24 / 53
第一章 エリカと圭介
第24話 中学三年生、5月
しおりを挟む
僕はこのまま高校受験もしないで、適当に生きて、適当に死ぬんだ。
いつものルーティン。
夕方5時30分頃にうろつく近所の本屋さん。
規模はさほど大きくはないけれど、色んなジャンルの書籍がバランスよく置かれている。
あ、リカちゃんだ。
僕は咄嗟に本棚の影に身を潜めた。
中学校には、去年から行っていない。
同じ団地に住む同級生を見かける度に、僕は今みたいに本棚の影でじっと息を潜めていた。
中学校の制服を着たリカちゃんの姿を見たのは、久しぶりだった。
リカちゃんが立ち読みしているあの辺りは、高校受験に役立つ情報が掲載された本が平積みされているコーナーだ。
そっか……もう中三の5月だもんな……どこの高校受けるか、考える時期だよな……
リカちゃんと、同じ高校に行きたい。
ふと湧き出た感情に、僕は戸惑った。
その思いは、ぼんやりと毎日を過ごしていた僕には考えられない程、勢いがあってはっきりとした輪郭をしていた。
いや……でも……僕はもう学校に行ってないし……
僕は木目調の床のじっと見つめ、考える。
今さら、高校受験なんて……できるんだろうか?
やがてリカちゃんは手にしていた分厚い本を置いて、出口に向かって歩き始める。
あ、リカちゃん、行っちゃった……
歩くたびに微かに揺れるポニーテールは、保育園の頃からずっと変わらない。
いつ見ても、強さがにじみ出ているリカちゃんのポニーテール……いいよなあ……
胸がじわりと疼いて、僕の体が熱を帯びる。
僕はリカちゃんが好きだった。
だったと過去形にしているけど、本当は今でも好きだ。
幼い頃の空想の世界では、僕は王子様でリカちゃんはお姫様だった。
王子様は最初からカッコよくて強くて勇敢で。
臆病で挑むくらいなら逃げるを選択してしまう僕とは大違いだ。
お姫様は、可愛くてきれいで守ってあげたくなっちゃう癒やしの存在。
リカちゃんは、昔も今もずっとかわいい。
癒やされるというより、ドキドキしてしまう。
広がっていく理想と現実のギャップにがっかりしたのは、小学校にあがってすぐの頃だった。
現実は、僕にとって意地悪で苦しいものだった。
それに対して、僕はどうしたらいいのかさっぱりわからなかった。
だから、逃げた。
本当は正面から、ちゃんとリカちゃんを見たかったけれど、今の僕にそんな勇気はない。
僕はリカちゃんと会わないように、時間を置いてから本屋さんを出た。
リカちゃんがどこの高校を受験するのか、どうやったら知ることができるだろう?
あれ……僕、こんなに諦めが悪かったっけ。
ついさっきまで、ぼんやり生きてなんとなく死ねばいいかって思ってたのに。
僕はモヤモヤしたものを抱えたまま、慣れた帰り道を辿る。
何も考えずに、ふらりと立ち寄った団地近くのスーパーで、箱のアーモンドチョコレートとマカダミアナッツチョコレートを買った。
あと、ゴマせんべいも。
甘いものの後はやっぱりしょっぱいものだよ。
うん。
そのまま家に帰る気にならなくて、僕は公園のベンチに座ってアーモンドチョコレートとゴマせんべいを交互に食べていた。
あ、幸太だ。
ぼんやりとした夜の風景が、急に色鮮やかに見え始める。
運動部に所属し始めたのだろう、中一のリカちゃんの弟の幸太は、学校指定のジャージ姿でテニスのラケットを背負っていた。
叫んだのは、いつぶりだっただろう?
振り返った幸太を呼び止めなければ、僕は一生後悔する。
そんな気がしていた。
『姉ちゃんの受験先の高校? 知ってるよ!』
僕が差し出したアーモンドチョコレートの箱からチョコレートをつまみながら、幸太はにこりと笑った。
『うちからチャリで通える、偏差値の低い商業高校だよ。ほら、うちって金ないからさ、絶対に受かる公立じゃなきゃダメじゃん? おまけに通学費もかからないわ、就職には強いわ、まさにうちのためにあるような学校だよね! アハハ!』
よし!
よくやった幸太!!
君は最高だ!
『え? これくれるの? やったあ、ラッキー!』
幸太は僕が差し出した未開封のマカダミアナッツチョコレートを手に、さらに笑顔になった。
ついでに僕は、幸太に口止めを依頼する。
『うん、いいよ。黙っとくよ! 圭介兄はどこの学校受けるの?』
僕は、今から頑張ってリカちゃんと同じ高校に行くんだ!
『ナイショ』
『ふぅん、そっか……じゃ、受験勉強、頑張れよ! チョコさんきゅー!』
幸太、ほんとにありがとう。
小さくなっていく幸太の背を見つめながら、僕は久しぶりの幸福感を味わっていた。
いつものルーティン。
夕方5時30分頃にうろつく近所の本屋さん。
規模はさほど大きくはないけれど、色んなジャンルの書籍がバランスよく置かれている。
あ、リカちゃんだ。
僕は咄嗟に本棚の影に身を潜めた。
中学校には、去年から行っていない。
同じ団地に住む同級生を見かける度に、僕は今みたいに本棚の影でじっと息を潜めていた。
中学校の制服を着たリカちゃんの姿を見たのは、久しぶりだった。
リカちゃんが立ち読みしているあの辺りは、高校受験に役立つ情報が掲載された本が平積みされているコーナーだ。
そっか……もう中三の5月だもんな……どこの高校受けるか、考える時期だよな……
リカちゃんと、同じ高校に行きたい。
ふと湧き出た感情に、僕は戸惑った。
その思いは、ぼんやりと毎日を過ごしていた僕には考えられない程、勢いがあってはっきりとした輪郭をしていた。
いや……でも……僕はもう学校に行ってないし……
僕は木目調の床のじっと見つめ、考える。
今さら、高校受験なんて……できるんだろうか?
やがてリカちゃんは手にしていた分厚い本を置いて、出口に向かって歩き始める。
あ、リカちゃん、行っちゃった……
歩くたびに微かに揺れるポニーテールは、保育園の頃からずっと変わらない。
いつ見ても、強さがにじみ出ているリカちゃんのポニーテール……いいよなあ……
胸がじわりと疼いて、僕の体が熱を帯びる。
僕はリカちゃんが好きだった。
だったと過去形にしているけど、本当は今でも好きだ。
幼い頃の空想の世界では、僕は王子様でリカちゃんはお姫様だった。
王子様は最初からカッコよくて強くて勇敢で。
臆病で挑むくらいなら逃げるを選択してしまう僕とは大違いだ。
お姫様は、可愛くてきれいで守ってあげたくなっちゃう癒やしの存在。
リカちゃんは、昔も今もずっとかわいい。
癒やされるというより、ドキドキしてしまう。
広がっていく理想と現実のギャップにがっかりしたのは、小学校にあがってすぐの頃だった。
現実は、僕にとって意地悪で苦しいものだった。
それに対して、僕はどうしたらいいのかさっぱりわからなかった。
だから、逃げた。
本当は正面から、ちゃんとリカちゃんを見たかったけれど、今の僕にそんな勇気はない。
僕はリカちゃんと会わないように、時間を置いてから本屋さんを出た。
リカちゃんがどこの高校を受験するのか、どうやったら知ることができるだろう?
あれ……僕、こんなに諦めが悪かったっけ。
ついさっきまで、ぼんやり生きてなんとなく死ねばいいかって思ってたのに。
僕はモヤモヤしたものを抱えたまま、慣れた帰り道を辿る。
何も考えずに、ふらりと立ち寄った団地近くのスーパーで、箱のアーモンドチョコレートとマカダミアナッツチョコレートを買った。
あと、ゴマせんべいも。
甘いものの後はやっぱりしょっぱいものだよ。
うん。
そのまま家に帰る気にならなくて、僕は公園のベンチに座ってアーモンドチョコレートとゴマせんべいを交互に食べていた。
あ、幸太だ。
ぼんやりとした夜の風景が、急に色鮮やかに見え始める。
運動部に所属し始めたのだろう、中一のリカちゃんの弟の幸太は、学校指定のジャージ姿でテニスのラケットを背負っていた。
叫んだのは、いつぶりだっただろう?
振り返った幸太を呼び止めなければ、僕は一生後悔する。
そんな気がしていた。
『姉ちゃんの受験先の高校? 知ってるよ!』
僕が差し出したアーモンドチョコレートの箱からチョコレートをつまみながら、幸太はにこりと笑った。
『うちからチャリで通える、偏差値の低い商業高校だよ。ほら、うちって金ないからさ、絶対に受かる公立じゃなきゃダメじゃん? おまけに通学費もかからないわ、就職には強いわ、まさにうちのためにあるような学校だよね! アハハ!』
よし!
よくやった幸太!!
君は最高だ!
『え? これくれるの? やったあ、ラッキー!』
幸太は僕が差し出した未開封のマカダミアナッツチョコレートを手に、さらに笑顔になった。
ついでに僕は、幸太に口止めを依頼する。
『うん、いいよ。黙っとくよ! 圭介兄はどこの学校受けるの?』
僕は、今から頑張ってリカちゃんと同じ高校に行くんだ!
『ナイショ』
『ふぅん、そっか……じゃ、受験勉強、頑張れよ! チョコさんきゅー!』
幸太、ほんとにありがとう。
小さくなっていく幸太の背を見つめながら、僕は久しぶりの幸福感を味わっていた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
【毎日20時更新】アンメリー・オデッセイ
ユーレカ書房
ミステリー
からくり職人のドルトン氏が、何者かに殺害された。ドルトン氏の弟子のエドワードは、親方が生前大切にしていた本棚からとある本を見つける。表紙を宝石で飾り立てて中は手書きという、なにやらいわくありげなその本には、著名な作家アンソニー・ティリパットがドルトン氏とエドワードの父に宛てた中書きが記されていた。
【時と歯車の誠実な友、ウィリアム・ドルトンとアルフレッド・コーディに。 A・T】
なぜこんな本が店に置いてあったのか? 不思議に思うエドワードだったが、彼はすでにおかしな本とふたつの時計台を巡る危険な陰謀と冒険に巻き込まれていた……。
【登場人物】
エドワード・コーディ・・・・からくり職人見習い。十五歳。両親はすでに亡く、親方のドルトン氏とともに暮らしていた。ドルトン氏の死と不思議な本との関わりを探るうちに、とある陰謀の渦中に巻き込まれて町を出ることに。
ドルトン氏・・・・・・・・・エドワードの親方。優れた職人だったが、職人組合の会合に出かけた帰りに何者かによって射殺されてしまう。
マードック船長・・・・・・・商船〈アンメリー号〉の船長。町から逃げ出したエドワードを船にかくまい、船員として雇う。
アーシア・リンドローブ・・・マードック船長の親戚の少女。古書店を開くという夢を持っており、謎の本を持て余していたエドワードを助ける。
アンソニー・ティリパット・・著名な作家。エドワードが見つけた『セオとブラン・ダムのおはなし』の作者。実は、地方領主を務めてきたレイクフィールド家の元当主。故人。
クレイハー氏・・・・・・・・ティリパット氏の甥。とある目的のため、『セオとブラン・ダムのおはなし』を探している。
初恋
三谷朱花
ミステリー
間島蒼佑は、結婚を前に引っ越しの荷物をまとめていた時、一冊の本を見付ける。それは本棚の奥深くに隠していた初恋の相手から送られてきた本だった。
彼女はそれから間もなく亡くなった。
親友の巧の言葉をきっかけに、蒼佑はその死の真実に近づいていく。
※なろうとラストが違います。
四次元残響の檻(おり)
葉羽
ミステリー
音響学の権威である変わり者の学者、阿座河燐太郎(あざかわ りんたろう)博士が、古びた洋館を改装した音響研究所の地下実験室で謎の死を遂げた。密室状態の実験室から博士の身体は消失し、物証は一切残されていない。警察は超常現象として捜査を打ち切ろうとするが、事件の報を聞きつけた神藤葉羽は、そこに論理的なトリックが隠されていると確信する。葉羽は、幼馴染の望月彩由美と共に、奇妙な音響装置が残された地下実験室を訪れる。そこで葉羽は、博士が四次元空間と共鳴現象を利用した前代未聞の殺人トリックを仕掛けた可能性に気づく。しかし、謎を解き明かそうとする葉羽と彩由美の周囲で、不可解な現象が次々と発生し、二人は見えない恐怖に追い詰められていく。四次元残響が引き起こす恐怖と、天才高校生・葉羽の推理が交錯する中、事件は想像を絶する結末へと向かっていく。
どんでん返し
あいうら
ミステリー
「1話完結」~最後の1行で衝撃が走る短編集~
ようやく子どもに恵まれた主人公は、家族でキャンプに来ていた。そこで偶然遭遇したのは、彼が閑職に追いやったかつての部下だった。なぜかファミリー用のテントに1人で宿泊する部下に違和感を覚えるが…
(「薪」より)
マーガレット・ラストサマー ~ある人形作家の記憶~
とちのとき
ミステリー
人形工房を営む姉弟。二人には秘密があった。それは、人形が持つ記憶を読む能力と、人形に人間の記憶を移し与える能力を持っている事。
二人が暮らす街には凄惨な過去があった。人形殺人と呼ばれる連続殺人事件・・・・。被害にあった家はそこに住む全員が殺され、現場には凶器を持たされた人形だけが残されるという未解決事件。
二人が過去に向き合った時、再びこの街で誰かの血が流れる。
【作者より】
ノベルアップ+でも投稿していた作品です。アルファポリスでは一部加筆修正など施しアップします。最後まで楽しんで頂けたら幸いです。
冤罪! 全身拘束刑に処せられた女
ジャン・幸田
ミステリー
刑務所が廃止された時代。懲役刑は変化していた! 刑の執行は強制的にロボットにされる事であった! 犯罪者は人類に奉仕する機械労働者階級にされることになっていた!
そんなある時、山村愛莉はライバルにはめられ、ガイノイドと呼ばれるロボットにされる全身拘束刑に処せられてしまった! いわば奴隷階級に落とされたのだ! 彼女の罪状は「国家機密漏洩罪」! しかも、首謀者にされた。
機械の身体に融合された彼女は、自称「とある政治家の手下」のチャラ男にしかみえない長崎淳司の手引きによって自分を陥れた者たちの魂胆を探るべく、ガイノイド「エリー」として潜入したのだが、果たして真実に辿りつけるのか? 再会した後輩の真由美とともに危険な冒険が始まる!
サイエンスホラーミステリー! 身体を改造された少女は事件を解決し冤罪を晴らして元の生活に戻れるのだろうか?
*追加加筆していく予定です。そのため時期によって内容は違っているかもしれません、よろしくお願いしますね!
*他の投稿小説サイトでも公開しておりますが、基本的に内容は同じです。
*現実世界を連想するような国名などが出ますがフィクションです。パラレルワールドの出来事という設定です。
闇の残火―近江に潜む闇―
渋川宙
ミステリー
美少女に導かれて迷い込んだ村は、秘密を抱える村だった!?
歴史大好き、民俗学大好きな大学生の古関文人。彼が夏休みを利用して出掛けたのは滋賀県だった。
そこで紀貫之のお墓にお参りしたところ不思議な少女と出会い、秘密の村に転がり落ちることに!?
さらにその村で不可解な殺人事件まで起こり――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる