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第二章 汐里と亮太
第21話 ハッピーエンド
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「だめだ! 汐里! 吐けっ!!」
ぐいっと腕を捕まれ、背中を強く擦《さす》られる。
「……亮太?」
「いいから今飲んだものを吐くんだ! お前まで……お前まで生きることをやめなくていい!」
ああ……やっぱりそうだったんだ……亮太、生きること……やめようとしていたんだね……
「ごめんね、亮太……私が馬鹿だった」
「そんなことより! ああ、どうすればいいんだ……」
私はすっかりパニックになっている亮太の頭を見る。
ない。さっきまでそこで揺れていた白い花が、なくなっている。
「良かった……勝ったんだ……」
ずっと緊張し続けていた体から、どっと力が抜けた。
「どうしてこんなことをしたんだ! あれを飲んだらどうなるか、わかってるのか!」
「多分、どうにもならないよ……だってあれ、普通の風邪薬だもん」
「……え?」
亮太はピタリと動きを止めた。
「風邪薬。そこのドラッグストアで買ったやつ」
「だって……その袋とメモ用紙……」
「ああこれ、そっくりだったでしょ? 良かったあ、そこらで売ってるようなジッパー付袋で……」
笑顔で説明する私に、亮太はぐったりとした表情で大きなため息を吐いた。
これは、最後の手段だった。
亮太の実家から帰ってきても、いい案がまったく浮かばなかった私に、エリカが提案してくれたプラン。
でも、少しでも演技だとバレたら即アウトになるから、本当に緊張した。
「それより亮太、私……」
「お前は、俺なんかと一緒にいちゃいけないんだ!」
亮太の真剣な眼差しが、真っ直ぐに私の心を射抜く。
「どうして、そう思うの?」
そう亮太に問う私の心は、不思議なほど冷静だった。
「俺は……汐里を幸せにできないから……稼ぎは少ないし、性格は暗いし、不幸を呼び込むような気がするし……って、汐里……なんで笑うんだ?」
「だって……私を幸せにできるのは亮太だけなのに、全然わかってないから、おかしくて……」
「でも……」
「不幸は、私と分け合おうよ。それは亮太の分だけじゃない、私の分もだよ? そうすれば、お互い半分ずつになるじゃない? 私ってあったまいい!」
私はわざと茶化して笑った。
「汐里……」
「あとごめん、亮太の母子手帳勝手に見て、住所調べて亮太の実家に行ってきちゃった」
「あっ……そういえばさっきそんなようなこと言ってたな……あれ、本当だったのか」
亮太の表情が途端に気まずいものになる。
「俺のこと怒ってただろ……じいちゃんとばあちゃん」
私は一瞬怯んだ。
亮太が気にかけたおばあさんは、昨年亡くなっていたからだ。
「亮太……私が会ったのは、おじいさんとお父さんだけなんだ……おばあさん、去年病気で亡くなったって」
私は迷いながらも、最後の部分を口にする。
亮太は一瞬、傷ついたような表情を浮かべた。
「そうか……ばあちゃん、死んじゃったのか……俺、葬式にも出なくて、迷惑ばっかりかけて……結局何も恩返しできなかったな……俺は、最低の孫だ」
最低の孫。
亮太の言葉尻は、自身を責める色に染まっていた。
確かに、そう思ってしまうのも無理はない。
だけど。
「もし亮太があのまま生きることをやめていたら、おばあさんは本当に悲しんだと思うよ。それが、一番最低な孫のすることなんじゃないのかな?」
私は駅まで送ってくれた亮太のおじいさんを思い出した。
「おじいさん、別れ際に私に言ってた……一番は、亮太が幸せに生きていってくれることなんだよって」
私はじっと亮太の瞳を見つめた。
かすかに潤んだ亮太の瞳は、見ていて切なくなる。
「亮太の幸せってなに? どんな時に、亮太は幸せを感じるの?」
「俺は……俺なんか……幸せになっていいのか……母さんも、兄ちゃんも幸せじゃなかったのに」
亮子さんの幸せ。亮一さんの幸せ。
それって、なんだろう?
既に亡くなっている本人には聞きようがないから、憶測することしかできないんだけど。
「亮子さん……亮太のお母さんは、不幸だったのかな? 亮太が生まれるの、きっとすごく楽しみにしてたんじゃないのかな……家族四人揃って、あれもしたいこれもしたいって、考えていたんじゃないのかな……」
亮太は視線を床に落とす。
『あいつのせいで亮子は死んだんだ!!』
亮太のお父さんが吐いた、あの呪いの言葉。
あれを幼い頃から刷り込まれていたとしたら、亮太はお母さんの死を、自分のせいだと思っているかもしれない。
でも、現実は違う。亮太のせいじゃない。
私は亮太の手をとって、ぎゅっと抱きしめた。
「亮太はね、幸せになる為に生まれてきたの。そして、亮太だけが私を幸せにできる。これは嘘じゃないよ……もしまた亮太が私から離れて行くって言っても、私つきまとうから……だって私、幸せになりたいもの」
それに……やっぱりお父さんのこと……すごく気になるんだ……
「一緒に生きようよ、亮太……それでさ、二人で実家に帰って、どうだこんなに幸せになってやったぞ! って、お父さんに自慢しちゃおう!」
亮太は少し驚いたように私を見た。
「汐里……親父にも会ったのか……親父に、なにかされなかったか?」
「うん……お酒かけられた。でも、私は怒ってないよ」
「酒……」
亮太の表情が強張る。
「大丈夫! その後、ちゃんとおじいさんが色々助けてくれたから。私ね、無理かもしれないけど、お父さんにも変わって欲しいと思ってるんだ」
「あの親父に? それは……いくら汐里でも難しいんじゃないかな」
「うん、そうかも。でも、やってみないとわからないじゃない? 私ね、意外としつこいんだよ?」
「うん……知ってる……」
あ、亮太やっと笑った。
嬉しい……そう、私はその顔が見たかったんだよ!
私はようやく腹の底から安堵して、亮太めがけて飛び込んで行ったのだった。
ぐいっと腕を捕まれ、背中を強く擦《さす》られる。
「……亮太?」
「いいから今飲んだものを吐くんだ! お前まで……お前まで生きることをやめなくていい!」
ああ……やっぱりそうだったんだ……亮太、生きること……やめようとしていたんだね……
「ごめんね、亮太……私が馬鹿だった」
「そんなことより! ああ、どうすればいいんだ……」
私はすっかりパニックになっている亮太の頭を見る。
ない。さっきまでそこで揺れていた白い花が、なくなっている。
「良かった……勝ったんだ……」
ずっと緊張し続けていた体から、どっと力が抜けた。
「どうしてこんなことをしたんだ! あれを飲んだらどうなるか、わかってるのか!」
「多分、どうにもならないよ……だってあれ、普通の風邪薬だもん」
「……え?」
亮太はピタリと動きを止めた。
「風邪薬。そこのドラッグストアで買ったやつ」
「だって……その袋とメモ用紙……」
「ああこれ、そっくりだったでしょ? 良かったあ、そこらで売ってるようなジッパー付袋で……」
笑顔で説明する私に、亮太はぐったりとした表情で大きなため息を吐いた。
これは、最後の手段だった。
亮太の実家から帰ってきても、いい案がまったく浮かばなかった私に、エリカが提案してくれたプラン。
でも、少しでも演技だとバレたら即アウトになるから、本当に緊張した。
「それより亮太、私……」
「お前は、俺なんかと一緒にいちゃいけないんだ!」
亮太の真剣な眼差しが、真っ直ぐに私の心を射抜く。
「どうして、そう思うの?」
そう亮太に問う私の心は、不思議なほど冷静だった。
「俺は……汐里を幸せにできないから……稼ぎは少ないし、性格は暗いし、不幸を呼び込むような気がするし……って、汐里……なんで笑うんだ?」
「だって……私を幸せにできるのは亮太だけなのに、全然わかってないから、おかしくて……」
「でも……」
「不幸は、私と分け合おうよ。それは亮太の分だけじゃない、私の分もだよ? そうすれば、お互い半分ずつになるじゃない? 私ってあったまいい!」
私はわざと茶化して笑った。
「汐里……」
「あとごめん、亮太の母子手帳勝手に見て、住所調べて亮太の実家に行ってきちゃった」
「あっ……そういえばさっきそんなようなこと言ってたな……あれ、本当だったのか」
亮太の表情が途端に気まずいものになる。
「俺のこと怒ってただろ……じいちゃんとばあちゃん」
私は一瞬怯んだ。
亮太が気にかけたおばあさんは、昨年亡くなっていたからだ。
「亮太……私が会ったのは、おじいさんとお父さんだけなんだ……おばあさん、去年病気で亡くなったって」
私は迷いながらも、最後の部分を口にする。
亮太は一瞬、傷ついたような表情を浮かべた。
「そうか……ばあちゃん、死んじゃったのか……俺、葬式にも出なくて、迷惑ばっかりかけて……結局何も恩返しできなかったな……俺は、最低の孫だ」
最低の孫。
亮太の言葉尻は、自身を責める色に染まっていた。
確かに、そう思ってしまうのも無理はない。
だけど。
「もし亮太があのまま生きることをやめていたら、おばあさんは本当に悲しんだと思うよ。それが、一番最低な孫のすることなんじゃないのかな?」
私は駅まで送ってくれた亮太のおじいさんを思い出した。
「おじいさん、別れ際に私に言ってた……一番は、亮太が幸せに生きていってくれることなんだよって」
私はじっと亮太の瞳を見つめた。
かすかに潤んだ亮太の瞳は、見ていて切なくなる。
「亮太の幸せってなに? どんな時に、亮太は幸せを感じるの?」
「俺は……俺なんか……幸せになっていいのか……母さんも、兄ちゃんも幸せじゃなかったのに」
亮子さんの幸せ。亮一さんの幸せ。
それって、なんだろう?
既に亡くなっている本人には聞きようがないから、憶測することしかできないんだけど。
「亮子さん……亮太のお母さんは、不幸だったのかな? 亮太が生まれるの、きっとすごく楽しみにしてたんじゃないのかな……家族四人揃って、あれもしたいこれもしたいって、考えていたんじゃないのかな……」
亮太は視線を床に落とす。
『あいつのせいで亮子は死んだんだ!!』
亮太のお父さんが吐いた、あの呪いの言葉。
あれを幼い頃から刷り込まれていたとしたら、亮太はお母さんの死を、自分のせいだと思っているかもしれない。
でも、現実は違う。亮太のせいじゃない。
私は亮太の手をとって、ぎゅっと抱きしめた。
「亮太はね、幸せになる為に生まれてきたの。そして、亮太だけが私を幸せにできる。これは嘘じゃないよ……もしまた亮太が私から離れて行くって言っても、私つきまとうから……だって私、幸せになりたいもの」
それに……やっぱりお父さんのこと……すごく気になるんだ……
「一緒に生きようよ、亮太……それでさ、二人で実家に帰って、どうだこんなに幸せになってやったぞ! って、お父さんに自慢しちゃおう!」
亮太は少し驚いたように私を見た。
「汐里……親父にも会ったのか……親父に、なにかされなかったか?」
「うん……お酒かけられた。でも、私は怒ってないよ」
「酒……」
亮太の表情が強張る。
「大丈夫! その後、ちゃんとおじいさんが色々助けてくれたから。私ね、無理かもしれないけど、お父さんにも変わって欲しいと思ってるんだ」
「あの親父に? それは……いくら汐里でも難しいんじゃないかな」
「うん、そうかも。でも、やってみないとわからないじゃない? 私ね、意外としつこいんだよ?」
「うん……知ってる……」
あ、亮太やっと笑った。
嬉しい……そう、私はその顔が見たかったんだよ!
私はようやく腹の底から安堵して、亮太めがけて飛び込んで行ったのだった。
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