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1章
1.契約と猫 「もふもふ……もふもふ、可愛い……」
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声になってもいない筈なのに、なぜかその声は、少女に届いたらしい。
びくりとその華奢な肩が震える。
「契約……? 契約をすればいいの?」
『そうだ。契約し、器を与えてほしい。そうすれば存在が安定して、俺はこの世界に留まることができる』
――と、思う。多分。
頼りなげな根拠のない言葉。彼自身も戸惑いを隠せなかったが、しかし少女は、ひと筋の希望にすがるかのように、その瞳に覚悟の色を乗せた。
「わかった! 私でいいなら、契約して」
『名を……』
「私はアセリア。アセリア・ファイストス=プタハ・ユピテル」
長い名前だ。そう思った刹那、何かが繋がる感覚が全身をかけぬけ、同時に先ほどまでの痛みが、嘘のように消え去る。
(え……)
先ほどまでは感じていなかった身体の"重み"や“匂い”。
そしてこの世界というものを、肌で感じる。
(お、お、おおおおっ。すごい、なんだかわからないが助かった! これでようやく、まともに生きられる)
『ありがとう! 君のおかげで助かったよ。えっと、アセリアだっけ?』
そう呼びかけると、アセリア少女は目を丸くして、こちらを凝視していた。
まるで時でも止まったかのように、固まったままじっとこちらを見続けている。
『おーい、アセリア? えっと……アセリアが駄目なら、なんだっけ、ファピ? えっと……』
「……アセリアでいいよ。猫さん」
やがてアセリアは、息を吹き返したように、その薄桃色の唇で声を紡いだ。
『ああ、よかった。ありがとうアセリア……って、猫?』
膝をつきこちらへと手を伸ばしてこようとするアセリアを見上げる。
アセリアは微笑みながらそっと、伸ばした手で首筋をそっと撫でてきた。
そんな仕草でさえ優雅であり、上品さを感じさせることができるのだとうっとりと思っていると――
『ん? ん、んん?』
得も言われぬ心地よさが、触れられた部分から溢れてくる。
『あっ、ちょっ、そこ、にぁふぁっ!?』
「ふふ、気持ちいい?」
抵抗もままならずされるがままでいると、アセリアは零れんばかりの笑みを浮かべた。
そしてとうとう両手でわしゃわしゃもふもやと、彼の立派な毛並みをなで回し始める。
『ちょ、まっ、あふんっ、うにゃん! うにゃにゃにゃううううん』
「あは、もふもふ……もふもふ、可愛い……」
『ちょっ、ちょっと待てアセリア、ストップ! 本当に止まって、お願い!』
必死になって懇願すると、ようやくその手が止まる。
「……ちっ」
(えっ、何!? 今舌打ちした? 天使が!?)
驚愕に慄く彼の目の前で、アセリアはがらりと表情を変える。
「……ごめんなさい。私、ずっとこうやって猫に触れるのが夢で……。それでつい……」
うるうると瞳を潤ませ申し訳なさげにする様は、まさに儚げな天使のようである。
しかしその変わり身の早さから察するに、なかなかに、したたかな心根を持っているような気がしなくもない。
『あー……いや、その、別に嫌というわけではないんだが。少し、現状が理解できていなくてだね』
ごくり、と唾を飲み込んで尋ねる。
『その……俺は今、猫の姿をしているのか?』
アセリアは天使もかくやという仕草で不思議そうに首を傾け、それから彼の前脚の下へ手を差し入れてそっと抱き上げた。
「うん、君は猫だよ。ふわふわの」
『……そうか、ふわふわの猫か』
いまいち信じられないが、こうして少女の腕に抱き上げられている上、彼の翡翠色の瞳にも、猫らしき動物が映り込んでいるように、確かに見える。
(いや、せめて鏡とかないのか)
周囲を見渡したが当然森の中では鏡代わりになるようなものはない。
「猫さん、実体を持ったの初めて?」
すると彼の気持ちを察したのか、アセリアが、少し待ってねとつぶやき、何処かへと歩き出す。
『実体……ううん、そうだとも言えるし、そうでもないとも言えるような』
「ふふ、何それ」
アセリアは、おかしそうにくすくすと笑う。
そのことに少しほっとしていると、アセリアは落ち着いた様子で道なき道を進んでいった。
やがて視界が開け、目の前に湖が広がる。
(おお……!)
美しく澄んだ湖だった。
湧き水が豊かなのか、遠目からでも湖面が澄んでいるのがわかる。
アセリアは、自分を腕に抱いたまま、そっとそんな湖の水面を覗き込むようにした。
果たして、そこに映っていたのは――
まどうことなき美少女と、ふわふわの毛並みの大型猫だった。
びくりとその華奢な肩が震える。
「契約……? 契約をすればいいの?」
『そうだ。契約し、器を与えてほしい。そうすれば存在が安定して、俺はこの世界に留まることができる』
――と、思う。多分。
頼りなげな根拠のない言葉。彼自身も戸惑いを隠せなかったが、しかし少女は、ひと筋の希望にすがるかのように、その瞳に覚悟の色を乗せた。
「わかった! 私でいいなら、契約して」
『名を……』
「私はアセリア。アセリア・ファイストス=プタハ・ユピテル」
長い名前だ。そう思った刹那、何かが繋がる感覚が全身をかけぬけ、同時に先ほどまでの痛みが、嘘のように消え去る。
(え……)
先ほどまでは感じていなかった身体の"重み"や“匂い”。
そしてこの世界というものを、肌で感じる。
(お、お、おおおおっ。すごい、なんだかわからないが助かった! これでようやく、まともに生きられる)
『ありがとう! 君のおかげで助かったよ。えっと、アセリアだっけ?』
そう呼びかけると、アセリア少女は目を丸くして、こちらを凝視していた。
まるで時でも止まったかのように、固まったままじっとこちらを見続けている。
『おーい、アセリア? えっと……アセリアが駄目なら、なんだっけ、ファピ? えっと……』
「……アセリアでいいよ。猫さん」
やがてアセリアは、息を吹き返したように、その薄桃色の唇で声を紡いだ。
『ああ、よかった。ありがとうアセリア……って、猫?』
膝をつきこちらへと手を伸ばしてこようとするアセリアを見上げる。
アセリアは微笑みながらそっと、伸ばした手で首筋をそっと撫でてきた。
そんな仕草でさえ優雅であり、上品さを感じさせることができるのだとうっとりと思っていると――
『ん? ん、んん?』
得も言われぬ心地よさが、触れられた部分から溢れてくる。
『あっ、ちょっ、そこ、にぁふぁっ!?』
「ふふ、気持ちいい?」
抵抗もままならずされるがままでいると、アセリアは零れんばかりの笑みを浮かべた。
そしてとうとう両手でわしゃわしゃもふもやと、彼の立派な毛並みをなで回し始める。
『ちょ、まっ、あふんっ、うにゃん! うにゃにゃにゃううううん』
「あは、もふもふ……もふもふ、可愛い……」
『ちょっ、ちょっと待てアセリア、ストップ! 本当に止まって、お願い!』
必死になって懇願すると、ようやくその手が止まる。
「……ちっ」
(えっ、何!? 今舌打ちした? 天使が!?)
驚愕に慄く彼の目の前で、アセリアはがらりと表情を変える。
「……ごめんなさい。私、ずっとこうやって猫に触れるのが夢で……。それでつい……」
うるうると瞳を潤ませ申し訳なさげにする様は、まさに儚げな天使のようである。
しかしその変わり身の早さから察するに、なかなかに、したたかな心根を持っているような気がしなくもない。
『あー……いや、その、別に嫌というわけではないんだが。少し、現状が理解できていなくてだね』
ごくり、と唾を飲み込んで尋ねる。
『その……俺は今、猫の姿をしているのか?』
アセリアは天使もかくやという仕草で不思議そうに首を傾け、それから彼の前脚の下へ手を差し入れてそっと抱き上げた。
「うん、君は猫だよ。ふわふわの」
『……そうか、ふわふわの猫か』
いまいち信じられないが、こうして少女の腕に抱き上げられている上、彼の翡翠色の瞳にも、猫らしき動物が映り込んでいるように、確かに見える。
(いや、せめて鏡とかないのか)
周囲を見渡したが当然森の中では鏡代わりになるようなものはない。
「猫さん、実体を持ったの初めて?」
すると彼の気持ちを察したのか、アセリアが、少し待ってねとつぶやき、何処かへと歩き出す。
『実体……ううん、そうだとも言えるし、そうでもないとも言えるような』
「ふふ、何それ」
アセリアは、おかしそうにくすくすと笑う。
そのことに少しほっとしていると、アセリアは落ち着いた様子で道なき道を進んでいった。
やがて視界が開け、目の前に湖が広がる。
(おお……!)
美しく澄んだ湖だった。
湧き水が豊かなのか、遠目からでも湖面が澄んでいるのがわかる。
アセリアは、自分を腕に抱いたまま、そっとそんな湖の水面を覗き込むようにした。
果たして、そこに映っていたのは――
まどうことなき美少女と、ふわふわの毛並みの大型猫だった。
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