36 / 46
第36話 東條先生の静かな攻撃を受ける校長の奥さん
しおりを挟む
「突然お邪魔してすみません、私は東條、こちらは松田さくらさん。現在行方不明になっている松田智子さんの娘さんです」
玄関先で、東條先生に紹介された娘さんが小さくお辞儀をした。
私は四年前にこの娘さんと会っているはずなのだが、やはり時が経って容姿が変わったからか、初めて会うような気がした。
「どうぞお上がりください……その後、お母様の方はなにか手ががりが見つかりましたか?」
私は二人をリビングのソファへと案内しながら言った。
その声が、どこか白白しく聞こえるのは気のせいか。
「どうぞ」
この二人は、今さら私になにを言うことがあるのだろう?
あれから、もう四年になる。
テレビも新聞も、もうどこのメディアもこの子のお母さんの事を取り上げていないのに。
私は二人に温かな紅茶を差し出し、向かい合う位置のソファに浅く腰掛けた。
気の毒だとは思っている。
失踪の理由も生死もわからずにいて。
だが、時が過ぎるのは止めようがない。
周りは勝手に新入生だの新社会人だので、毎年溢れかえるのだ。
「今日こちらに伺ったのは、この件に少し進展がみられたからなんです」
「進展? まあ、それは良かった」
良かったと言いつつ、私の胸は東條先生の言葉にどきっとしていた。
いったい、なにが……今さらなにが見つかったというのだろう?
「こちらを見てください」
そう言いながら東條先生がバッグから取り出したのは、かつて私も配っていた尋ね人のチラシだった。
東條先生はその中の一点を指さした。
それは、ペンギンを模したキャラクターの持ち手が特徴的な、水色の長傘だ。
「この傘に似ているものを見かけたという情報が入ったんですよ」
そう言いながらスマートフォンを操作し、東條先生はその画面を私に見せてくる。
「確かに、そっくりですね」
画面に映し出されていたのは、東條先生の言う通りだった。
否定する要素がどこにも見当たらない程にそっくりな、ペンギンを模したキャラクターの持ち手。
「これは……いったいどこで、誰が撮影したものなんですか?」
「この画像は匿名で寄せられたものなんですが、場所はA高校付近の廃棄ステーションだそうです。ただ、時期が去年の七月なので、もう現物はないと思いますが」
「そうなんですか……でも、こんな時期にお母さんの傘が捨てられているなんておかしな話ですよね……他の誰かの物の可能性の方が高いんじゃないですか?」
私は心中でほっと安堵の息を吐いた。
「私、嬉しいんです」
若々しく可愛らしい声が、東條先生の隣から響いた。
「お母さんがいなくなっちゃったこと、皆、忘れてしまっただろうなって思ってたから」
「そんなこと……」
胸がズキズキと痛んだ。
私はさくらさんを直視できなくて、冷めた紅茶が揺れるカップを手に取った。
「私たちは、お母さんのことを忘れてなんていませんよ、諦めないでくださいね」
私は紅茶を飲み干してから、なんとかさくらさんを見た。
そのまっすぐな瞳が、戸惑っている私の心に圧をかける。
そのまま視線を外すと、彼女の膝の上で光るなにかが目に入った。
「そのキーホルダー……」
私は知らぬ間に呟いていた。
聞いてしまうの、それを? やめておいた方がいいわ……
問うことを止める自分を、私は遮った。
もう、無理だ。
さくらさんの前で……母を待つ娘さんの前で、私は平常心でいられるはずがない。
そのキーホルダーには見覚えがあった。
クローゼットの中に押し込んである、あの黒いビニール袋の中で、だ。
「これ、母の手作りなんです……あまり上手じゃないんですけどね」
さくらさんは少し照れながら、それを近くで見せてくれた。
間違いない。少し歪んでいるところまでも同じだ。
「このキーホルダー……お母さんとお揃いで持っていたのかしら?」
乾いた声が、どこか他人が喋っているもののように聞こえてくる。
「はい。母も同じものを持っていました」
「こちらの情報は、現在はインターネット上から削除されていますが……」
東條先生が、再びバッグから紙を一枚取り出した。
A四サイズの折りたたまれた紙が広げられ、私は息を止めた。
「彼女の住んでいる防犯カメラに映っていた、ある女性の特徴です。マンションの住人ではないですし、智子さんが行方不明になった日にしかカメラに映っていませんでした。もしかしたら、この方が智子さんなのかもしれません」
背の半ばまである、ストレートのロングヘアー。ロング丈の黒いワンピース、黒縁の丸いレンズの眼鏡。
紙に印刷された女性の特徴が目に入った瞬間に、あの黒いビニール袋の中身がフラッシュバックした。
長くて艶々している、真っ直ぐな髪の毛……ウィッグと、女性物のバッグにスマートフォン、黒縁の丸いレンズの眼鏡、ローヒールの靴、ロング丈のワンピース……
「大丈夫ですか、奥様? 顔色が真っ青です……私たち、これで失礼しますから、どうぞ横になっておやすみください」
動けなくなった私に、東條先生が言う。
この先生は、私の態度からなにかを感じただろうか……いや、もしかしたらすべてを知っていて……あの写真もこの人が?
私は慌ただしく去っていく二人を見送ることもできず、ただぼんやりと宙を見つめ続けたのだった。
玄関先で、東條先生に紹介された娘さんが小さくお辞儀をした。
私は四年前にこの娘さんと会っているはずなのだが、やはり時が経って容姿が変わったからか、初めて会うような気がした。
「どうぞお上がりください……その後、お母様の方はなにか手ががりが見つかりましたか?」
私は二人をリビングのソファへと案内しながら言った。
その声が、どこか白白しく聞こえるのは気のせいか。
「どうぞ」
この二人は、今さら私になにを言うことがあるのだろう?
あれから、もう四年になる。
テレビも新聞も、もうどこのメディアもこの子のお母さんの事を取り上げていないのに。
私は二人に温かな紅茶を差し出し、向かい合う位置のソファに浅く腰掛けた。
気の毒だとは思っている。
失踪の理由も生死もわからずにいて。
だが、時が過ぎるのは止めようがない。
周りは勝手に新入生だの新社会人だので、毎年溢れかえるのだ。
「今日こちらに伺ったのは、この件に少し進展がみられたからなんです」
「進展? まあ、それは良かった」
良かったと言いつつ、私の胸は東條先生の言葉にどきっとしていた。
いったい、なにが……今さらなにが見つかったというのだろう?
「こちらを見てください」
そう言いながら東條先生がバッグから取り出したのは、かつて私も配っていた尋ね人のチラシだった。
東條先生はその中の一点を指さした。
それは、ペンギンを模したキャラクターの持ち手が特徴的な、水色の長傘だ。
「この傘に似ているものを見かけたという情報が入ったんですよ」
そう言いながらスマートフォンを操作し、東條先生はその画面を私に見せてくる。
「確かに、そっくりですね」
画面に映し出されていたのは、東條先生の言う通りだった。
否定する要素がどこにも見当たらない程にそっくりな、ペンギンを模したキャラクターの持ち手。
「これは……いったいどこで、誰が撮影したものなんですか?」
「この画像は匿名で寄せられたものなんですが、場所はA高校付近の廃棄ステーションだそうです。ただ、時期が去年の七月なので、もう現物はないと思いますが」
「そうなんですか……でも、こんな時期にお母さんの傘が捨てられているなんておかしな話ですよね……他の誰かの物の可能性の方が高いんじゃないですか?」
私は心中でほっと安堵の息を吐いた。
「私、嬉しいんです」
若々しく可愛らしい声が、東條先生の隣から響いた。
「お母さんがいなくなっちゃったこと、皆、忘れてしまっただろうなって思ってたから」
「そんなこと……」
胸がズキズキと痛んだ。
私はさくらさんを直視できなくて、冷めた紅茶が揺れるカップを手に取った。
「私たちは、お母さんのことを忘れてなんていませんよ、諦めないでくださいね」
私は紅茶を飲み干してから、なんとかさくらさんを見た。
そのまっすぐな瞳が、戸惑っている私の心に圧をかける。
そのまま視線を外すと、彼女の膝の上で光るなにかが目に入った。
「そのキーホルダー……」
私は知らぬ間に呟いていた。
聞いてしまうの、それを? やめておいた方がいいわ……
問うことを止める自分を、私は遮った。
もう、無理だ。
さくらさんの前で……母を待つ娘さんの前で、私は平常心でいられるはずがない。
そのキーホルダーには見覚えがあった。
クローゼットの中に押し込んである、あの黒いビニール袋の中で、だ。
「これ、母の手作りなんです……あまり上手じゃないんですけどね」
さくらさんは少し照れながら、それを近くで見せてくれた。
間違いない。少し歪んでいるところまでも同じだ。
「このキーホルダー……お母さんとお揃いで持っていたのかしら?」
乾いた声が、どこか他人が喋っているもののように聞こえてくる。
「はい。母も同じものを持っていました」
「こちらの情報は、現在はインターネット上から削除されていますが……」
東條先生が、再びバッグから紙を一枚取り出した。
A四サイズの折りたたまれた紙が広げられ、私は息を止めた。
「彼女の住んでいる防犯カメラに映っていた、ある女性の特徴です。マンションの住人ではないですし、智子さんが行方不明になった日にしかカメラに映っていませんでした。もしかしたら、この方が智子さんなのかもしれません」
背の半ばまである、ストレートのロングヘアー。ロング丈の黒いワンピース、黒縁の丸いレンズの眼鏡。
紙に印刷された女性の特徴が目に入った瞬間に、あの黒いビニール袋の中身がフラッシュバックした。
長くて艶々している、真っ直ぐな髪の毛……ウィッグと、女性物のバッグにスマートフォン、黒縁の丸いレンズの眼鏡、ローヒールの靴、ロング丈のワンピース……
「大丈夫ですか、奥様? 顔色が真っ青です……私たち、これで失礼しますから、どうぞ横になっておやすみください」
動けなくなった私に、東條先生が言う。
この先生は、私の態度からなにかを感じただろうか……いや、もしかしたらすべてを知っていて……あの写真もこの人が?
私は慌ただしく去っていく二人を見送ることもできず、ただぼんやりと宙を見つめ続けたのだった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

便利屋ブルーヘブン、営業中。~そのお困りごと、大天狗と鬼が解決します~
卯崎瑛珠
キャラ文芸
とあるノスタルジックなアーケード商店街にある、小さな便利屋『ブルーヘブン』。
店主の天さんは、実は天狗だ。
もちろん人間のふりをして生きているが、なぜか問題を抱えた人々が、吸い寄せられるようにやってくる。
「どんな依頼も、断らないのがモットーだからな」と言いつつ、今日も誰かを救うのだ。
神通力に、羽団扇。高下駄に……時々伸びる鼻。
仲間にも、実は大妖怪がいたりして。
コワモテ大天狗、妖怪チート!?で、世直しにいざ参らん!
(あ、いえ、ただの便利屋です。)
-----------------------------
ほっこり・じんわり大賞奨励賞作品です。
アルファポリス文庫より、書籍発売中です!
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
(学園 + アイドル ÷ 未成年)× オッサン ≠ いちゃらぶ生活
まみ夜
キャラ文芸
年の差ラブコメ X 学園モノ X オッサン頭脳
様々な分野の専門家、様々な年齢を集め、それぞれ一芸をもっている学生が講師も務めて教え合う教育特区の学園へ出向した五十歳オッサンが、十七歳現役アイドルと同級生に。
子役出身の女優、芸能事務所社長、元セクシー女優なども登場し、学園の日常はハーレム展開?
第二巻は、ホラー風味です。
【ご注意ください】
※物語のキーワードとして、摂食障害が出てきます
※ヒロインの少女には、ストーカー気質があります
※主人公はいい年してるくせに、ぐちぐち悩みます
【連載中】は、短時間で読めるように短い文節ごとでの公開になります。
(お気に入り登録いただけると通知が行き、便利かもです)
その後、誤字脱字修正や辻褄合わせが行われて、合成された1話分にタイトルをつけ再公開されます。
(その前に、仮まとめ版が出る場合もある、かも、しれない、可能性)
物語の細部は連載時と変わることが多いので、二度読むのが通です。
表紙イラストはAI作成です。
(セミロング女性アイドルが彼氏の腕を抱く 茶色ブレザー制服 アニメ)
題名が「(同級生+アイドル÷未成年)×オッサン≠いちゃらぶ」から変更されております

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる