【完結済】頭に咲く白い花は幸せの象徴か

鹿嶋 雲丹

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第二章 汐里と亮太

第16話 亮太と亮一 過去

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「龍彦! やめないか!」
 私は幼い亮太にものを投げつけようとする龍彦の腕を掴んだ。
 まだ1歳半の亮太はわんわん泣いている。

 早くお逃げ。
 亮太の前に立とうとした亮一に、素早く目で合図した。
 亮一は動けずにいる幼い亮太を抱き抱え、足早に去っていく。
「離せ、くそ親父っ! ……あいつさえ……あいつさえ生まれてこなけりゃ……」
 またその台詞か……それに、いつもの深酒の匂い。
「龍彦、いい加減にしろ! そんなことを言ったら亮太が可哀想だろうが!」
「もういい! こんな家、出てってやる!」
 心配と怯えがにじみ出ている妻の横を乱暴に通り過ぎ、龍彦は出ていった。
 バンッという大きな音は、玄関の扉が閉まる音だ。それと同時に、妻がヘナヘナと床に座り込んだ。
 その横に屈み込みながら、私は過去を思い出す。
 本当に、亮子さんは龍彦の心の支えだった。

※※※※※

『次も男の子ですって! 亮一、弟だよ~、良かったねぇ!』
 亮子さんは大きくなり始めたお腹をさすりながら、満面に笑顔を浮かべていた。
 そこにいるだけでパッと周りが明るくなるような、そんな可愛らしい嫁だった。
『ほんとに⁉ やったあ、僕ね、ほんとは嫌だけどワルモノの役やってあげるんだ! だって僕、お兄ちゃんだから!』
 当時もうすぐ5歳になる亮一は、亮子さんにくっつきながら、嬉しそうにはしゃいでいた。
『えらいなあ、亮一は……お父さんは3人でキャッチボールするのが楽しみだ!』
『皆気が早いねぇ……あら、喜んでるのかしら、ムニュムニュしてる』
『えっ⁉』
 亮一と龍彦は代わる代わる亮子さんのお腹に耳をつけていた。

※※※※※

 なんて微笑ましい光景だろう。
 あの頃を思いだすと、いつも胸が苦しくなる。
 私は妻の傍らに座り込みながら、畳をじっと見つめていた。
 神様は、残酷だ。
 こんな困難、あの気の弱い龍彦に乗り越えられるわけがない。
「二人を呼んでくる……」
 私は妻が落ち着きを取り戻したのを確認してから、二人の孫の元に向かった。
 二人は押し入れの中にいた。
 龍彦が暴れると、いつも決まって二人はこの押し入れに隠れる。
 私は押し入れのふすまをノックしようとする手を止めた。
 中から、こそこそと話をする声が聞こえてきたからだ。
「悪いことは、ずっとは続かないんだって、亮太……だから、お父さんもいつか優しいお父さんに戻るよ……一緒に待とうね……大丈夫、亮太には兄ちゃんがついてるから」
 涙が出た。
 止めようとしたけれど、私にはどうしても止められなかった。
 おそらく、どんなに時が経っても龍彦は変わらないだろう。

 亮子さんを失ってしまった穴は、君達では塞ぐことができないんだ……
 もちろん、父である私にも……

 亮一には、亮子さんが生きていた頃の、龍彦と3人で過ごしていた記憶がある。
 だからこそ、まだ幼い1歳半の弟に語るのだ。
 父である龍彦が、昔のように優しい父親に戻るのを待とうと。
 亮太は、まだよく理解できないだろう。
 亮一が語るその言葉は、亮一自身を励ます為でもあるような気がした。
 私は呼吸を整え、ふすまをノックした。
「あっ、おじいちゃん……」
 見れば、亮太は亮一の膝で眠っていた。
 私は思わず亮一の頭を抱きしめた。
 まだまだ小さい、亮一の頭を。

 お前は偉いよ、亮一。
 どうかそのまま強く……
 亮子さんのように明るく育っていってくれ……

 私のささやかなその願いは、それから5年後に打ち砕かれることになる。
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