのですか?」

「いいえ、マーサは私に心配をかけるようなことはしないわ。でも、何度か私の部屋まで探しに来たから、そんな気がしていたの。『ああまた、私のいたずら王女が部屋を抜け出したのね』って」

 くすくすと笑いながらリシアにそう言われたアセリアは、少し唇をとがらせてそっぽを向く。
 そうしていると子供らしくて、なんだかかわいらしい。

「どこへ行ってもいいけれど、この風の宮からは出てはいけませんよ」
「うん、もちろんだよ母上。母上に心配かけるようなことはしないよ」

 アセリアは母の胸にそっと顔を埋め、表情を隠すようにする。

 母の胸に隠れたその顔は、嘘をついている罪悪感か、すこしばかりばつが悪そうだ。

(まあ、城を抜け出して魔の森の奥まで行ってたなんて言ったらひっくりかえるわな)

 尻尾でそっと、アセリアの背を撫でてやる。

「あら? アセリア、その子は?」

 リシアがそんなテトに気付いて、小さな猫の顔を覗き込む。
 アセリアは嬉しそうに笑って、テトの頭を撫でた。
 
「母上、この子はテトです。新しい私の家族です」
「……家族?」

 リシアはテトをじっと見つめる。その視線に一瞬、見定めるような鋭さが混じり、テトは身体をこわばらせる。

「に、にゃ、んにゃーん、うにゃん!(俺は敵ではありません。しっかりアセリアを守ります。ええ、命の恩人ですから!)」

 言葉は通じていないだろうが、思いは通じたらしい。リシアは一生懸命に鳴くテトに、ふふっと微笑みを浮かべた。

「あなだか動物を連れてくるなんて、初めてのことね。誰かを傍に置くことの意味を、ちゃんと分かっている?」
「はい、もちろんです。母上。テトとはずっと一緒です」

 アセリアの答えに満足したのか、リシアは満足そうに微笑んだ。

「わかったわ、アセリア。あなたが彼と一緒にいることを認めます」

 そして、テトへと視線を向けるとそっと掌を差し出した。

「小さな猫さん。アセリアと一緒にいてくれてありがとう。これからもずっと、傍にいてくれるとうれしいわ」
「にゃーん!(もちろんです、リシア様!)」

 お座りをしてぴしっと背筋を延ばしたテトに、リシアは見惚れるほど鮮やかに笑った。
「……私の小さな王女様は、いつの間にかこんなに立派に成長していたのね」

 リシアは微笑み、そっとアセリアの頬に手を添える。その手は痩せ細り、青白かった。

「嬉しいわ。これからは、あなたが見つけた新たな絆を大切になさい。そして、二人で支え合って生きていくのよ」

 リシアは、まるで願うように、祈るように言葉を紡ぐ。

「アセリア、私の宝物。いつまでも愛しているわ」

 そうして最後にアセリアをぎゅっと抱き締めた後、リシアは糸がきれたようにふっと力を失い、眠りへと落ちていった。

 よくあることなのか、アセリアも侍女も驚きもせず、力尽きたリシアの寝具を整えてやっている。

 やがてアセリアは、リシアの頬にキスをすると、侍女に挨拶して部屋を出た。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

魔境暮らしの転生予言者 ~開発に携わったゲーム世界に転生した俺、前世の知識で災いを先読みしていたら「奇跡の予言者」として英雄扱いをうける~

鈴木竜一
ファンタジー
「前世の知識で楽しく暮らそう! ……えっ? 俺が予言者? 千里眼?」  未来を見通す千里眼を持つエルカ・マクフェイルはその能力を生かして国の発展のため、長きにわたり尽力してきた。その成果は人々に認められ、エルカは「奇跡の予言者」として絶大な支持を得ることになる。だが、ある日突然、エルカは聖女カタリナから神託により追放すると告げられてしまう。それは王家をこえるほどの支持を得始めたエルカの存在を危険視する王国側の陰謀であった。  国から追いだされたエルカだったが、その心は浮かれていた。実は彼の持つ予言の力の正体は前世の記憶であった。この世界の元ネタになっているゲームの開発メンバーだった頃の記憶がよみがえったことで、これから起こる出来事=イベントが分かり、それによって生じる被害を最小限に抑える方法を伝えていたのである。  追放先である魔境には強大なモンスターも生息しているが、同時にとんでもないお宝アイテムが眠っている場所でもあった。それを知るエルカはアイテムを回収しつつ、知性のあるモンスターたちと友好関係を築いてのんびりとした生活を送ろうと思っていたのだが、なんと彼の追放を受け入れられない王国の有力者たちが続々と魔境へとやってきて――果たして、エルカは自身が望むようなのんびりスローライフを送れるのか!?

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

処理中です...