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第一章 エリカと圭介
第27話 ひらめき
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リカちゃんは、やっぱり強いなぁ。
僕はもう音が聞こえないから、リカちゃんが何を言っていたのかは、いつもみたいにわからなかったけれど。
あの強い視線。
僕の心を鷲掴みにする、きれいな黒い瞳。
あの一瞬、僕はそれを独り占めにしたんだ。
はあぁ……嬉しすぎる……もう、泣きそう。
こんな気持ちでさよならができるとは思わなかったよ。
ありがとう、リカちゃん。
大好きだよ、リカちゃん。
そして、さようなら。
明日が過ぎれば、もうなにもかも、全て考えなくてよくなるんだ。
嫌な過去を思い出して沈んだり、まるで希望の持てない将来に重暗くなったり。
そういうのって、ものすごく疲れるんだ。
まるで、強大な圧力に体が押しつぶされるみたい。
重い体と気持ちを引きずって、休まずに学校に行くとお母さんに言ってしまった義務感だけで、学校に向かう。
もうずっと、それをしなくていいんだ。
嬉しい……
リカちゃんは……そんな僕とは違って、とても強い。
楽しそうに笑い合える、友達だっている。
だから……僕は、安心だよ。
リカちゃんは、きっと大丈夫。
いいなぁ……リカちゃんの隣で生きることになる人はさ……
正直、僕はその人がすごく羨ましいよ。
どうかその人が、リカちゃんを大切に……守ってくれる人でありますように。
そしてどうかリカちゃんが、ずっとずっと幸せでありますように。
僕はここから、ずっと祈ってるよ……リカちゃん……
※※※※※※
「やっぱり一番引っかかるのって、ビー玉なんだよな……」
真っ暗な部屋の中、二段ベッドの下段に寝転びながら指先でつまんだビー玉を眺める。
それは枕元の電気スタンドの白い明かりの中でも、とてもきれいに見えた。
透明に朱色が入った柄のビー玉だ。
「私、なんでこんなにビー玉に執着してんのかな……変なの……」
随分長い間、こうしてビー玉を見つめているような気がするけれど。
でも、いくらそうしていても、私の頭には幼い頃の記憶は一向に浮かんでこない。
「あーあ、やっぱ無理か……」
私は諦めて、重くなった腕をおろした。
なんか疲れたな……
耳元でカチコチと音をたて続ける目覚まし時計は、時刻0時を過ぎている。
もう、今は最後の日曜日なんだ。
ああ、くそ……もう一度考え直そう!
「ビー玉……ビー玉といえばなんだろう……うーん、転がしたりぶつけたりして遊んだことは思いだせるんだけどな……だめだ、ビー玉以外のことを考えよう! なにがあったっけ……」
私はぶつぶつ言いながら、なぐり書きしたメモ用紙を手に取った。
バツ印を上書きした、ネットで調べた子どもの好きなもの7つ。それを、もう一度見返してみる。
キャラクターグッズ、おもちゃ、絵本、歌、食べ物、恐竜、工作。
並ぶ文字をゆっくりと眺めながら、ここ最近の事を思い出す。
「そういえば、こないだ駄菓子屋のおばちゃんのことを思い出したんだっけ……」
『駄菓子屋のおばちゃんに怒られるよ』
あの時の……保育園児だった圭介は、手になにかを握っていた。
『でも、どうしても欲しいんだもん!』
私は何やら強い口調で言い返している。
どうしても欲しい?
私、何をそんなに欲しがってたんだっけ……
私はハッとした。
そうだ。私、ビー玉が欲しかったんだ!
「でも、駄菓子屋さんにビー玉なんて売ってたっけ? ……いや、売ってなかったような気がするな……」
それにしても、そのビー玉はなにか特別なものだったんだろうか?
不意に、くらりと眠気に襲われる。
「明日のバイト、朝からだ……」
現実はけして無視できない。
私は朝から昼過ぎまでのスーパーでのバイトを、サボるわけにはいかないのだ。
電気スタンドのスイッチを切り、私は無理やり目を閉じる。
あーあ、夢に正解が出てこないかな……
私は祈るような気持ちで瞼を閉じた。
※※※※※
「次はレジか……」
私はあらかたの品出しを終えて、バックヤードで一息ついていた。
ちらりと腕時計を見ると、あと5分で正午になるところだった。
正午からは、レジ担当に入ることになっている。
今日はゴールデンウィークの最終日で、朝から気温が高かった。
予想最高気温は27度だ。
もう、夏じゃん。
スーパーの中は冷房が効いているから快適だけど、お店に並べる品は夏向け商品が増えてきている。
「結局、夢なんて見なかったしな……あーあ……」
私はぼんやりとため息を吐いた。
あの白い花、力ずくで引っこ抜けないかな……
でも、あのデカい圭介相手じゃ、抵抗されたら無理だもんな……
あぁ、今日どうしよう……
足元に何かがぶつかり、ガタッと音をたてた。
「あ、いけない……ぼーっとしてるから……」
私は急いで屈みこみ、ずれた足元の箱を元の位置に直した。
らむね。
大きな赤い文字が目を飛び込んでくる。
私は思わず動きを止めた。
その箱には、涼し気な水色の地に独特のデザインの瓶と炭酸をあらわすかのような水玉のイラストが描かれている。
そして小さめに印字された“ビー玉入り”の文字。
こ、これだっ!
私は小躍りしたくなるのを必死に堪えたが、湧き出る笑いはどうにもできなかった。
「白鳥さん、そろそろレジお願いね!」
「はい、今行きます!」
私は俄然やる気が湧いてきて、大きな声で返事をしたのだった。
僕はもう音が聞こえないから、リカちゃんが何を言っていたのかは、いつもみたいにわからなかったけれど。
あの強い視線。
僕の心を鷲掴みにする、きれいな黒い瞳。
あの一瞬、僕はそれを独り占めにしたんだ。
はあぁ……嬉しすぎる……もう、泣きそう。
こんな気持ちでさよならができるとは思わなかったよ。
ありがとう、リカちゃん。
大好きだよ、リカちゃん。
そして、さようなら。
明日が過ぎれば、もうなにもかも、全て考えなくてよくなるんだ。
嫌な過去を思い出して沈んだり、まるで希望の持てない将来に重暗くなったり。
そういうのって、ものすごく疲れるんだ。
まるで、強大な圧力に体が押しつぶされるみたい。
重い体と気持ちを引きずって、休まずに学校に行くとお母さんに言ってしまった義務感だけで、学校に向かう。
もうずっと、それをしなくていいんだ。
嬉しい……
リカちゃんは……そんな僕とは違って、とても強い。
楽しそうに笑い合える、友達だっている。
だから……僕は、安心だよ。
リカちゃんは、きっと大丈夫。
いいなぁ……リカちゃんの隣で生きることになる人はさ……
正直、僕はその人がすごく羨ましいよ。
どうかその人が、リカちゃんを大切に……守ってくれる人でありますように。
そしてどうかリカちゃんが、ずっとずっと幸せでありますように。
僕はここから、ずっと祈ってるよ……リカちゃん……
※※※※※※
「やっぱり一番引っかかるのって、ビー玉なんだよな……」
真っ暗な部屋の中、二段ベッドの下段に寝転びながら指先でつまんだビー玉を眺める。
それは枕元の電気スタンドの白い明かりの中でも、とてもきれいに見えた。
透明に朱色が入った柄のビー玉だ。
「私、なんでこんなにビー玉に執着してんのかな……変なの……」
随分長い間、こうしてビー玉を見つめているような気がするけれど。
でも、いくらそうしていても、私の頭には幼い頃の記憶は一向に浮かんでこない。
「あーあ、やっぱ無理か……」
私は諦めて、重くなった腕をおろした。
なんか疲れたな……
耳元でカチコチと音をたて続ける目覚まし時計は、時刻0時を過ぎている。
もう、今は最後の日曜日なんだ。
ああ、くそ……もう一度考え直そう!
「ビー玉……ビー玉といえばなんだろう……うーん、転がしたりぶつけたりして遊んだことは思いだせるんだけどな……だめだ、ビー玉以外のことを考えよう! なにがあったっけ……」
私はぶつぶつ言いながら、なぐり書きしたメモ用紙を手に取った。
バツ印を上書きした、ネットで調べた子どもの好きなもの7つ。それを、もう一度見返してみる。
キャラクターグッズ、おもちゃ、絵本、歌、食べ物、恐竜、工作。
並ぶ文字をゆっくりと眺めながら、ここ最近の事を思い出す。
「そういえば、こないだ駄菓子屋のおばちゃんのことを思い出したんだっけ……」
『駄菓子屋のおばちゃんに怒られるよ』
あの時の……保育園児だった圭介は、手になにかを握っていた。
『でも、どうしても欲しいんだもん!』
私は何やら強い口調で言い返している。
どうしても欲しい?
私、何をそんなに欲しがってたんだっけ……
私はハッとした。
そうだ。私、ビー玉が欲しかったんだ!
「でも、駄菓子屋さんにビー玉なんて売ってたっけ? ……いや、売ってなかったような気がするな……」
それにしても、そのビー玉はなにか特別なものだったんだろうか?
不意に、くらりと眠気に襲われる。
「明日のバイト、朝からだ……」
現実はけして無視できない。
私は朝から昼過ぎまでのスーパーでのバイトを、サボるわけにはいかないのだ。
電気スタンドのスイッチを切り、私は無理やり目を閉じる。
あーあ、夢に正解が出てこないかな……
私は祈るような気持ちで瞼を閉じた。
※※※※※
「次はレジか……」
私はあらかたの品出しを終えて、バックヤードで一息ついていた。
ちらりと腕時計を見ると、あと5分で正午になるところだった。
正午からは、レジ担当に入ることになっている。
今日はゴールデンウィークの最終日で、朝から気温が高かった。
予想最高気温は27度だ。
もう、夏じゃん。
スーパーの中は冷房が効いているから快適だけど、お店に並べる品は夏向け商品が増えてきている。
「結局、夢なんて見なかったしな……あーあ……」
私はぼんやりとため息を吐いた。
あの白い花、力ずくで引っこ抜けないかな……
でも、あのデカい圭介相手じゃ、抵抗されたら無理だもんな……
あぁ、今日どうしよう……
足元に何かがぶつかり、ガタッと音をたてた。
「あ、いけない……ぼーっとしてるから……」
私は急いで屈みこみ、ずれた足元の箱を元の位置に直した。
らむね。
大きな赤い文字が目を飛び込んでくる。
私は思わず動きを止めた。
その箱には、涼し気な水色の地に独特のデザインの瓶と炭酸をあらわすかのような水玉のイラストが描かれている。
そして小さめに印字された“ビー玉入り”の文字。
こ、これだっ!
私は小躍りしたくなるのを必死に堪えたが、湧き出る笑いはどうにもできなかった。
「白鳥さん、そろそろレジお願いね!」
「はい、今行きます!」
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