上 下
51 / 53
第二章 汐里と亮太

第21話 ハッピーエンド

しおりを挟む
「だめだ! 汐里! 吐けっ!!」
 ぐいっと腕を捕まれ、背中を強く擦《さす》られる。
「……亮太?」
「いいから今飲んだものを吐くんだ! お前まで……お前まで生きることをやめなくていい!」
 ああ……やっぱりそうだったんだ……亮太、生きること……やめようとしていたんだね……
「ごめんね、亮太……私が馬鹿だった」
「そんなことより! ああ、どうすればいいんだ……」
 私はすっかりパニックになっている亮太の頭を見る。
 ない。さっきまでそこで揺れていた白い花が、なくなっている。
「良かった……勝ったんだ……」
 ずっと緊張し続けていた体から、どっと力が抜けた。
「どうしてこんなことをしたんだ! あれを飲んだらどうなるか、わかってるのか!」
「多分、どうにもならないよ……だってあれ、普通の風邪薬だもん」
「……え?」
 亮太はピタリと動きを止めた。
「風邪薬。そこのドラッグストアで買ったやつ」
「だって……その袋とメモ用紙……」
「ああこれ、そっくりだったでしょ? 良かったあ、そこらで売ってるようなジッパー付袋で……」
 笑顔で説明する私に、亮太はぐったりとした表情かおで大きなため息を吐いた。
 これは、最後の手段だった。
 亮太の実家から帰ってきても、いい案がまったく浮かばなかった私に、エリカが提案してくれたプラン。
 でも、少しでも演技だとバレたら即アウトになるから、本当に緊張した。
「それより亮太、私……」
「お前は、俺なんかと一緒にいちゃいけないんだ!」
 亮太の真剣な眼差しが、真っ直ぐに私の心を射抜く。
「どうして、そう思うの?」
 そう亮太に問う私の心は、不思議なほど冷静だった。
「俺は……汐里を幸せにできないから……稼ぎは少ないし、性格は暗いし、不幸を呼び込むような気がするし……って、汐里……なんで笑うんだ?」
「だって……私を幸せにできるのは亮太だけなのに、全然わかってないから、おかしくて……」
「でも……」
「不幸は、私と分け合おうよ。それは亮太の分だけじゃない、私の分もだよ? そうすれば、お互い半分ずつになるじゃない? 私ってあったまいい!」
 私はわざと茶化して笑った。
「汐里……」
「あとごめん、亮太の母子手帳勝手に見て、住所調べて亮太の実家に行ってきちゃった」
「あっ……そういえばさっきそんなようなこと言ってたな……あれ、本当だったのか」
 亮太の表情かおが途端に気まずいものになる。
「俺のこと怒ってただろ……じいちゃんとばあちゃん」
 私は一瞬怯んだ。
 亮太が気にかけたおばあさんは、昨年亡くなっていたからだ。
「亮太……私が会ったのは、おじいさんとお父さんだけなんだ……おばあさん、去年病気で亡くなったって」
 私は迷いながらも、最後の部分を口にする。
 亮太は一瞬、傷ついたような表情を浮かべた。
「そうか……ばあちゃん、死んじゃったのか……俺、葬式にも出なくて、迷惑ばっかりかけて……結局何も恩返しできなかったな……俺は、最低の孫だ」
 最低の孫。
 亮太の言葉尻は、自身を責める色に染まっていた。
 確かに、そう思ってしまうのも無理はない。
 だけど。
「もし亮太があのまま生きることをやめていたら、おばあさんは本当に悲しんだと思うよ。それが、一番最低な孫のすることなんじゃないのかな?」
 私は駅まで送ってくれた亮太のおじいさんを思い出した。
「おじいさん、別れ際に私に言ってた……一番は、亮太が幸せに生きていってくれることなんだよって」
 私はじっと亮太の瞳を見つめた。
 かすかに潤んだ亮太の瞳は、見ていて切なくなる。
「亮太の幸せってなに? どんな時に、亮太は幸せを感じるの?」
「俺は……俺なんか……幸せになっていいのか……母さんも、兄ちゃんも幸せじゃなかったのに」
 亮子さんの幸せ。亮一さんの幸せ。
 それって、なんだろう?
 既に亡くなっている本人には聞きようがないから、憶測することしかできないんだけど。
「亮子さん……亮太のお母さんは、不幸だったのかな? 亮太が生まれるの、きっとすごく楽しみにしてたんじゃないのかな……家族四人揃って、あれもしたいこれもしたいって、考えていたんじゃないのかな……」
 亮太は視線を床に落とす。
『あいつのせいで亮子は死んだんだ!!』
 亮太のお父さんが吐いた、あの呪いの言葉。
 あれを幼い頃から刷り込まれていたとしたら、亮太はお母さんの死を、自分のせいだと思っているかもしれない。
 でも、現実は違う。亮太のせいじゃない。
 私は亮太の手をとって、ぎゅっと抱きしめた。
「亮太はね、幸せになる為に生まれてきたの。そして、亮太だけが私を幸せにできる。これは嘘じゃないよ……もしまた亮太が私から離れて行くって言っても、私つきまとうから……だって私、幸せになりたいもの」
 それに……やっぱりお父さんのこと……すごく気になるんだ……
「一緒に生きようよ、亮太……それでさ、二人で実家に帰って、どうだこんなに幸せになってやったぞ! って、お父さんに自慢しちゃおう!」
 亮太は少し驚いたように私を見た。
「汐里……親父にも会ったのか……親父に、なにかされなかったか?」
「うん……お酒かけられた。でも、私は怒ってないよ」
「酒……」
 亮太の表情が強張る。
「大丈夫! その後、ちゃんとおじいさんが色々助けてくれたから。私ね、無理かもしれないけど、お父さんにも変わって欲しいと思ってるんだ」
「あの親父に? それは……いくら汐里でも難しいんじゃないかな」
「うん、そうかも。でも、やってみないとわからないじゃない? 私ね、意外としつこいんだよ?」
「うん……知ってる……」
 あ、亮太やっと笑った。
 嬉しい……そう、私はその顔が見たかったんだよ!
 私はようやく腹の底から安堵して、亮太めがけて飛び込んで行ったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

RoomNunmber「000」

誠奈
ミステリー
ある日突然届いた一通のメール。 そこには、報酬を与える代わりに、ある人物を誘拐するよう書かれていて…… 丁度金に困っていた翔真は、訝しみつつも依頼を受け入れ、幼馴染の智樹を誘い、実行に移す……が、そこである事件に巻き込まれてしまう。 二人は密室となった部屋から出ることは出来るのだろうか? ※この作品は、以前別サイトにて公開していた物を、作者名及び、登場人物の名称等加筆修正を加えた上で公開しております。 ※BL要素かなり薄いですが、匂わせ程度にはありますのでご注意を。

マクデブルクの半球

ナコイトオル
ミステリー
ある夜、電話がかかってきた。ただそれだけの、はずだった。 高校時代、自分と折り合いの付かなかった優等生からの唐突な電話。それが全てのはじまりだった。 電話をかけたのとほぼ同時刻、何者かに突き落とされ意識不明となった青年コウと、そんな彼と昔折り合いを付けることが出来なかった、容疑者となった女、ユキ。どうしてこうなったのかを調べていく内に、コウを突き落とした容疑者はどんどんと増えてきてしまう─── 「犯人を探そう。出来れば、彼が目を覚ますまでに」 自他共に認める在宅ストーカーを相棒に、誰かのために進む、犯人探し。

かれん

青木ぬかり
ミステリー
 「これ……いったい何が目的なの?」  18歳の女の子が大学の危機に立ち向かう物語です。 ※とても長いため、本編とは別に前半のあらすじ「忙しい人のためのかれん」を公開してますので、ぜひ。

ダブルネーム

しまおか
ミステリー
有名人となった藤子の弟が謎の死を遂げ、真相を探る内に事態が急変する! 四十五歳でうつ病により会社を退職した藤子は、五十歳で純文学の新人賞を獲得し白井真琴の筆名で芥山賞まで受賞し、人生が一気に変わる。容姿や珍しい経歴もあり、世間から注目を浴びテレビ出演した際、渡部亮と名乗る男の死についてコメント。それが後に別名義を使っていた弟の雄太と知らされ、騒動に巻き込まれる。さらに本人名義の土地建物を含めた多額の遺産は全て藤子にとの遺書も発見され、いくつもの謎を残して死んだ彼の過去を探り始めた。相続を巡り兄夫婦との確執が産まれる中、かつて雄太の同僚だったと名乗る同性愛者の女性が現れ、警察は事故と処理したが殺されたのではと言い出す。さらに刑事を紹介され裏で捜査すると告げられる。そうして真相を解明しようと動き出した藤子を待っていたのは、予想をはるかに超える事態だった。登場人物のそれぞれにおける人生や、藤子自身の過去を振り返りながら謎を解き明かす、どんでん返しありのミステリー&サスペンス&ヒューマンドラマ。

【毎日20時更新】アンメリー・オデッセイ

ユーレカ書房
ミステリー
からくり職人のドルトン氏が、何者かに殺害された。ドルトン氏の弟子のエドワードは、親方が生前大切にしていた本棚からとある本を見つける。表紙を宝石で飾り立てて中は手書きという、なにやらいわくありげなその本には、著名な作家アンソニー・ティリパットがドルトン氏とエドワードの父に宛てた中書きが記されていた。 【時と歯車の誠実な友、ウィリアム・ドルトンとアルフレッド・コーディに。 A・T】 なぜこんな本が店に置いてあったのか? 不思議に思うエドワードだったが、彼はすでにおかしな本とふたつの時計台を巡る危険な陰謀と冒険に巻き込まれていた……。 【登場人物】 エドワード・コーディ・・・・からくり職人見習い。十五歳。両親はすでに亡く、親方のドルトン氏とともに暮らしていた。ドルトン氏の死と不思議な本との関わりを探るうちに、とある陰謀の渦中に巻き込まれて町を出ることに。 ドルトン氏・・・・・・・・・エドワードの親方。優れた職人だったが、職人組合の会合に出かけた帰りに何者かによって射殺されてしまう。 マードック船長・・・・・・・商船〈アンメリー号〉の船長。町から逃げ出したエドワードを船にかくまい、船員として雇う。 アーシア・リンドローブ・・・マードック船長の親戚の少女。古書店を開くという夢を持っており、謎の本を持て余していたエドワードを助ける。 アンソニー・ティリパット・・著名な作家。エドワードが見つけた『セオとブラン・ダムのおはなし』の作者。実は、地方領主を務めてきたレイクフィールド家の元当主。故人。 クレイハー氏・・・・・・・・ティリパット氏の甥。とある目的のため、『セオとブラン・ダムのおはなし』を探している。

人体実験の被験者に課せられた難問

昆布海胆
ミステリー
とある研究所で開発されたウィルスの人体実験。 それの被験者に問題の成績が低い人間が選ばれることとなった。 俺は問題を解いていく…

仏眼探偵 ~樹海ホテル~

菱沼あゆ
ミステリー
  『推理できる助手、募集中。   仏眼探偵事務所』  あるとき芽生えた特殊な仏眼相により、手を握った相手が犯人かどうかわかるようになった晴比古。  だが、最近では推理は、助手、深鈴に丸投げしていた。  そんな晴比古の許に、樹海にあるホテルへの招待状が届く。 「これから起きる殺人事件を止めてみろ」という手紙とともに。  だが、死体はホテルに着く前に自分からやってくるし。  目撃者の女たちは、美貌の刑事、日下部志貴に会いたいばかりに、嘘をつきまくる。  果たして、晴比古は真実にたどり着けるのか――?

時の呪縛

葉羽
ミステリー
山間の孤立した村にある古びた時計塔。かつてこの村は繁栄していたが、失踪事件が連続して発生したことで、村人たちは恐れを抱き、時計塔は放置されたままとなった。17歳の天才高校生・神藤葉羽は、友人に誘われてこの村を訪れることになる。そこで彼は、幼馴染の望月彩由美と共に、村の秘密に迫ることになる。 葉羽と彩由美は、失踪事件に関する不気味な噂を耳にし、時計塔に隠された真実を解明しようとする。しかし、時計塔の内部には、過去の記憶を呼び起こす仕掛けが待ち受けていた。彼らは、時間が歪み、過去の失踪者たちの幻影に直面する中で、次第に自らの心の奥底に潜む恐怖と向き合わせることになる。 果たして、彼らは村の呪いを解き明かし、失踪事件の真相に辿り着けるのか?そして、彼らの友情と恋心は試される。緊迫感あふれる謎解きと心理的恐怖が交錯する本格推理小説。

処理中です...