【完結済】頭に咲く白い花は幸せの象徴か

鹿嶋 雲丹

文字の大きさ
上 下
19 / 53
第一章 エリカと圭介

第19話 サプリメントの真実

しおりを挟む
「うわっ、けっこう混んでる」

 フリマ会場には、既にけっこう人がいた。
 団地の敷地内にある広場がその会場だ。

 今日は天気が良いから、散歩がてら立ち寄る人も沢山いそうだ。

 私が探してるもの、見つかりますように!
 そう祈りながら、賑やかな店先を覗いていく。

 古着や食器などの雑貨、本やCD、おもちゃ。

「あ、ここ、ミニカーがある……ちょっと見てみよう」

 私はとある店先にしゃがみこんで、10円、とでかでかと値段が示されている箱の中身を物色し始めた。
「えーっと、カードゲームにミニカー……電車のおもちゃ、猫のぬいぐるみにビー玉……」

 ん? ビー玉?

 私はふと手を止めた。

 なんだろう?
 なんか……ひっかかるような気がする。

「んー……なんだっけ……」
 
 私は手の中の赤いビー玉をじっと見つめて、必死に何かを思い出そうとした。
 だけど。

「……だめだ……なんにも出てこないや……まあいいか、もしビー玉になにかあるんなら、圭介が見た時になにか反応があるだろ」
 私は記憶を蘇らせる役を圭介に委ねることにした。
 だって、自分じゃ思い出せないんだから、しょうがないじゃん。

「もう、なにがヒットするかわからんから、とりあえずこれ全部買っちゃえ……全部10円だし! すいませーん、これください!」
 私はさらに、けん玉やベーゴマみたいなおもちゃを追加して、お店の人に小銭を手渡した。

「あれ?」
 ちゃんと戸締まりして出てきた筈なのに、玄関のドアが少し開いている。
 中に入るとすぐに無造作に転がっているスニーカーが目に入る。

 お母さんのだ。

「お母さん、もう帰ってるの? ただいまぁ!」

 私はお母さんのスニーカーをきれいに揃えながら、部屋に向かって叫んだ。

「あらお帰り、エリカ」

 すぐに、今帰ってきたばかりのようなお母さんが顔を見せた。

「お母さん、もう仕事から帰ってきたの? 随分早いじゃん」

 朝8時から近所の倉庫会社で働いているお母さんの帰宅予定時刻は、12時30分だ。
 今はまだ11時30分だから、予定より1時間も早い。

「毎年ゴールデンウィークは仕事が暇なのよ」
「あれ、そうだったっけ? あー、暑かったから喉乾いたぁ……」

 5月の日差しは強い。1時間も日差しの下にいたら、すっかり汗をかいてしまった。
 私は冷蔵庫から麦茶の入ったティーポットを取り出し、コップに注いだ後すぐに飲み干した。

「あ、そういえばあんた宛に郵便物が来てたわよ、はい」
「ありがと」

 お母さんから受け取ったのは、薄くて小さい包みだった。
 ちょうど、サプリメントのパッケージほどの大きさだ。

「あっ、もう来たんだ、早!」

 心当たりは一つしかない。昨日の朝注文した、お試し用のサプリメントだ。
 差出人を確認すると、やっぱりサプリメントの販売会社の社名がある。

 よし、早速部屋で開封しよう!

「あんたそれ、よく眠れるようになるサプリでしょ? 夜、眠れてないの?」

 ……ちょっと待って……どうして、お母さんがそれを知ってるの? まさか……

 私は慌てて振り返る。

「お母さん! もしかしてこのサプリ……」
「いやあ、お母さんも更年期症状なのか疲れすぎなのかよくわからないけど、最近寝つきが悪くてさぁ」

 あはは、とお母さんはいつものようにあっけらかんと笑った。

「そ、そんなことより、頭!」

 私はすぐさま、私と同じくらいの背の高さのお母さんの頭頂部をまじまじと見た。
 でも、そこには白い花なんか咲いていない。

 ああ、良かった……間に合ったんだ……

「このサプリ、まだ飲んでないんだね?」
「いやあ、飲んでる間は効くのよ。でもやっぱり続けなきゃだめねぇ」
「なっ……飲んだの⁉」

 飲んだ……飲んじゃったの! この、虫入りサプリを⁉

 私の体の中から力がどっと抜けて、椅子にぶつかってガタンと音をたてた。

「いつ……これ飲んだのは、いつの話なの⁉」
「え? えっと……2ヶ月くらい前かな? どうしたのよ、そんなに真剣な表情かおしちゃってさ」

 そりゃ、真剣にもなるよ!
 お母さんも圭介みたいになっちゃうんだから!

「まさか、ぜ、全部飲んだとか」

 私はなんとか呼吸を整えながら聞いた。

「そりゃ飲んだわよ。だってそれ試供品だから、20日分しか入ってないのよ」

 全部飲んだ⁉
 嘘でしょ!

「ま、まさか、なんともないの? なんか変な声が聞こえるようになったとかさ、飲んでから変わったこと、なにかあるでしょ?」
「変な声? なにそれ? 単によく眠れるようになるだけよ、そのサプリ」
「そんなバカな……だって、圭介はこれで……」

 でも確かに、あっけらかんとしているお母さんは、いつもと変わらない。
 このサプリメントを飲んだのは、もう2ヶ月も前の話だっていうのに。

「どういうことなんだよ……悩みがない人には、虫は取り憑けないってことなの?」
「それよりあんた、そんなサプリ試そうとするなんて、眠れない程なにかに悩んでるの? あっ、わかった、恋の悩みでしょ? そういうのはね、まずお母さんに相談しな……って、あら、行っちゃった……」

 私はお母さんの言葉が終わるのを待たずに、部屋に駆け込んだ。
 無言でビリビリと包装紙を破り、サプリメントを取り出す。
 そして、机の上に置いてある鉛筆立てから、ハサミを手に取った。

 カプセルの中を確認しなくちゃ。
 怖いけど……やらないわけにいかない。

 私は震える手でパッケージを開封した。

 中に入っていたのは、ホームページで見たあの白いカプセルだ。

「切る……切るんだ……」

 ガタガタ震える白いカプセルを、ハサミの刃に当てる。

 切ったら……カプセルの中には、中には……

 変な汗が額に浮かび、自分が呼吸しているのかどうかわからなくなる。

 私は目をつぶって、ハサミの柄に掛けた指に力をこめた。

 ばつん!

 カプセルを切断した確かな手応えが、手に伝わってくる。

 そっと瞼を開いた私の目に映ったのは、千切れた虫の体ではなく、なにかどろりとしたものだった。
 途端に、体から緊張感が抜けていく。

「なんなの、これ……ハッ……まさか、あの話……嘘なんじゃ……」

 私はぐしゃりとサプリメントの袋を握り潰した。

「くそっ、あいつ……!」

 脳裏にニヤリと笑った圭介が浮かぶ。
 私はそれを睨みつけて、サプリメントの袋を乱暴にリュックに押し込んだのだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【毎日更新】教室崩壊カメレオン【3月完結確定】

めんつゆ
ミステリー
ーー「それ」がわかった時、物語はひっくり返る……。 真実に近づく為の伏線が張り巡らされています。 あなたは何章で気づけますか?ーー 舞台はとある田舎町の中学校。 平和だったはずのクラスは 裏サイトの「なりすまし」によって支配されていた。 容疑者はたった7人のクラスメイト。 いじめを生み出す黒幕は誰なのか? その目的は……? 「2人で犯人を見つけましょう」 そんな提案を持ちかけて来たのは よりによって1番怪しい転校生。 黒幕を追う中で明らかになる、クラスメイトの過去と罪。 それぞれのトラウマは交差し、思いもよらぬ「真相」に繋がっていく……。 中学生たちの繊細で歪な人間関係を描く青春ミステリー。

Energy vampire

紫苑
ミステリー
*️⃣この話は実話を元にしたフィクションです。 エナジーヴァンパイアとは 人のエネルギーを吸い取り、周囲を疲弊させる人の事。本人は無自覚であることも多い。 登場人物 舞花 35歳 詩人 (クリエーターネームは 琴羽あるいは、Kotoha) LANDY 22歳  作曲家募集のハッシュタグから応募してきた作曲家の1人 Tatsuya 25歳 琴羽と正式な音楽パートナーである作曲家 沙也加 人気のオラクルヒーラー 主に霊感霊視タロットを得意とする。ヒーラーネームはプリンセスさあや 舞花の高校時代からの友人 サファイア 音楽歴は10年以上のベテランの作曲家。ニューハーフ。 【あらすじ】 アマチュアの詩人 舞花 不思議な縁で音楽系YouTuberの世界に足を踏み入れる。 彼女は何人かの作曲家と知り合うことになるが、そのうちの一人が決して関わってはならない男だと後になって知ることになる…そう…彼はエナジーヴァンパイアだったのだ…

残響の家

takehiro_music
ミステリー
「見える」力を持つ大学生・水瀬悠斗は、消えない過去の影を抱えていた。ある日、友人たちと共に訪れた廃墟「忘れられた館」が、彼の運命を揺り動かす。 そこは、かつて一家全員が失踪したという、忌まわしい過去を持つ場所。館内に足を踏み入れた悠斗たちは、時を超えた残響に導かれ、隠された真実に近づいていく。 壁の染み、床の軋み、風の囁き… 館は、過去の記憶を語りかける。失踪した家族、秘密の儀式、そして、悠斗の能力に隠された秘密とは? 友人との絆、そして、内なる声に導かれ、悠斗は「忘れられた館」に隠された真実と対峙する。それは、過去を解き放ち、未来を切り開くための、魂の試練となる。 インクの染みのように心に刻まれた過去、そして、微かに聞こえる未来への希望。古びた館を舞台に、時を超えたミステリーが、今、幕を開ける。

港までの道程

紫 李鳥
ミステリー
港町にある、〈玄三庵〉という蕎麦屋に、峰子という女が働いていた。峰子は、毎日同じ絣の着物を着ていたが、そのことを恥じるでもなく、いつも明るく客をもてなしていた。

ハイブリッド・ブレイン

青木ぬかり
ミステリー
「人とアリ、命の永さは同じだよ。……たぶん」  14歳女子の死、その理由に迫る物語です。

この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。 二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。 彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。 信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。 歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。 幻想、幻影、エンケージ。 魂魄、領域、人類の進化。 802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。 さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。 私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。

カフェ・シュガーパインの事件簿

山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

マクデブルクの半球

ナコイトオル
ミステリー
ある夜、電話がかかってきた。ただそれだけの、はずだった。 高校時代、自分と折り合いの付かなかった優等生からの唐突な電話。それが全てのはじまりだった。 電話をかけたのとほぼ同時刻、何者かに突き落とされ意識不明となった青年コウと、そんな彼と昔折り合いを付けることが出来なかった、容疑者となった女、ユキ。どうしてこうなったのかを調べていく内に、コウを突き落とした容疑者はどんどんと増えてきてしまう─── 「犯人を探そう。出来れば、彼が目を覚ますまでに」 自他共に認める在宅ストーカーを相棒に、誰かのために進む、犯人探し。

処理中です...