53 / 53
第二章 汐里と亮太
第23話 帰郷
しおりを挟む
世間はすっかり夏になった。
毎日あちぃし、虫やカエルはうじゃうじゃいるし、夏は大嫌いだ。
しかも、今日からお盆休みときてる。
ピンポーン!
あ? 呼び鈴だあ? っとに、誰だよ……水持って行ってぶっかけてやろ……
「ごめんくださーい!」
あ……あの声……何ヶ月か前に来たあの女の声じゃねぇか……もう二度と来ないだろうって思ってたのに、また来たのかよ!
俺はイラッとして、玄関の扉をばっと開けた。
目に入ってきたのは、あの女とくそオヤジともう一人は……
「あ、龍彦さん」
亮太……
俺は一瞬怯んだ。
なんで……なんでそこにお前がいるんだよ……なんだ、その女……やっぱりそいつ、お前の女なのかよ……くそっ、なんだかむしゃくしゃする!
「龍彦、こちら佐川汐里さん……亮太の婚約者だよ」
うっせぇ親父! 俺にはなんも関係ねぇよ!
なぜか、水を入れたバケツが持ち上がらない。あの女を追い返そうと、わざわざ持ってきたのに。
「初めましてじゃないですけど、この間は名前を名乗らなくて失礼しました! あ、それ、私にかけるために持ってきたんですか? 大丈夫です、今回はちゃんと着替ありますから! かけたかったらじゃんじゃんかけてください!!」
あはは、と女は無邪気に笑った。
くそ暑い夏の日差しの中の笑顔が、やたらと胸に沁みる……なんなんだ、こりゃ……
俺はたまらず視線を外して、手にしたバケツをひっくり返した。
足元から亮太の足元に向かって作られていく黒い筋を、じっと目で追いかける。
「何しに来やがった、疫病神が……」
「龍彦、またそんな言い方をして!」
「大丈夫です、おじいさん……私にとっては、亮太は幸福の神様なんで!」
っ! 俺の前でベタベタすんな! やっぱりさっきの水、この女にかけてやれば良かった!
「親父……」
「あぁ? なんだよ?」
「ごめん」
……はあ? なんだよ、亮太……なんでお前が謝るんだよ……
「俺が生まれてこなければ、母さんは死ななくて済んだかもしれない……ずっと……それを謝りたかったんだ」
「今さら……謝ったって……」
亮子は、帰ってこない。
違う……亮太が悪いんじゃない……わかってんだ、そんなことは……本当は、俺だってわかってる……
「うん……今さら俺が謝っても、どうしようもないことはわかってる。これは、けじめだよ」
「けじめ?」
「俺は、幸せになることにしたんだ。汐里と……汐里が傍にいてくれたら、俺はきっと強く生きていかれるから」
一緒に……この先の人生を、亮子と一緒に歩めたら。俺は頑張れる。どんなに辛いことがあったとしても。
それ……俺が思ったことと一緒じゃねぇか……
気づけば、頬に冷たい筋ができていた。
亮太とあの女、それに親父までもが呆けた視線を向けてくる。
やめろ、俺を見るな!
俺はいたたまれずに、家の中に向かって走った。
「亮子……」
仏壇の前で笑う亮子は、あの日と変わらずに明るくて眩しい。
ごめん、ごめんな、亮子……
俺は縋るように、亮子の写真を胸に抱えて静かに叫び続けた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「大丈夫かな、お父さん……私、お父さんを泣かすようなこと、なにか言ったかな?」
「いや……もしそうだったとしたら、原因は俺の方だと思う」
数年ぶりに姿を見せた孫の横で、その婚約者の娘さんが幸せそうに笑う。
ああ、本当にこの日まで生きてて良かったよ……里子……
「あの、私達お墓参りに行きたいんです……皆さんに、手を合わせたくて」
「ああ、そうかい……ありがとう。じゃあ、私も一緒に行こうかな」
不意に夏の太陽が雲に隠れて、一瞬だけひやりとした。
亮子さん、亮一、里子……みんながそこにいて、優しく微笑んでいるような気がした。
亮太と佐川さん、私の3人で墓地までの道を歩く。
雨が降る日も晴れの日も。人生のどんな苦しみも喜びも。
どうか二人で分かち合って、幸せに生きて欲しい。
私は若い二人の前を歩きながら、そっと空を見上げて強く祈ったのだった。
毎日あちぃし、虫やカエルはうじゃうじゃいるし、夏は大嫌いだ。
しかも、今日からお盆休みときてる。
ピンポーン!
あ? 呼び鈴だあ? っとに、誰だよ……水持って行ってぶっかけてやろ……
「ごめんくださーい!」
あ……あの声……何ヶ月か前に来たあの女の声じゃねぇか……もう二度と来ないだろうって思ってたのに、また来たのかよ!
俺はイラッとして、玄関の扉をばっと開けた。
目に入ってきたのは、あの女とくそオヤジともう一人は……
「あ、龍彦さん」
亮太……
俺は一瞬怯んだ。
なんで……なんでそこにお前がいるんだよ……なんだ、その女……やっぱりそいつ、お前の女なのかよ……くそっ、なんだかむしゃくしゃする!
「龍彦、こちら佐川汐里さん……亮太の婚約者だよ」
うっせぇ親父! 俺にはなんも関係ねぇよ!
なぜか、水を入れたバケツが持ち上がらない。あの女を追い返そうと、わざわざ持ってきたのに。
「初めましてじゃないですけど、この間は名前を名乗らなくて失礼しました! あ、それ、私にかけるために持ってきたんですか? 大丈夫です、今回はちゃんと着替ありますから! かけたかったらじゃんじゃんかけてください!!」
あはは、と女は無邪気に笑った。
くそ暑い夏の日差しの中の笑顔が、やたらと胸に沁みる……なんなんだ、こりゃ……
俺はたまらず視線を外して、手にしたバケツをひっくり返した。
足元から亮太の足元に向かって作られていく黒い筋を、じっと目で追いかける。
「何しに来やがった、疫病神が……」
「龍彦、またそんな言い方をして!」
「大丈夫です、おじいさん……私にとっては、亮太は幸福の神様なんで!」
っ! 俺の前でベタベタすんな! やっぱりさっきの水、この女にかけてやれば良かった!
「親父……」
「あぁ? なんだよ?」
「ごめん」
……はあ? なんだよ、亮太……なんでお前が謝るんだよ……
「俺が生まれてこなければ、母さんは死ななくて済んだかもしれない……ずっと……それを謝りたかったんだ」
「今さら……謝ったって……」
亮子は、帰ってこない。
違う……亮太が悪いんじゃない……わかってんだ、そんなことは……本当は、俺だってわかってる……
「うん……今さら俺が謝っても、どうしようもないことはわかってる。これは、けじめだよ」
「けじめ?」
「俺は、幸せになることにしたんだ。汐里と……汐里が傍にいてくれたら、俺はきっと強く生きていかれるから」
一緒に……この先の人生を、亮子と一緒に歩めたら。俺は頑張れる。どんなに辛いことがあったとしても。
それ……俺が思ったことと一緒じゃねぇか……
気づけば、頬に冷たい筋ができていた。
亮太とあの女、それに親父までもが呆けた視線を向けてくる。
やめろ、俺を見るな!
俺はいたたまれずに、家の中に向かって走った。
「亮子……」
仏壇の前で笑う亮子は、あの日と変わらずに明るくて眩しい。
ごめん、ごめんな、亮子……
俺は縋るように、亮子の写真を胸に抱えて静かに叫び続けた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「大丈夫かな、お父さん……私、お父さんを泣かすようなこと、なにか言ったかな?」
「いや……もしそうだったとしたら、原因は俺の方だと思う」
数年ぶりに姿を見せた孫の横で、その婚約者の娘さんが幸せそうに笑う。
ああ、本当にこの日まで生きてて良かったよ……里子……
「あの、私達お墓参りに行きたいんです……皆さんに、手を合わせたくて」
「ああ、そうかい……ありがとう。じゃあ、私も一緒に行こうかな」
不意に夏の太陽が雲に隠れて、一瞬だけひやりとした。
亮子さん、亮一、里子……みんながそこにいて、優しく微笑んでいるような気がした。
亮太と佐川さん、私の3人で墓地までの道を歩く。
雨が降る日も晴れの日も。人生のどんな苦しみも喜びも。
どうか二人で分かち合って、幸せに生きて欲しい。
私は若い二人の前を歩きながら、そっと空を見上げて強く祈ったのだった。
0
お気に入りに追加
2
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(3件)
あなたにおすすめの小説
RoomNunmber「000」
誠奈
ミステリー
ある日突然届いた一通のメール。
そこには、報酬を与える代わりに、ある人物を誘拐するよう書かれていて……
丁度金に困っていた翔真は、訝しみつつも依頼を受け入れ、幼馴染の智樹を誘い、実行に移す……が、そこである事件に巻き込まれてしまう。
二人は密室となった部屋から出ることは出来るのだろうか?
※この作品は、以前別サイトにて公開していた物を、作者名及び、登場人物の名称等加筆修正を加えた上で公開しております。
※BL要素かなり薄いですが、匂わせ程度にはありますのでご注意を。
【毎日20時更新】アンメリー・オデッセイ
ユーレカ書房
ミステリー
からくり職人のドルトン氏が、何者かに殺害された。ドルトン氏の弟子のエドワードは、親方が生前大切にしていた本棚からとある本を見つける。表紙を宝石で飾り立てて中は手書きという、なにやらいわくありげなその本には、著名な作家アンソニー・ティリパットがドルトン氏とエドワードの父に宛てた中書きが記されていた。
【時と歯車の誠実な友、ウィリアム・ドルトンとアルフレッド・コーディに。 A・T】
なぜこんな本が店に置いてあったのか? 不思議に思うエドワードだったが、彼はすでにおかしな本とふたつの時計台を巡る危険な陰謀と冒険に巻き込まれていた……。
【登場人物】
エドワード・コーディ・・・・からくり職人見習い。十五歳。両親はすでに亡く、親方のドルトン氏とともに暮らしていた。ドルトン氏の死と不思議な本との関わりを探るうちに、とある陰謀の渦中に巻き込まれて町を出ることに。
ドルトン氏・・・・・・・・・エドワードの親方。優れた職人だったが、職人組合の会合に出かけた帰りに何者かによって射殺されてしまう。
マードック船長・・・・・・・商船〈アンメリー号〉の船長。町から逃げ出したエドワードを船にかくまい、船員として雇う。
アーシア・リンドローブ・・・マードック船長の親戚の少女。古書店を開くという夢を持っており、謎の本を持て余していたエドワードを助ける。
アンソニー・ティリパット・・著名な作家。エドワードが見つけた『セオとブラン・ダムのおはなし』の作者。実は、地方領主を務めてきたレイクフィールド家の元当主。故人。
クレイハー氏・・・・・・・・ティリパット氏の甥。とある目的のため、『セオとブラン・ダムのおはなし』を探している。
ダブルネーム
しまおか
ミステリー
有名人となった藤子の弟が謎の死を遂げ、真相を探る内に事態が急変する!
四十五歳でうつ病により会社を退職した藤子は、五十歳で純文学の新人賞を獲得し白井真琴の筆名で芥山賞まで受賞し、人生が一気に変わる。容姿や珍しい経歴もあり、世間から注目を浴びテレビ出演した際、渡部亮と名乗る男の死についてコメント。それが後に別名義を使っていた弟の雄太と知らされ、騒動に巻き込まれる。さらに本人名義の土地建物を含めた多額の遺産は全て藤子にとの遺書も発見され、いくつもの謎を残して死んだ彼の過去を探り始めた。相続を巡り兄夫婦との確執が産まれる中、かつて雄太の同僚だったと名乗る同性愛者の女性が現れ、警察は事故と処理したが殺されたのではと言い出す。さらに刑事を紹介され裏で捜査すると告げられる。そうして真相を解明しようと動き出した藤子を待っていたのは、予想をはるかに超える事態だった。登場人物のそれぞれにおける人生や、藤子自身の過去を振り返りながら謎を解き明かす、どんでん返しありのミステリー&サスペンス&ヒューマンドラマ。
マクデブルクの半球
ナコイトオル
ミステリー
ある夜、電話がかかってきた。ただそれだけの、はずだった。
高校時代、自分と折り合いの付かなかった優等生からの唐突な電話。それが全てのはじまりだった。
電話をかけたのとほぼ同時刻、何者かに突き落とされ意識不明となった青年コウと、そんな彼と昔折り合いを付けることが出来なかった、容疑者となった女、ユキ。どうしてこうなったのかを調べていく内に、コウを突き落とした容疑者はどんどんと増えてきてしまう───
「犯人を探そう。出来れば、彼が目を覚ますまでに」
自他共に認める在宅ストーカーを相棒に、誰かのために進む、犯人探し。
かれん
青木ぬかり
ミステリー
「これ……いったい何が目的なの?」
18歳の女の子が大学の危機に立ち向かう物語です。
※とても長いため、本編とは別に前半のあらすじ「忙しい人のためのかれん」を公開してますので、ぜひ。
没入劇場の悪夢:天才高校生が挑む最恐の密室殺人トリック
葉羽
ミステリー
演劇界の巨匠が仕掛ける、観客没入型の新作公演。だが、幕開け直前に主宰は地下密室で惨殺された。完璧な密室、奇妙な遺体、そして出演者たちの不可解な証言。現場に居合わせた天才高校生・神藤葉羽は、迷宮のような劇場に潜む戦慄の真実へと挑む。錯覚と現実が交錯する悪夢の舞台で、葉羽は観客を欺く究極の殺人トリックを暴けるのか? 幼馴染・望月彩由美との淡い恋心を胸に秘め、葉羽は劇場に潜む「何か」に立ち向かう。だが、それは想像を絶する恐怖の幕開けだった…。
時の呪縛
葉羽
ミステリー
山間の孤立した村にある古びた時計塔。かつてこの村は繁栄していたが、失踪事件が連続して発生したことで、村人たちは恐れを抱き、時計塔は放置されたままとなった。17歳の天才高校生・神藤葉羽は、友人に誘われてこの村を訪れることになる。そこで彼は、幼馴染の望月彩由美と共に、村の秘密に迫ることになる。
葉羽と彩由美は、失踪事件に関する不気味な噂を耳にし、時計塔に隠された真実を解明しようとする。しかし、時計塔の内部には、過去の記憶を呼び起こす仕掛けが待ち受けていた。彼らは、時間が歪み、過去の失踪者たちの幻影に直面する中で、次第に自らの心の奥底に潜む恐怖と向き合わせることになる。
果たして、彼らは村の呪いを解き明かし、失踪事件の真相に辿り着けるのか?そして、彼らの友情と恋心は試される。緊迫感あふれる謎解きと心理的恐怖が交錯する本格推理小説。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
9話まで読了!
なるほど。こうなってくのね。
圭介の母ちゃんの気持ち、分からなくもないのが辛いですねぇ(( ˘ω ˘ *))
わあ!
読んでくださってありがとうございます(*´∀`)
過去に、私も不登校児の母だった時期がありまして、不安な気持ちを体験しています。
生きていると、色々ありますよね…
2話読了後感想の訂正!
ジャンル、ミステリーだった!
ミステリー・ホラー大賞だった!
そうですね〜一応ミステリー……かな?
あまり怖くないミステリー?
ヒューマンドラマ色の方が強めかもしれないです
(*´∀`)
2話まで読了!
なんで咲いてんのかな〜白い花。
明るくなってるんだしハッピーな理由だってありえると思うんだけど……
……ホラーなんだよね、ジャンルε-(´∀`; )
わーい!!
読んでくださってありがとうございます…
その上ご感想まで(´;ω;`)
嬉しいです!!
ありがとうございます!!!