36 / 53
第二章 汐里と亮太
第6話 汐里 助け舟
しおりを挟む
カンカンカンカンカン
すぐ近くで遮断機の音がするのに、なぜか遠くに感じられた。
点滅する赤いランプが、チカチカと私の脳に警告を送る。
危険だと。
今この先に進めば、命の保証はないと。
この先……あのままの亮太で生きたなら、今までの亮太はどうなっちゃうの?
私の大好きな亮太は……亮太とは、もう二度と会えなくなちゃうの?
どうしてこうなったのか……
私はどうすればいいのか……
だいたい、虫ってなに?
虫が人を乗っ取るなんて、B級ホラー映画じゃあるまいし、現実にそんなことできるわけないじゃない……
じゃあ、亮太はなんであんなに変わっちゃったんだろう?
ストレス?
病院に行った方が良かった?
わからない……わからないよ!
考えても考えてもわからないことだらけで、頭がおかしくなりそう!
目の前を何本もの電車が行き過ぎて、遮断器のバーが上がる。
周りの人に流されるように、私はのそのそと歩いた。
……ただ一つ確実なのは、こうなった原因が自分にあるということだ。
それは、おかしくなった亮太に言われなくても、なんとかく感じていた。
でも、どんなに過去の自分を責めてみても、もう時間は巻き戻せない。
私はただ、元の亮太に戻って欲しいだけ。
ちゃんと亮太に謝って、私には亮太しかいないから、許してほしいと伝えるんだ。
『私と君とでゲームをしよう。一週間以内に、亮太がこちらに戻ってくれば君の勝ち。戻らなければ私の勝ちだ』
あれ……本当なんだろうか……本当に来週の火曜日を過ぎたら、亮太は二度と……
気づいたら、私は線路脇に立ち止まっていた。
コーヒーの空き瓶に生けられた、目の前の白い花にゾワリと鳥肌がたつ。
『この白い花は、誰にでも見えるものではない。お互いに強い感情を抱いている場合にのみ見える、いわば亮太の最後の悪あがきだ』
「最後の悪あがき……」
瓶の中で亡き人を慰める白い花を見つめながら、私は亮太の言葉を思いだしていた。
私は深く息を吐いて、バッグからスマホを取り出した。
頭に咲いた。白い花。
虫眼鏡のマークを押す。
「だめだ、本物の白い花しか出てこない……」
虫。乗っ取り。
「こっちもだめだ……今度は虫しか出てこない」
私はその場に座り込み、スマホを抱きかかえる。
どうして……なんでヒットしないんだろう……
もしかして、こんなことになってるのが、亮太しかいないから?
あまりに大きすぎる不安に、がくがくと体が震える。
私は自分で自分の肩をぎゅっと掴んだ。
誰か……私に本当の事を教えて……
大丈夫だよって、笑いかけて……
誰か……
息が苦しい。
私は藁にも縋る思いで、ぶるぶると小刻みに揺れる指先をスマホの画面に這わせる。
アドレス帳……あから始まって……い……う……え……エリカ……
バッと頭に浮かんだのは、ポニーテールと商業高校のネイビーカラーの制服だった。
私は少しも迷うことなく、緑のコールボタンを押した。
※※※※※
プルルル、プルルル、プルルル……
エリカ、出ないや……
そうだ、忘れてたけど今日はゴールデンウィークの初日だったっけ……
きっと香川君と、どこかに出かけてるんだ……
『もしもし? 汐里?』
耳を離した途端にスマホから漏れ出たエリカの声に、緊張の糸がぷつりと切れた。
『汐里? どうしたの?』
スマホの向こうから聞こえる声。
先月久しぶりに電話で話をしたばかりなのに、なぜか縋りつきたいくらい恋しく感じられた。
『汐里……泣いてるの?』
どうして、それがわかったんだろう?
「うん……ごめん……」
嗚咽が漏れそうになるのを必死に堪えて、ようやく一言だけを絞り出した。
『……今、どこにいるの?』
私はゆっくりと深呼吸を繰り返した。
その間、エリカはずっと黙って私を待ってくれている。
「駅……家の近くの……」
『わかった。今からそっちにいくから待ってて……一時間くらいかかるけど』
私は流れてくる涙を指先で拭った。
「うん、待ってる」
『駅に着いたらまた電話するから……じゃあ、また後でね』
まだ何一つ変わったわけじゃないのに、私の胸の中に深い安堵感が広がった。
そういえば、エリカに会うのは何年ぶりだろう?
高校を卒業してから一度も会っていないから、もう5年くらいかな?
次に会うのは、エリカがママになってからだと思ってたのに……こんなことで会うことになるなんて……
それに、こんな話をそのままエリカにしたところで、困らせてしまうだけのような気もする。
「つい、電話しちゃったけど……やっぱりキャンセル……」
体は正直だ。
口にした言葉とは裏腹に、手は動かない。
どう思われてもいい。ありのままを正直に話そう。
私はため息を吐きながら、近くの喫茶店“カモメ堂”に足を踏み入れた。
きっとエリカなら、ちゃんと私の言葉を受け止めてくれる。
なぜか、そんな気がしていた。
すぐ近くで遮断機の音がするのに、なぜか遠くに感じられた。
点滅する赤いランプが、チカチカと私の脳に警告を送る。
危険だと。
今この先に進めば、命の保証はないと。
この先……あのままの亮太で生きたなら、今までの亮太はどうなっちゃうの?
私の大好きな亮太は……亮太とは、もう二度と会えなくなちゃうの?
どうしてこうなったのか……
私はどうすればいいのか……
だいたい、虫ってなに?
虫が人を乗っ取るなんて、B級ホラー映画じゃあるまいし、現実にそんなことできるわけないじゃない……
じゃあ、亮太はなんであんなに変わっちゃったんだろう?
ストレス?
病院に行った方が良かった?
わからない……わからないよ!
考えても考えてもわからないことだらけで、頭がおかしくなりそう!
目の前を何本もの電車が行き過ぎて、遮断器のバーが上がる。
周りの人に流されるように、私はのそのそと歩いた。
……ただ一つ確実なのは、こうなった原因が自分にあるということだ。
それは、おかしくなった亮太に言われなくても、なんとかく感じていた。
でも、どんなに過去の自分を責めてみても、もう時間は巻き戻せない。
私はただ、元の亮太に戻って欲しいだけ。
ちゃんと亮太に謝って、私には亮太しかいないから、許してほしいと伝えるんだ。
『私と君とでゲームをしよう。一週間以内に、亮太がこちらに戻ってくれば君の勝ち。戻らなければ私の勝ちだ』
あれ……本当なんだろうか……本当に来週の火曜日を過ぎたら、亮太は二度と……
気づいたら、私は線路脇に立ち止まっていた。
コーヒーの空き瓶に生けられた、目の前の白い花にゾワリと鳥肌がたつ。
『この白い花は、誰にでも見えるものではない。お互いに強い感情を抱いている場合にのみ見える、いわば亮太の最後の悪あがきだ』
「最後の悪あがき……」
瓶の中で亡き人を慰める白い花を見つめながら、私は亮太の言葉を思いだしていた。
私は深く息を吐いて、バッグからスマホを取り出した。
頭に咲いた。白い花。
虫眼鏡のマークを押す。
「だめだ、本物の白い花しか出てこない……」
虫。乗っ取り。
「こっちもだめだ……今度は虫しか出てこない」
私はその場に座り込み、スマホを抱きかかえる。
どうして……なんでヒットしないんだろう……
もしかして、こんなことになってるのが、亮太しかいないから?
あまりに大きすぎる不安に、がくがくと体が震える。
私は自分で自分の肩をぎゅっと掴んだ。
誰か……私に本当の事を教えて……
大丈夫だよって、笑いかけて……
誰か……
息が苦しい。
私は藁にも縋る思いで、ぶるぶると小刻みに揺れる指先をスマホの画面に這わせる。
アドレス帳……あから始まって……い……う……え……エリカ……
バッと頭に浮かんだのは、ポニーテールと商業高校のネイビーカラーの制服だった。
私は少しも迷うことなく、緑のコールボタンを押した。
※※※※※
プルルル、プルルル、プルルル……
エリカ、出ないや……
そうだ、忘れてたけど今日はゴールデンウィークの初日だったっけ……
きっと香川君と、どこかに出かけてるんだ……
『もしもし? 汐里?』
耳を離した途端にスマホから漏れ出たエリカの声に、緊張の糸がぷつりと切れた。
『汐里? どうしたの?』
スマホの向こうから聞こえる声。
先月久しぶりに電話で話をしたばかりなのに、なぜか縋りつきたいくらい恋しく感じられた。
『汐里……泣いてるの?』
どうして、それがわかったんだろう?
「うん……ごめん……」
嗚咽が漏れそうになるのを必死に堪えて、ようやく一言だけを絞り出した。
『……今、どこにいるの?』
私はゆっくりと深呼吸を繰り返した。
その間、エリカはずっと黙って私を待ってくれている。
「駅……家の近くの……」
『わかった。今からそっちにいくから待ってて……一時間くらいかかるけど』
私は流れてくる涙を指先で拭った。
「うん、待ってる」
『駅に着いたらまた電話するから……じゃあ、また後でね』
まだ何一つ変わったわけじゃないのに、私の胸の中に深い安堵感が広がった。
そういえば、エリカに会うのは何年ぶりだろう?
高校を卒業してから一度も会っていないから、もう5年くらいかな?
次に会うのは、エリカがママになってからだと思ってたのに……こんなことで会うことになるなんて……
それに、こんな話をそのままエリカにしたところで、困らせてしまうだけのような気もする。
「つい、電話しちゃったけど……やっぱりキャンセル……」
体は正直だ。
口にした言葉とは裏腹に、手は動かない。
どう思われてもいい。ありのままを正直に話そう。
私はため息を吐きながら、近くの喫茶店“カモメ堂”に足を踏み入れた。
きっとエリカなら、ちゃんと私の言葉を受け止めてくれる。
なぜか、そんな気がしていた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
月夜のさや
蓮恭
ミステリー
いじめられっ子で喘息持ちの妹の療養の為、父の実家がある田舎へと引っ越した主人公「天野桐人(あまのきりと)」。
夏休み前に引っ越してきた桐人は、ある夜父親と喧嘩をして家出をする。向かう先は近くにある祖母の家。
近道をしようと林の中を通った際に転んでしまった桐人を助けてくれたのは、髪の長い綺麗な顔をした女の子だった。
夏休み中、何度もその女の子に会う為に夜になると林を見張る桐人は、一度だけ女の子と話す機会が持てたのだった。話してみればお互いが孤独な子どもなのだと分かり、親近感を持った桐人は女の子に名前を尋ねた。
彼女の名前は「さや」。
夏休み明けに早速転校生として村の学校で紹介された桐人。さやをクラスで見つけて話しかけるが、桐人に対してまるで初対面のように接する。
さやには『さや』と『紗陽』二つの人格があるのだと気づく桐人。日によって性格も、桐人に対する態度も全く変わるのだった。
その後に起こる事件と、村のおかしな神事……。
さやと紗陽、二人の秘密とは……?
※ こちらは【イヤミス】ジャンルの要素があります。どんでん返し好きな方へ。
「小説家になろう」にも掲載中。
【R15】アリア・ルージュの妄信
皐月うしこ
ミステリー
その日、白濁の中で少女は死んだ。
異質な匂いに包まれて、全身を粘着質な白い液体に覆われて、乱れた着衣が物語る悲惨な光景を何と表現すればいいのだろう。世界は日常に溢れている。何気ない会話、変わらない秒針、規則正しく進む人波。それでもここに、雲が形を変えるように、ガラスが粉々に砕けるように、一輪の花が小さな種を産んだ。
virtual lover
空川億里
ミステリー
人気アイドルグループの不人気メンバーのユメカのファンが集まるオフ会に今年30歳になる名願愛斗(みょうがん まなと)が参加する。
が、その会を通じて知り合った人物が殺され、警察はユメカを逮捕する。
主人公達はユメカの無実を信じ、真犯人を捕まえようとするのだが……。
女子高生探偵:千影&柚葉
naomikoryo
ミステリー
【★◆毎朝6時更新◆★】名門・天野家の令嬢であり、剣道と合気道の達人——天野千影。
彼女が会長を務める「ミステリー研究会」は、単なる学園のクラブ活動では終わらなかった。
ある日、母の失踪に隠された謎を追う少女・相原美咲が、
不審な取引、隠された地下施設、そして国家規模の陰謀へとつながる"闇"を暴き出す。
次々と立ちはだかる謎と敵対者たち。
そして、それをすべて見下ろすように動く謎の存在——「先生」。
これは、千影が仲間とともに"答え"を求め、剣を抜く物語。
学園ミステリー×クライムサスペンス×アクションが交錯する、極上の戦いが今、始まる——。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―
至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。
二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。
彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。
信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。
歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。
幻想、幻影、エンケージ。
魂魄、領域、人類の進化。
802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。
さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。
私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる