【完結済】頭に咲く白い花は幸せの象徴か

鹿嶋 雲丹

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第一章 エリカと圭介

第8話 圭介と圭介のお母さん

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 リカちゃんの声が聞こえなくなった。
 あーあ、せっかく久しぶりにたくさん聞けて、僕は嬉しかったのに。
 でも、僕の為に悔しそうだったり戸惑ったりしているリカちゃんを見て、僕はくすぐったくなった。
 もっと早く、こんなリカちゃんを見たかったな……僕はもう、自分だけじゃどうにもできないところまで来てしまった。
 リカちゃんは、多分正解にはたどり着けないと思う。
 だって、あんなに楽しそうに、僕以外の友達と毎日過ごしていたんだから。
 記憶は、新しいものにどんどん塗り替えられていくんだ。仕方ないさ。
 タイムリミットまで、あと一週間もない。
 明日の夜も、リカちゃんは来てくれるかな?
 今度は、なにを持ってきてくれるんだろう……またショック療法を選んでたら、嫌だな。僕、苦手な食べ物多いんだよ。
 リカちゃん、それをよく知ってるし、ちょっと意地悪なところがあるから心配だな。
 それでも僕は、あの気の強いリカちゃんの、ハラハラした表情かおが見たい。
 大好きなあの声が聞こえなくても。
 僕は待っているよ。あぁ、楽しみだなぁ。



 世間はゴールデンウィークというやつに突入した。
 今日は水曜日。今日から期限の日曜日まで、5連休だ。
「いらっしゃいませ~」
 私はバイト用の、なるべく上品な声を出した。今は、お昼用のお弁当の品出し中だ。

 まだ温かい容器を素早く並べながら、私は昨夜の事を思い出していた。
『君と圭介こいつだけが共有しているもの。それがヒントだ』
 私があいつからヒントをもらったから、圭介は音が聞こえなくなった。

 そう思うと、途端に胸が苦しくなる。
 いや、落ち着け。私がゲームに勝てばいいだけなんだから。
 私が圭介とよく一緒にいたのは、保育園児だった頃から小学一年生くらいまでだ。

「その時の事、あんまり覚えてないんだよな……」
 昨日はたまたま、おにぎりの梅干しから保育園時代の一コマを思い出せたけど。そうそう、次から次へと思い出せるものじゃなかった。

 私はお弁当を並べ終えて、一人ため息を吐いた。

咲希さきちゃんに聞いてみようかな……」
 私は同じ団地に住んでいる、一つ年上の咲希ちゃんの姿を思い浮かべた。
 咲希ちゃんの連絡先は、スマホに登録してある。
 中学生の時は同じ部に所属していたからよく喋っていたけど、高校は別々だから顔を合わせる機会はめっきり減っていた。
 今日のバイトは午後2時までだ。
「終わったら、電話してみよう……」
 私はお弁当が乗っていた銀色の大きなお盆を手に、バックヤードに向かって歩き出した。

「あっ……」
 つい、声が出てしまった。
 グリーンの買い物かごを手にパンを物色している圭介のお母さんが、目の前にいたからだ。

 少し気の弱そうな目が、圭介によく似ている。

「おはようございます」
 気づいた時には、もう話しかけていた。
「あら……えっ、エリカちゃん?」
「はい、今日は祝日なので午前シフトなんです」
 私は精一杯の笑顔を浮かべる。
「そうなの……偉いわね、アルバイトして」
 お母さんはにこりと笑う。
「圭介君……最近変わりましたよね?」
 お母さんの視線が、ほんの少したじろいだ。
「私、今圭介君と同じクラスなんです」
「そうだったの……あの子、あまり学校のこと話さないから知らなかったわ」
「違和感、感じませんか?」
 明らかに、お母さんの体が揺れた。それでも、笑顔はなくならない。
「そうね……今のクラスになってから、随分明るくなったのよ……多分、お友達や先生との相性が良かったのね」

 違う。そこは関係ないんだ。
 お母さんは、あの白い花を見ているはず。

「白い花が頭に咲いてるのは、普通じゃありませんよね?」
 ガタッとパンの棚とお母さんの持つ買い物かごがぶつかって、パンが棚から落ちた。
 私はそれを拾い、お母さんを見る。マスクから出たお母さんの目は、少し虚ろに見えた。
「私にも見えるんです、あの白い花」
「それね、気のせいよ……多分、光の加減かなにかなんじゃないかしら? 私には、すぐに見えなくなったもの……」
 目を細めたお母さんの言葉は、語尾が消え入りそうだった。

『母親には、もうこの花が見えていない……諦めたからだ、お互いに』

 私も圭介を諦めたら、あの白い花が見えなくなるんだろう。

「私は、諦めませんから」
 私は立ち尽くすお母さんに頭を下げ、足を踏み出した。
「あなた達には、わからないわよ……」
 お母さんの呟きが、すっと耳に入ってくる。

 私は目を伏せた。
 罪悪感を抱いている私には、きつい言葉だ。

 苦しんでいた圭介を間近で見てきたお母さん。きっと、ものすごく思い悩んでいただろう。
 その重い日々から、ようやく抜け出せたのだ。

「でもあれは、圭介じゃない……私は、嫌だ……」
 バックヤードの扉に背を預け、私は床に向かって思いを吐き出したのだった。
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