上 下
4 / 24
1章

3.王女と名付け 「なら君は、私を見捨てたりしないよね?」

しおりを挟む
(今は、元人間だなんて伝えないほうがいい気がする)

 猫は少女の顔を、尻尾でふさぁと撫でた。

「ふふっ、くすぐったいよ」

 アセリアは花が綻ぶように笑う。

(色々と黙っている詫びだ。せめてこの少女が笑っていられるように、手を貸そう)

(まあ、今の俺に何が出来るのかわかんないけど)

 前世では、魔術や魔力といったものは、おとぎ話の中の物語でしかなかった。だからこの世界でうまくやれるかどうか正直まだ分からない。

(星霊って、何が出来るんだろう。まずはこそから確かめないと。……っと、その前に)

 猫はそのまだ細く小さな肩の上で、居住まいを正した。

『アセリア、よければ俺に名前をつけてくれないか?』
「え、いいの?」
『ああ。君に頼みたい』

 前世の名は残念ながら覚えていない。
 どちらにせよ、この世界で生きるなら、この世界の名がいいだろう。

「……わかった、それじゃあ、テトはどう? 獅子の姿の、神様の名前だよ」
『獅子と猫じゃ、随分と違う気がするが……というか、神の名なんて恐れ多くないか?』

「そんなことないよ、私だって神様の名前をもらってる。テトは、プタハのパートナーで、幸運をもたらしてくれる存在なんだ」
『なるほど、確かにぴったりだな』

 テトは伸びをして、そのまだ丸く柔らかみの残る頬に頬ずりした。

『では、獅子のように、アセリアを守ろう』
「私もテトを守ってあげるね」

 アセリアは、花がほころぶように笑う。相変わらずその笑みは、少女だと分かっていても思わず見惚れるほど可愛らしかった。

「ねえテト、……私たち契約したし、もう家族だよね?」

 ふいに、アセリアが呟く。その声には、ほんの少し不安そうな響きが混ざり込んでいる。

『ん? そうだな、ある意味もう家族のようなものかもしれないな』
「なら君は、私を見捨てたりしないよね?」
『……アセリア?』

 不穏な響きに、テトは思わずアセリアを見る。

 少しうつむきがちなその顔からは上手く表情を読み取ることができなかった。

 けれど、強気なその口調とは裏腹に、アセリアの心が何かに怯えていることがはっきりと感じ取れた。

『当たり前だろ。それが契約ってもんじゃないか』

 当たり前、なんて知らないけれど自然とそんな言葉が口をついて出る。

 果たしてそれは正解だったらしい。

 やっとこちらを見た幼子の目は、喜びに満ち、その陶器のような頬は興奮で薄紅に染まっていた。

「そうだね。うん、契約だもんね」

 アセリアはすぐに、喜色あふれたその顔を隠し、表情を取り繕う。

 そんなことをしても、この少女が思わずスキップでもしたくなる程に浮かれていることは、契約者であるテトには分かる訳だが。

(一体、この子はなにを抱えているんだろうな)

 表向きの感情の隠し方が余りに早く、見事で、そんな風に手慣れてしまった理由が気にかかる。

(まあ、何があったとしても、俺がこの子を守ってやればいい話か。俺が契約者なんだし)

 もはやすっかり気分は保護者だ。

 まあ、前世はそれなりに年を食っていた気がするし、
 なんだか、アセリアが健やかな成長を遂げるまで見守ることこそ、この世に生まれた使命のような気がする。

「じゃあテト。そろそろ、城に戻ろうか。あまり長居をすると、心配させてしまうかもしれないから」
『ああ、わかった。……って、城!?」

 余りにも自然に飛び出した単語に、驚きが少し遅れてやってくる。

『アセリア……君って王族かなにかなのかい?』
「うん、いちおう第三王女だよ」

 おそるおそる問いかけたテトに、アセリアはこともなげに肯定する。

 正直、やけに長い名前を聞いたときから良いところのお坊ちゃんじゃないかとは思っていた。

 衣服の仕立ても良さそうだし、なによりテトの知っている子供にない気品がある。

(けど、まさかの王女とはね。……ん? ということは俺、王族の飼い猫になるのか)

 まさに勝ち組。猫らしい優雅な食っちゃ寝生活が送れそうな予感に、胸が躍る。




 しかしこのときのテトはまだ、知らなかった。
 
 これからこの少女アセリアがどのような運命を辿るのか。
 それに伴い、テト自身にどんな運命が待ち受けているのかすらも。


 人生――否、猫生、なにがあるか、分からないのである。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

成長チートと全能神

ハーフ
ファンタジー
居眠り運転の車から20人の命を救った主人公,神代弘樹は実は全能神と魂が一緒だった。人々の命を救った彼は全能神の弟の全智神に成長チートをもらって伯爵の3男として転生する。成長チートと努力と知識と加護で最速で進化し無双する。 戦い、商業、政治、全てで彼は無双する!! ____________________________ 質問、誤字脱字など感想で教えてくださると嬉しいです。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

髪の色は愛の証 〜白髪少年愛される〜

あめ
ファンタジー
髪の色がとてもカラフルな世界。 そんな世界に唯一現れた白髪の少年。 その少年とは神様に転生させられた日本人だった。 その少年が“髪の色=愛の証”とされる世界で愛を知らぬ者として、可愛がられ愛される話。 ⚠第1章の主人公は、2歳なのでめっちゃ拙い発音です。滑舌死んでます。 ⚠愛されるだけではなく、ちょっと可哀想なお話もあります。

異世界転生!俺はここで生きていく

おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。 同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。 今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。 だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。 意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった! 魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。 俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。 それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ! 小説家になろうでも投稿しています。 メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。 宜しくお願いします。

魔境暮らしの転生予言者 ~開発に携わったゲーム世界に転生した俺、前世の知識で災いを先読みしていたら「奇跡の予言者」として英雄扱いをうける~

鈴木竜一
ファンタジー
「前世の知識で楽しく暮らそう! ……えっ? 俺が予言者? 千里眼?」  未来を見通す千里眼を持つエルカ・マクフェイルはその能力を生かして国の発展のため、長きにわたり尽力してきた。その成果は人々に認められ、エルカは「奇跡の予言者」として絶大な支持を得ることになる。だが、ある日突然、エルカは聖女カタリナから神託により追放すると告げられてしまう。それは王家をこえるほどの支持を得始めたエルカの存在を危険視する王国側の陰謀であった。  国から追いだされたエルカだったが、その心は浮かれていた。実は彼の持つ予言の力の正体は前世の記憶であった。この世界の元ネタになっているゲームの開発メンバーだった頃の記憶がよみがえったことで、これから起こる出来事=イベントが分かり、それによって生じる被害を最小限に抑える方法を伝えていたのである。  追放先である魔境には強大なモンスターも生息しているが、同時にとんでもないお宝アイテムが眠っている場所でもあった。それを知るエルカはアイテムを回収しつつ、知性のあるモンスターたちと友好関係を築いてのんびりとした生活を送ろうと思っていたのだが、なんと彼の追放を受け入れられない王国の有力者たちが続々と魔境へとやってきて――果たして、エルカは自身が望むようなのんびりスローライフを送れるのか!?

異世界のんびり冒険日記

リリィ903
ファンタジー
牧野伸晃(マキノ ノブアキ)は30歳童貞のサラリーマン。 精神を病んでしまい、会社を休職して病院に通いながら日々を過ごしていた。 とある晴れた日、気分転換にと外に出て自宅近くのコンビニに寄った帰りに雷に撃たれて… ================================ 初投稿です! 最近、異世界転生モノにはまってるので自分で書いてみようと思いました。 皆さん、どうか暖かく見守ってくださいm(._.)m 感想もお待ちしております!

処理中です...