47 / 53
第二章 汐里と亮太
第17話 汐里と亮太のおじいさん 民宿
しおりを挟む
『あいつのせいで亮子は死んだんだ』
「亮太は仮死状態で生まれたけれど、なんとか回復して……でも、亮子さんは助からなかった」
私は民宿の部屋で、淡々と過去を語る亮太のおじいさんと向き合っている。
やっぱりそうだった……あのお父さんの口ぶりだと、そうとしか考えられない。
「龍彦は亮子さんが……亮太の母親が亡くなってから荒れてしまってね……特に亮太にはひどくあたっていた……一緒に住んでいた私はその度に止めたんだが、それがますます気に入らなかったんだろう……亮太が1歳半位の時に家を出ていったんだ」
「そうなんですか……」
私は少しホッとした。
亮太が幼い頃から家庭内暴力にさらされてきたのではないかと、想像していたからだ。
「亮一が生きていた頃は、まだ平和だったんだ。両親がいなくて寂しかったかもしれないが、私も妻も二人をかわいがっていたし」
『だから言っただろ、あいつは疫病神なんだよ! っとに、亮一じゃなくて、あいつが死ねば良かったんだ!』
あのお父さんの言葉……今思い出しても胸がずきずきする。
「亮一さんって、亮太さんのお兄さんですよね? こんなこと……とても聞き辛いのですが……亮一さんはなぜ亡くなってしまったのでしょうか……」
民宿のオーナーさんが出してくれたお茶から、いつの間にか湯気がたたなくなっている。
亮太のおじいさんは、しばらくの間それを黙って見つめていた。
私も同じように口を閉じながら、亮太の部屋で見た2冊の母子手帳を思い出す。
ビリビリに破かれたと思われる母子手帳には、亮一さんの名前が書いてあった。
ちょっと破けただけならわかる。
けれど、少し欠けた部分のあるあの修復跡は、明らかに故意に破かれたものだ。
「亮一は……事故だった……自転車ごと、車にはねられたんだ」
沈黙を破った亮太のおじいさんの言葉に、さっと体が冷たくなった。
「亮一は11歳、亮太は6歳の時だった……はねたのは、龍彦だ」
「え……」
龍彦さん……つまり、お父さん……
「そんな……」
「本当に……なんて偶然なのか……亮一は自転車を降りて横断歩道を渡っている時にはねられた……龍彦は……酒が抜けきっていない状態で車を運転していてな」
亮太のおじいさんは微かに目を細めた。
「その時の事故から、龍彦は完全におかしくなってしまった。突然家に戻ってきて、暴れるようになってしまったんだ……すまないね、その頃のことはあまり話したくないんだ」
「はい、もう十分です……本当に辛い話をさせてしまって……ごめんなさい」
私は深々と頭を下げた。
思い出を語るには、過去の出来事を思い出さなければならない。
それが悲しく辛い内容なら、古傷をえぐるようなものだ。
「佐川さん……亮太は、ちゃんと生活できているんだよね? 私は、それだけがずっと心配だったんだよ」
私を見る亮太のおじいさんの目は、真剣なものだった。
そうだよね……おじいさんは地元を出た後の亮太のこと、なにも知らないんだもの……心配して当然だ。
「私が亮太と付き合い始めたのは約三年前です。別れ話が出たのは……つい最近で……その間の話ですが、亮太はちゃんと……真面目に働いていました」
私の説明に、亮太のおじいさんはほっとしたように頬を緩めた。
「そうか、ありがとう……あの……これは二人のことだから、聞くのはとても失礼だとは思うんだが……君達はなぜ別れようとしてるんだい? 私は君とは初対面だけど、君が礼儀正しい良い娘なのはわかるよ」
そんな……おじいさん……私は良い娘なんかじゃないんですよ……だって、その原因は私が言った一言なんだもの。
胸の奥が、チリチリと痛む。
「私が……亮太さんに冷却期間を置こうって言ったからなんです……でも、私の方がその間にもう一度やり直したいと思ってしまって……でも、亮太さんはそうじゃなかった」
どうしよう、亮太が虫に乗っ取られてるだなんて話、したくない。
「なるほどね……あの子はちょっと頑固なところがあるからなぁ……佐川さんがいないのが寂しくて、ちょっと拗ねてるのかもしれないね」
おっ、なんかいい方向にいった気がする。
「私……自分があまりに亮太さんのことを知らなかったことに気がついて、今日ここに来たんです。おじいさんから話を聞いて、亮太さんが言いたがらなかった理由がよくわかりました」
「なんとも、暗い話ばかりでね……」
「いえ、おじいさんがいてくれて本当に良かったです……私、あの格好で電車に乗らなきゃいけなくなるところでしたし」
「佐川さん」
おじいさんがにこりと目を細めた。
あ……やっぱり亮太の目に似ているから、ちょっと胸が切なくなっちゃうな……
「亮太と仲直りしたら、二人で一緒に遊びに来なさい。龍彦に見つかると面倒だから、この民宿に来ればいい。ついでに、この民宿お客さんがあまりいなくて潰れそうだから、助けてやってくれないか」
思わず、私は笑ってしまった。
これは、なにがなんでも虫から亮太を取り戻さなければならない。
取り戻して、もう一度私と一緒に生きて欲しいと頼むんだ。
私はすっかり冷めきったお茶を飲み干して、深く息を吐き出したのだった。
「亮太は仮死状態で生まれたけれど、なんとか回復して……でも、亮子さんは助からなかった」
私は民宿の部屋で、淡々と過去を語る亮太のおじいさんと向き合っている。
やっぱりそうだった……あのお父さんの口ぶりだと、そうとしか考えられない。
「龍彦は亮子さんが……亮太の母親が亡くなってから荒れてしまってね……特に亮太にはひどくあたっていた……一緒に住んでいた私はその度に止めたんだが、それがますます気に入らなかったんだろう……亮太が1歳半位の時に家を出ていったんだ」
「そうなんですか……」
私は少しホッとした。
亮太が幼い頃から家庭内暴力にさらされてきたのではないかと、想像していたからだ。
「亮一が生きていた頃は、まだ平和だったんだ。両親がいなくて寂しかったかもしれないが、私も妻も二人をかわいがっていたし」
『だから言っただろ、あいつは疫病神なんだよ! っとに、亮一じゃなくて、あいつが死ねば良かったんだ!』
あのお父さんの言葉……今思い出しても胸がずきずきする。
「亮一さんって、亮太さんのお兄さんですよね? こんなこと……とても聞き辛いのですが……亮一さんはなぜ亡くなってしまったのでしょうか……」
民宿のオーナーさんが出してくれたお茶から、いつの間にか湯気がたたなくなっている。
亮太のおじいさんは、しばらくの間それを黙って見つめていた。
私も同じように口を閉じながら、亮太の部屋で見た2冊の母子手帳を思い出す。
ビリビリに破かれたと思われる母子手帳には、亮一さんの名前が書いてあった。
ちょっと破けただけならわかる。
けれど、少し欠けた部分のあるあの修復跡は、明らかに故意に破かれたものだ。
「亮一は……事故だった……自転車ごと、車にはねられたんだ」
沈黙を破った亮太のおじいさんの言葉に、さっと体が冷たくなった。
「亮一は11歳、亮太は6歳の時だった……はねたのは、龍彦だ」
「え……」
龍彦さん……つまり、お父さん……
「そんな……」
「本当に……なんて偶然なのか……亮一は自転車を降りて横断歩道を渡っている時にはねられた……龍彦は……酒が抜けきっていない状態で車を運転していてな」
亮太のおじいさんは微かに目を細めた。
「その時の事故から、龍彦は完全におかしくなってしまった。突然家に戻ってきて、暴れるようになってしまったんだ……すまないね、その頃のことはあまり話したくないんだ」
「はい、もう十分です……本当に辛い話をさせてしまって……ごめんなさい」
私は深々と頭を下げた。
思い出を語るには、過去の出来事を思い出さなければならない。
それが悲しく辛い内容なら、古傷をえぐるようなものだ。
「佐川さん……亮太は、ちゃんと生活できているんだよね? 私は、それだけがずっと心配だったんだよ」
私を見る亮太のおじいさんの目は、真剣なものだった。
そうだよね……おじいさんは地元を出た後の亮太のこと、なにも知らないんだもの……心配して当然だ。
「私が亮太と付き合い始めたのは約三年前です。別れ話が出たのは……つい最近で……その間の話ですが、亮太はちゃんと……真面目に働いていました」
私の説明に、亮太のおじいさんはほっとしたように頬を緩めた。
「そうか、ありがとう……あの……これは二人のことだから、聞くのはとても失礼だとは思うんだが……君達はなぜ別れようとしてるんだい? 私は君とは初対面だけど、君が礼儀正しい良い娘なのはわかるよ」
そんな……おじいさん……私は良い娘なんかじゃないんですよ……だって、その原因は私が言った一言なんだもの。
胸の奥が、チリチリと痛む。
「私が……亮太さんに冷却期間を置こうって言ったからなんです……でも、私の方がその間にもう一度やり直したいと思ってしまって……でも、亮太さんはそうじゃなかった」
どうしよう、亮太が虫に乗っ取られてるだなんて話、したくない。
「なるほどね……あの子はちょっと頑固なところがあるからなぁ……佐川さんがいないのが寂しくて、ちょっと拗ねてるのかもしれないね」
おっ、なんかいい方向にいった気がする。
「私……自分があまりに亮太さんのことを知らなかったことに気がついて、今日ここに来たんです。おじいさんから話を聞いて、亮太さんが言いたがらなかった理由がよくわかりました」
「なんとも、暗い話ばかりでね……」
「いえ、おじいさんがいてくれて本当に良かったです……私、あの格好で電車に乗らなきゃいけなくなるところでしたし」
「佐川さん」
おじいさんがにこりと目を細めた。
あ……やっぱり亮太の目に似ているから、ちょっと胸が切なくなっちゃうな……
「亮太と仲直りしたら、二人で一緒に遊びに来なさい。龍彦に見つかると面倒だから、この民宿に来ればいい。ついでに、この民宿お客さんがあまりいなくて潰れそうだから、助けてやってくれないか」
思わず、私は笑ってしまった。
これは、なにがなんでも虫から亮太を取り戻さなければならない。
取り戻して、もう一度私と一緒に生きて欲しいと頼むんだ。
私はすっかり冷めきったお茶を飲み干して、深く息を吐き出したのだった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
夜の動物園の異変 ~見えない来園者~
メイナ
ミステリー
夜の動物園で起こる不可解な事件。
飼育員・えまは「動物の声を聞く力」を持っていた。
ある夜、動物たちが一斉に怯え、こう囁いた——
「そこに、"何か"がいる……。」
科学者・水原透子と共に、"見えざる来園者"の正体を探る。
これは幽霊なのか、それとも——?
【R15】アリア・ルージュの妄信
皐月うしこ
ミステリー
その日、白濁の中で少女は死んだ。
異質な匂いに包まれて、全身を粘着質な白い液体に覆われて、乱れた着衣が物語る悲惨な光景を何と表現すればいいのだろう。世界は日常に溢れている。何気ない会話、変わらない秒針、規則正しく進む人波。それでもここに、雲が形を変えるように、ガラスが粉々に砕けるように、一輪の花が小さな種を産んだ。
悪役令嬢にざまぁされた王子のその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。
その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。
そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。
マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。
人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる