【完結済】頭に咲く白い花は幸せの象徴か

鹿嶋 雲丹

文字の大きさ
上 下
8 / 53
第一章 エリカと圭介

第8話 圭介と圭介のお母さん

しおりを挟む
 リカちゃんの声が聞こえなくなった。
 あーあ、せっかく久しぶりにたくさん聞けて、僕は嬉しかったのに。
 でも、僕の為に悔しそうだったり戸惑ったりしているリカちゃんを見て、僕はくすぐったくなった。
 もっと早く、こんなリカちゃんを見たかったな……僕はもう、自分だけじゃどうにもできないところまで来てしまった。
 リカちゃんは、多分正解にはたどり着けないと思う。
 だって、あんなに楽しそうに、僕以外の友達と毎日過ごしていたんだから。
 記憶は、新しいものにどんどん塗り替えられていくんだ。仕方ないさ。
 タイムリミットまで、あと一週間もない。
 明日の夜も、リカちゃんは来てくれるかな?
 今度は、なにを持ってきてくれるんだろう……またショック療法を選んでたら、嫌だな。僕、苦手な食べ物多いんだよ。
 リカちゃん、それをよく知ってるし、ちょっと意地悪なところがあるから心配だな。
 それでも僕は、あの気の強いリカちゃんの、ハラハラした表情かおが見たい。
 大好きなあの声が聞こえなくても。
 僕は待っているよ。あぁ、楽しみだなぁ。



 世間はゴールデンウィークというやつに突入した。
 今日は水曜日。今日から期限の日曜日まで、5連休だ。
「いらっしゃいませ~」
 私はバイト用の、なるべく上品な声を出した。今は、お昼用のお弁当の品出し中だ。

 まだ温かい容器を素早く並べながら、私は昨夜の事を思い出していた。
『君と圭介こいつだけが共有しているもの。それがヒントだ』
 私があいつからヒントをもらったから、圭介は音が聞こえなくなった。

 そう思うと、途端に胸が苦しくなる。
 いや、落ち着け。私がゲームに勝てばいいだけなんだから。
 私が圭介とよく一緒にいたのは、保育園児だった頃から小学一年生くらいまでだ。

「その時の事、あんまり覚えてないんだよな……」
 昨日はたまたま、おにぎりの梅干しから保育園時代の一コマを思い出せたけど。そうそう、次から次へと思い出せるものじゃなかった。

 私はお弁当を並べ終えて、一人ため息を吐いた。

咲希さきちゃんに聞いてみようかな……」
 私は同じ団地に住んでいる、一つ年上の咲希ちゃんの姿を思い浮かべた。
 咲希ちゃんの連絡先は、スマホに登録してある。
 中学生の時は同じ部に所属していたからよく喋っていたけど、高校は別々だから顔を合わせる機会はめっきり減っていた。
 今日のバイトは午後2時までだ。
「終わったら、電話してみよう……」
 私はお弁当が乗っていた銀色の大きなお盆を手に、バックヤードに向かって歩き出した。

「あっ……」
 つい、声が出てしまった。
 グリーンの買い物かごを手にパンを物色している圭介のお母さんが、目の前にいたからだ。

 少し気の弱そうな目が、圭介によく似ている。

「おはようございます」
 気づいた時には、もう話しかけていた。
「あら……えっ、エリカちゃん?」
「はい、今日は祝日なので午前シフトなんです」
 私は精一杯の笑顔を浮かべる。
「そうなの……偉いわね、アルバイトして」
 お母さんはにこりと笑う。
「圭介君……最近変わりましたよね?」
 お母さんの視線が、ほんの少したじろいだ。
「私、今圭介君と同じクラスなんです」
「そうだったの……あの子、あまり学校のこと話さないから知らなかったわ」
「違和感、感じませんか?」
 明らかに、お母さんの体が揺れた。それでも、笑顔はなくならない。
「そうね……今のクラスになってから、随分明るくなったのよ……多分、お友達や先生との相性が良かったのね」

 違う。そこは関係ないんだ。
 お母さんは、あの白い花を見ているはず。

「白い花が頭に咲いてるのは、普通じゃありませんよね?」
 ガタッとパンの棚とお母さんの持つ買い物かごがぶつかって、パンが棚から落ちた。
 私はそれを拾い、お母さんを見る。マスクから出たお母さんの目は、少し虚ろに見えた。
「私にも見えるんです、あの白い花」
「それね、気のせいよ……多分、光の加減かなにかなんじゃないかしら? 私には、すぐに見えなくなったもの……」
 目を細めたお母さんの言葉は、語尾が消え入りそうだった。

『母親には、もうこの花が見えていない……諦めたからだ、お互いに』

 私も圭介を諦めたら、あの白い花が見えなくなるんだろう。

「私は、諦めませんから」
 私は立ち尽くすお母さんに頭を下げ、足を踏み出した。
「あなた達には、わからないわよ……」
 お母さんの呟きが、すっと耳に入ってくる。

 私は目を伏せた。
 罪悪感を抱いている私には、きつい言葉だ。

 苦しんでいた圭介を間近で見てきたお母さん。きっと、ものすごく思い悩んでいただろう。
 その重い日々から、ようやく抜け出せたのだ。

「でもあれは、圭介じゃない……私は、嫌だ……」
 バックヤードの扉に背を預け、私は床に向かって思いを吐き出したのだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

それは奇妙な町でした

ねこしゃけ日和
ミステリー
 売れない作家である有馬四迷は新作を目新しさが足りないと言われ、ボツにされた。  バイト先のオーナーであるアメリカ人のルドリックさんにそのことを告げるとちょうどいい町があると教えられた。  猫神町は誰もがねこを敬う奇妙な町だった。

マクデブルクの半球

ナコイトオル
ミステリー
ある夜、電話がかかってきた。ただそれだけの、はずだった。 高校時代、自分と折り合いの付かなかった優等生からの唐突な電話。それが全てのはじまりだった。 電話をかけたのとほぼ同時刻、何者かに突き落とされ意識不明となった青年コウと、そんな彼と昔折り合いを付けることが出来なかった、容疑者となった女、ユキ。どうしてこうなったのかを調べていく内に、コウを突き落とした容疑者はどんどんと増えてきてしまう─── 「犯人を探そう。出来れば、彼が目を覚ますまでに」 自他共に認める在宅ストーカーを相棒に、誰かのために進む、犯人探し。

ハイブリッド・ブレイン

青木ぬかり
ミステリー
「人とアリ、命の永さは同じだよ。……たぶん」  14歳女子の死、その理由に迫る物語です。

放課後は、喫茶店で謎解きを 〜佐世保ジャズカフェの事件目録(ディスコグラフィ)〜

邑上主水
ミステリー
 かつて「ジャズの聖地」と呼ばれた長崎県佐世保市の商店街にひっそりと店を構えるジャズ・カフェ「ビハインド・ザ・ビート」──  ひょんなことから、このカフェで働くジャズ好きの少女・有栖川ちひろと出会った主人公・住吉は、彼女とともに舞い込むジャズレコードにまつわる謎を解き明かしていく。  だがそんな中、有栖川には秘められた過去があることがわかり──。  これは、かつてジャズの聖地と言われた佐世保に今もひっそりと流れ続けている、ジャズ・ミュージックにまつわる切なくもあたたかい「想い」の物語。

【R15】アリア・ルージュの妄信

皐月うしこ
ミステリー
その日、白濁の中で少女は死んだ。 異質な匂いに包まれて、全身を粘着質な白い液体に覆われて、乱れた着衣が物語る悲惨な光景を何と表現すればいいのだろう。世界は日常に溢れている。何気ない会話、変わらない秒針、規則正しく進む人波。それでもここに、雲が形を変えるように、ガラスが粉々に砕けるように、一輪の花が小さな種を産んだ。

呪鬼 花月風水~月の陽~

暁の空
ミステリー
捜査一課の刑事、望月 千桜《もちづき ちはる》は雨の中、誰かを追いかけていた。誰かを追いかけているのかも思い出せない⋯。路地に追い詰めたそいつの頭には・・・角があった?! 捜査一課のチャラい刑事と、巫女の姿をした探偵の摩訶不思議なこの世界の「陰《やみ》」の物語。

あの人って…

RINA
ミステリー
探偵助手兼恋人の私、花宮咲良。探偵兼恋人七瀬和泉とある事件を追っていた。 しかし、事態を把握するにつれ疑問が次々と上がってくる。 花宮と七瀬によるホラー&ミステリー小説! ※ エントリー作品です。普段の小説とは系統が違うものになります。   ご注意下さい。

SP警護と強気な華【完】

氷萌
ミステリー
『遺産10億の相続は  20歳の成人を迎えた孫娘”冬月カトレア”へ譲り渡す』 祖父の遺した遺書が波乱を呼び 美しい媛は欲に塗れた大人達から 大金を賭けて命を狙われる――― 彼女を護るは たった1人のボディガード 金持ち強気な美人媛 冬月カトレア(20)-Katorea Fuyuduki- ××× 性悪専属護衛SP 柊ナツメ(27)-Nathume Hiragi- 過去と現在 複雑に絡み合う人間関係 金か仕事か それとも愛か――― ***注意事項*** 警察SPが民間人の護衛をする事は 基本的にはあり得ません。 ですがストーリー上、必要とする為 別物として捉えて頂ければ幸いです。 様々な意見はあるとは思いますが 今後の展開で明らかになりますので お付き合いの程、宜しくお願い致します。

処理中です...